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11.大切な人の家族に支援は惜しまないのである。


 バンッと教会の扉が乱暴に開いた。


 二人は何事かと後ろを振り返り、プミラムは思わず顔を綻ばせた。


 やや照明の落とされた室内からは入口に立つ面々の顔は逆光になってシルエットしか見えない。


 それでもプミラムがそんな()()()()が誰かを判別できたのは、そのシルエットがどう見ても大人の腰ほどの身長も無かったからだ。


「ねえたま!」

「ねえたまだ! あ!キラキラもいるぅ!」


 舌足らずな甘い声が大きく聖堂に反響し、すぐにバタバタと駆けてくるたくさんの足音。


 すぐに中央の通路に移動して迎える体勢を取ったプミラムに対し、キラキラと呼ばれたムーンリットはどこか不貞腐れたような雰囲気を滲ませ憮然と座ったままでいた。


 腕組みなどして『よくも邪魔したな』とでも言いたそうだ。


「ねえたま! ねえたま!」

「キラキラだぁ! げんきしてた?」


 そしてすぐ、プミラムはもちろん、ムーンリットもタックルのごとき突撃を受けて揉みくちゃになった。


 人から遠巻きにされがちなムーンリットも、すっかり慣れてしまっている彼女たち小さな姉妹ソロルにとっては"大好きなプミラムねえたまと仲良しのおぢさん"だ。


 人離れした美貌を持つムーンリットは彼女たちから見れば『何かキラキラした容姿の人!』扱いで、キラキラというニックネームで親しまれていた。


 正直、教会に通うようになるまでこんな扱いをされた事がなかったムーンリットだが、決して懐く子どもたちを邪険にする訳ではない。


 それは規律通りの髪形に揃いの姉妹ソロル衣装を着た彼女たちが昔のプミラムと重なるからか何なのか。


「顔はやめろ」

「キラキラだ~、あはは、キラキラ!」

「お前は手を洗え」

「はあ~い」


 その強さゆえに基本的に頑丈なムーンリットはどっしりと構えたまま、揉みくちゃが酷くなってくれば一人ずつ諫めるし、泥遊びして来た子どもに手洗いを指示する程度には彼女たちに慣れてもいた。


 いつもの賑やかな様子になった教会に、プミラムは一層の懐かしさを感じて笑い、ずっと嬉しくなるのだった。




 + + +




「また顔を見せに来てください」

「はい、神父様」

「ああ」


 日も傾きかけた頃、教会の前ではムーンリットとプミラムが神父に別れの挨拶をしていた。


 この日は結局教会で一日過ごした。


 さっきまで一緒にお絵描きをしたり昼食を食べたりしていた子どもたちは全員すっかり夢の中だ。


 お昼寝をボイコットして次は本を読んでもらうんだとか秘密基地を作ろうだとか言っていたが、普段から規則正しい生活をしている彼女たちに睡魔の壁は越えられないらしい。


 自身も同じ身の上であり心当たりがあるプミラムは眠いものねぇとばかりに眠る子たちに優しい眼差しを向けていた。


 「夢の中でも会えるわ」と言って寝かしつけるプミラムを見ながらムーンリットがちょっと羨ましいと思っていた事は内緒だ。


 毎晩同じ寝室で寝ているくせに、ちょっと贅沢なムーンリットなのである。


 そうして二人が去ろうとしたその時、控えめに神父が口を開いた。


 わざとらしく目線は二人から逸らされている。


「──これはただの独り言ですが」


 二人は立ち止まり、プミラムは不思議そうに、ムーンリットは表情を変えず言葉の続きに耳を傾けた。


「"魔女"について、噂を聞くようになりました」

「……また情報屋じみた事を」

「ん゛ん~、ひとりごとひとりごと」


 うろんげに言ったムーンリットに神父はさらに顔ごと視線を逸らして口を尖らせた。


 口笛だろうか、壊滅的に下手だ。ぴゅ〜と声に出して言っている。


 厳格そうな老父だが、意外と茶目っ気も冒険心もあるらしく、どこから手に入れるのかたまに公爵家でも把握していなかったような情報を流してくれていた。


 それが後々になって重要な手がかりになったりするものだからムーンリットとしても助かっていたりはする。


 まあ、プミラムが父同然である彼を心配するような事態になってはいけないので、危ない橋は渡らないよう毎回釘を刺しているが。


「ごほん。なんでも~、不思議な術を使うとかで人を惑わせるとかいう噂でえ~」


 見るからに下手な演技で、それでも情報は伝えたいらしく強引に独り言を続ける神父に、そういえば誤魔化す時に語尾を伸ばす喋り方は姉妹ソロルたちにも移っているよな、と、ムーンリットはじと目(※無表情)で神父を見ながら思った。


 昔はプミラムもこういう誤魔化し方をしていた頃があったなと思えば、やはりこの人は彼女やその後輩たちの父であるのだろう。


「……寄付を増額しておこう」

「そ! そういうつもりじゃないですよっ、ムーンリットくん!」

「なんだ、独り言じゃなかったのか?」

「あ! ぴゅ、ぴゅ~♪」


 情報料という訳でもなく、プミラムの実家への支援をと思って発言すれば神父が大慌てで振り返った。


 それにニヤリと笑って言い返してやれば(※無表情)、神父はまた下手くそな口笛を吹いて誤魔化す。


 まったく愉快な家族だと思いながらムーンリットは状況についていけずにきょとんとしたままだったプミラムの手をゆっくり引いて教会を後にした。


 背が見えなくなるまで見送ってくれる神父に、振り返り繋いでいないほうの手を振るプミラムは「また来るわ」ととても嬉しそうだった。




 そんな彼らのやり取りを見ていたのはハントをはじめとした護衛たちと、それから──。



今日はもう一話更新します。

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