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10.実家は落ち着くのである。

「では、どうして……?」

「街中は危ないようだったからな」

「!」


 まさか公爵家に敵対する何者かに狙われでもしていたのだろうか。


 プミラムは口元を覆って驚いたが、そんな事は無い。


 過保護なムーンリットが妻可愛さに人を避けただけだ。


「見てみろ」


 唐突に言われ、プミラムはムーンリットの視線の先を追う。


 大きな街だ。


 高台からの眺めはとても良く、行き交う人々の活気が伝わってきそうだ。


 今日は天気がいいなと通り抜ける風に気持ちの良さを感じた時だった。


 プミラムが街全体を見渡しているのに対して、ムーンリットはなんだか一点を目で追っているような……?


 よくよく視線の先を確認するため、背伸びをしてムーンリットに顔を寄せてみると、何か家々の屋根の上を動いているものを見つける事が出来た。


 あれは、もしかして人?


「もう追いついてきただろう?」

「えっ」


 何が、と思いかけて気付く。


 そういえば先ほど宙を飛んで運ばれている最中、『護衛が付いてこれる速度だ』とか何とか聞いた気がする。



 もしかして:護衛さん



 思えば、涼しい顔をして今も見える位置で護衛をしてくれているハント以外にもプミラムたちのための護衛は居たはずだ。


 なぜハントは付いてこれているのか分からないが、突然飛行してここに来たのだから護衛たちは追いつくべく屋根の上を疾走する羽目になっているのだろう。


 プミラムの目では、眼下の街を最短距離で向かって来る影の顔形までははっきり捉えられない。


 走っているのだろうが、それにしたってすごい速度だ。


 よくよく見れば、同じような方向から何人か似たようにこちらに向かって来ているのが分かった。


「す、すごいです。でも、なんだか、たくさん走らせて悪い気がしますが……」

「仕事だ」


 委縮しかけたプミラムにムーンリットが何でもないように言って、それからスッと片手を取ってきた。


「?」


 エスコートするように掬い上げられた手が軽く引かれ、プミラムはムーンリットを見る。


「行こう」


 見ろと言ったり、行こうと言ったり。


 色々と唐突ではあるけれど、きっとムーンリットは自身に見える世界を共有しようとしてくれているのだ。


 一生懸命追いすがる護衛の存在もプミラムに知らせてやりたかったし、そんな護衛に申し訳なさを感じるプミラムの気を逸らしてやりたい。


 何となくそんな思いが感じ取れてプミラムはムーンリットに続いて歩き出した。


 その足取りは軽く、次はどこへ行くのかと楽しみに思いながら。




 もちろん、特に護衛の到着を待ったりはせず。


「そんなっ、待っ……!」

「ちょっ」

「嘘やろ!?」


 どこかで悲痛な声が漏れたことに、残念ながらプミラムは気付かなかった。




 + + +




「お久しぶりです!」

「入るぞ」

「いらっしゃい。どうぞ中に、プミラムちゃん、ムーンリットくん」


 神父いつもの出迎えに、プミラムとムーンリットは自然体で招き入れられた。


 着いたのはプミラムが暮らしていた教会だ。


 街の中心近くにある教会を普段管理しているのは数人の神官たち。


 その中でも年長者の神父は、家族を持たなかったプミラムにとってほとんど父や祖父のような存在だった。


 神父である彼にとっては神の子たる人は貴人であってもおしなべて等価であり尊ぶべき存在。


 そして幼い頃から知る二人はずっと『かわいいプミラムちゃんとムーンリットくん』である。


 ムーンリットはそんな神父からの扱いをむず痒く思いながらも、幼い頃からずっと、公爵になっても変わらず接してくれる事が有難くもあった。


 今日は幸い礼拝はお休みの日で、女神に祈る姉妹ソロルの姿も礼拝堂には無い。


 静かなその空間を懐かしく思いながら、手を引かれていたはずのプミラムは逆に先導するようにしてムーンリットをひとつの席にいざなった。


「いつもの席です」

「ああ」


 嬉しそうに笑いさっさと座ってしまうプミラムを見て、自然体に見えても公爵家ではやはり委縮していたようだとムーンリットは思う。


 教会に足を踏み入れてからのプミラムは年より幼く見えそうな無邪気さでとても嬉しそうに振舞っていた。


 ムーンリットにとって、一番尊く好ましい姿だ。


 プミラムがポンポンと自身の隣を手で叩いてみせるのにムーンリットは習ってそこへと腰を下ろす。


 二人が正面の女神像を見る形に座ったのを見て老齢の神父は「相変わらず仲が良い」と目尻を垂れさせた。


 ゆっくりしていきなさいと言って奥へと下がった神父に礼を言った二人は清廉な空気の満ちる空間でしばし黙って女神像を眺めた。


「────あなたと、またここに来れるなんて」


 プミラムにしては、落ち着いた声だった。


 慈愛すら感じさせる声はこの場にひどく似合う。


 ムーンリットの胸に湧いたのは、ざわっとした焦燥感のような思い。


 女神が彼女を連れて行ってしまうのでは、本当に手の届かない存在になってしまうのではないかと、そんな事を理由も無いのに思ってしまう。


「いつでも来よう」


 言って、「共に」と小さく付け足したのをプミラムは聞き逃さず、「ええ、一緒です」と笑顔を見せた。


 それにムーンリットの胸がどれほど締め付けられるか、きっとプミラムは気付いていない。


 静かに、まっすぐと。


 二人は女神像をまっすぐ見つめていた。


 いつの間にか繋いでいた手がただただ温かく二人に繋がりと安心を与えてくれていた。



護衛を一人「ちょまてよ!」(キム〇クボイス)にしようかと思ったんですが、さすがに不敬なのでやめました

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