13.長期不在は初めてなのである。
「何かお役に立てないかしら」
相変わらず頓珍漢なことを言っているプミラムにその自覚はないのである。
彼女がいる事それだけで大喜び、元気いっぱいムーンリット! という事実は未だプミラムには伝わっていない。
「奥様がいらっしゃるだけで旦那様のお力になっていますよ」
はいアンナが今良いこと言いました。さすがベテランメイド。
しかしそんなアンナの励ましをプミラムはお世辞と取ったようだ。
「ありがとうアンナ。ねえ、今回のような危険なお仕事は良くあるのかしら」
「そうですね。エピフィラムは王国のため、国民のために危険な任務に赴くこともあります」
「そう……」
さすがのプミラムの表情にも影が落ちる。
現在、ムーンリットは長期遠征で公爵家を不在にしている。
とは言っても戦争などに行っている訳ではない。
プミラムたちが暮らす王国は大陸中央に位置していて国土も大きい。
その国力は世界の中でほとんどトップといって良く、これ以上大きくなる必要もないため他国同士の諍いを止める調停役のような立ち位置にあった。
戦争などここ数百年起こしておらず、一騎当千たるエピフィラムが直々に出向かなければならない戦場など存在しない。
ムーンリットの長期遠征の目的は、プミラムには詳しく聞かされていない。
けれど不可侵領域が目的地だというのだから万薬の材料の採取が目的ではないかとプミラムは予想していた。
不可侵領域は、世界中のすべての国で占有や侵攻の禁止協定が結ばれている一帯を指す言葉だ。
そこは女神の神力が満ちているとされ、限られた実力者以外が立ち入ればすぐ命を落としてしまう"番人"に守られた地だ。
番人に力を示し、認められた者のみが立ち入ることを許されその地の恵をいただくことが出来るという。
その中には万病に効く霊薬"万薬"の材料があるとかで、プミラムは詳しく知らないがそんな場所に国の要請で行くのだから誰か重鎮に具合の悪い者がいるのだろうと想像した。
事実その通りで、病に臥せっているのは王国と対を成す大国の元首その人で、王家を取り巻く王国の上層部はムーンリット含めその件でここ最近とにかく慌ただしかった。
そして遂に万薬を用いなければ本当に死んでしまうとなって王家が動いた。
世界のバランスというのは非常に緻密なものであり、今元首に居なくなられては均衡が崩れ、王国としてもピンチなのである。
王家から見てもエピフィラムは恐ろしいが、そんな彼らに頼ってでも薬を用意せねばならない、それほど事態は切迫している。
ムーンリットもプミラムとの幸せな新婚生活に水を差されてイラッとした様子ではあったが流石に仕方がないかと腰を上げた。
不可侵領域は真に危険地帯である。
神力か何か知らないが、番人が用意する力試しの相手はまさしくこの世ならざる力を持った獣たちで、それらと日夜戦いながら進軍するしかない。
国内で足を踏み入れることが出来るのはムーンリットを始めとしたほんの一握りの実力者のみで、彼らだけで兵糧なども全て運ばねばならない。
雑兵では見えない壁に阻まれついて行くことすら不可能なのだから。
これまでの経験から、ムーンリットの遠征は長くて二月。
プミラムがエピフィラム家にやってきて一年と少し、これだけ長い期間ムーンリット不在で過ごすのは初めてだった。
「うーん、そうだ。アンナ、用意してほしい物があるのだけれど、お願いできるかしら」
「はい、奥様!」
プミラムが言うとアンナは殊更嬉しそうに引き受ける。
普段は何か必要なものが無いかと聞いても「充分よ」とだけ応える女主人が欲しがる物は何を置いても用意してやりたかった。
「ふふ、そんなに嬉しそうにされると、今度からはもう少し何かお願いしようかしら」
「そうなさってください。それで、何がご入り用ですか?」
「布と糸と、それから……」
プミラムが指定したのは上質な布と糸をほんの少し。
それからどこの薬屋でも扱っている薬草を数種類だった。
「布も薬草も随分と少ないですが、よろしいのですか」
「ええ。お守りをね、作るだけだから。袖口に付ける匂い袋くらいの大きさが作れればいいの」
「はあ~、なるほど」
お守りと聞いてもアンナはいまいちピンと来ていないようだった。
教会で育ったプミラムにとって、お守りは身近な物だ。
姉妹たちが祈りを捧げながら作ったお守りは教会でも配られていたが、プミラム手製の物はとある理由で神父から製作を禁止されていた。
『プミラムちゃんに大切な人が出来たら、作ってあげなさい』
幼い日神父に言われたとおり、プミラムは大切な旦那様に、遠征帰りの疲れをとってもらうために用意しようと思い立ったのである。
「薬草が用意出来たら少しお庭の散策にも付き合ってくれるかしら」
「もちろん、喜んで」
プミラムはアンナと笑顔を交わし合ったのだった。
少しでも旦那様を癒せますように。




