(閑話)デートを成功させるための画策。
その日一日は、いつもよりずっと早く始まった。
公爵とその妻の外出、いわゆるデートが決まったのは前日の夕方に差し掛かろうかという頃で、翌日は相当な忙しさになるだろう事を邸宅中の使用人たちが覚悟していた。
しかし、その予想を斜め上行く形でデートの日は始まる。
まず、誰より早く公爵が起床した。
まだ深夜である。
昨夜は裏の仕事である夜の公務が無かったとはいえ、公爵が起床するには早すぎる。
しかも今日の予定はオフだ。
昨日夕方に公爵自ら王宮へ赴き、アポ無しで国王と直接話して仕事をしなくても良い日を脅し取っ、認められた堂々たるオフ、休日である。
にも関わらず、日が明けるどころか月が夜空に踊るド深夜に星のごとき美貌を煌めかせて起床された公爵閣下。
「用意を」
「旦那様、時期尚早かと」
さすがにセバスが止めた。
何を隠そうこの公爵、デートが楽しみすぎて眠れないのである。
「ブランデーを嗜まれては? 体が温まって眠れますよ」
寝着のままのハントが目を擦って現れた。
呼ばれたわけではないが、主人の起床に気付いて状況を察したらしい。
「彼女と出掛ける前に酔えと?」
「愚案でしたーハァ」
無表情にきつく睨まれハントは提案を取り下げる。
こうなってしまうとムーンリットは止まらない。
セバスとハントが目線でどこに落としどころを作るか相談しようとした時だった。
「よるのおてあらいにまいりましたぼくです」
皆が寝静まる邸宅の廊下に、小さな声が聞こえた。
「プミラムさまと、『ねるまえはお手あらいに』とやくそくしていたのを、すっかりわすれておりました。プミラムさまは『日の入りとともにねて』、『日の出とともにおきる』方ですから。ぼくもプミラムさまのようによるはねむるぼくなのです」
子どもの少年だろうその声は、何か説明口調に独り言を言いながら手洗い場のほうへ歩いている様だ。
その場に居た大の男三人はぽかんとしながら、つい姿も見えないその声に聞き耳を立てていた。
「よるに目がさめちゃうのは『ねるまえのお手あらいのおやくそくをわすれちゃったから』でしょうか。よるはねて、あさにおきないといけないのをぼくはしってます」
ふと、「くくっ」と笑い声がすぐ傍でした。
続けて「ほお」と感心したような年老いた執事の声もする。
ムーンリットは苦虫を噛み潰したような顔をした。
まあ、無表情なのでその場で笑うハントと感心するセバス以外には読み取れない感情であっただろうが。
少年の声は止み、どうやら無事寝る前の小用を済ませたらしい。
少しの沈黙が落ちる。
「…………厠へ行ったら寝室へ戻る」
「かしこまりました」
「良く寝て、良い朝を迎えてくださいね」
執事と側近へ、寝る前にトイレに行く宣言をする主人(御年二十七歳)が爆誕した瞬間だった。
夫婦初めてのデート当日は、無事まともな時間に始まりそうであった。




