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8.にわかには信じ難い光景なのである。

「美しいな」

「へ!? あ、わ、嬉しいです」


 ムーンリットは割と深刻かもしれない事態から完全に現実逃避して、目の前に現れた着飾ったプミラムの姿を見た。


 本音が口からポロリと出る。


 普段、女神のごときプミラムの容姿を自分ごときがわざわざ褒めても意味など無いと考えている事もあってムーンリットが褒め言葉を口にすることは無く、プミラムは驚いたように目を見張ったあと素直に笑顔になった。


 変に構えたりしない、自然体な姿がやはり良いとムーンリットは思う。


 ムーンリットがそんな風に微笑んで(※真顔)いると、プミラムが後からじわりと頬の赤みを強くして両手で顔を覆った。


「あ、あなたも、今日のお召し物がとてもお似合いで……、その、素敵です」

「……そうか」



 今日は良い日だ。



 ムーンリットはそう思って無表情でセバスを見た。


 セバスは一つ頷くと使用人の一人に指示を出す。


 今日ムーンリットが着ているのと同じものを一揃え、いや二揃え用意し保管しておくようにと。


 プミラムのお気に召したらしい今日の服装を今後ムーンリットが事あるごとに着るつもりだろうことを察したのだ。


 まあ実際それは有効な手段で、簡易礼服に身を包んだ今日のムーンリットは幼馴染の関係でありムーンリットの容姿に耐性のあるプミラムでも見惚れてしまうほど魅力的だった。


 プミラムは内心でムーンリット様ってやっぱり格好いいな、なんて思っている。


 プミラムは無自覚だが、礼服や騎士服など、制服っぽくキメた姿に案外弱いのだ。


 そしてムーンリットの容姿も元々魅力的だと思っている。


 この後出かけ際にムーンリットはハットも被るつもりでいるが、たぶんそれもプミラムの好みど真ん中である。


 たぶんキュンとする。


 良かったねムーンリット。


 赤面から立ち直ったプミラムが楽しそうにムーンリットを窺い見る。


「今日のお出かけは、どちらへ行きましょう?」


 無邪気なプミラムの問いかけに、ムーンリットを始めハントもセバスも喉の奥で『ぐ』と音を上げた。


 つい先ほどノープランに帰したとは言えない。


「……私の、思い入れのある場所に行きたい。つまらないかもしれないが」

「そんな! 連れて行っていただけるなんて、光栄です!」


 笑顔のプミラムは本当に嬉しそうで、ムーンリットはここからプミラムの笑顔が失われていく幻覚を見そうになって考えるのを止めた。


 今この時が一日のデートで一番幸せな時間だったなんてオチは嫌だ。


 ムーンリットの、プミラムへの信頼は厚い。


 デートが期待通りでなかったからといって不機嫌になるような人ではないだろう。


 自分は期待に応えられるよう努力するだけだと、プミラムを信じてただ精一杯務めを果たすことにした。


 思い入れのある場所と口にしてしまったが、ムーンリットが思い浮かべることの出来た場所はほんの僅かだ。

 プミラムと出会った教会と、そこへ繋がる街道のいくつか。


 デートをする場所の候補というより、全部行ってしまって時間的には丁度良いくらいだろう。


 初めて行くデートの場所として適切かどうかは分からないが、行った事の無い場所で知ったかぶって振舞うよりもよほど良いだろうとムーンリットは開き直った。


「不慣れかもしれんが、よろしく頼む」

「こちらこそ」


 手を差し出したムーンリットへ、プミラムが手を重ねる。


 そうして、恋人にならないまま夫婦になってしまった二人の初めてのデートがなんやかんやいい感じに幕を開けた。






 + + +





「手を」

「ありがとうございます」


 ここら一帯で一番大きな街、その馬車通りで馬車から降りる公爵夫妻を物陰から見守る使用人Aはそわそわしていた。


 なんたって、公爵ムーンリット様の人生初めてのデートである。


 これまで仕事の延長のような形で他国の子女や王族と交際のような事をしていたこともある我らがムーンリット様だが、こんな風に彼主導でデートをするなど全く想像も出来ない事態だった。


 それが想像できるようになったのは、ここ一年ほど。


 エピフィラム家次男であったムーンリット様が公爵の位を継ぐ事が決まり、そのすぐ後に奥様プミラム様を迎えられてからの事だ。


 その時の事はよく覚えている。


 使用人中に、比喩ではなく激震が走った。


 ムーンリット様が結婚すると知って女性使用人の一部が阿鼻叫喚に、そしてそのお相手がムーンリット様ご本人が強く望まれた方だと知れて何人かが理解の許容量を超えて倒れた。


 ()()ムーンリット様がと、誰もが状況を飲み込めず、己の常識が覆るような心地になった。


 そして、恐る恐るという風に使用人たちの前に姿を現したプミラム様のあまりの普通さに、誰も彼もが思考を放棄した。


 なぜ????


 使用人全ての頭の中がそれだった。


 後に、プミラム様の魅力に使用人たちが一人また一人と屈服していったのはいい思い出であるが、それにしたってムーンリット様の隣に決まった女性が立つ姿というのはそれまで使用人にとっては全く想像もしていなかった事であった。


 使用人Aは見やる。


 馬車から降りたお二人が共に街の様子を見回している。


 物珍し気なのは、元庶民であるプミラム様よりもむしろほとんど昼の外出をしないムーンリット様か。


 なんと似合いの夫婦だろう。


 今では心からそう思う。


 背格好なのか、所々が揃いになった衣装か、それとも身に纏う雰囲気か。


 信じられないほどの美貌の主人と、一見平凡で愛らしいプミラム様とは並ぶと不思議なほどにしっくりと来るのだ。


 使用人Aは知らない事であったが二人は旧知の仲らしい。


 なるほど執務を離れてリラックスされているだろうムーンリット様はプミラム様に気負った様子もなく接され────。




 ふ、震えとる!?



 震えとるよ!?



 ムーンリットに、現在進行形で激震が走っていた。



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