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両親

「おはようございます」

 まるでいつもの日課であるように、俺はハナさんと挨拶を交わす。

「はい、おはようございます。最近は天気もよくて、つい嬉しくなりますね」

「そうですね。いつもハナさんが良くしてくださったおかげかもしれません」

「……ふふっ」

 何も考えずに俺がそう答えると、ハナさんはなぜか、くすりと笑う。

 こ、この言い返しは少しおかしかったのだろうか……?

「チサさんって、本当に優しい方ですね。人として素晴らしいと思います」

「い、いえ、とんでもないです!」

 どうしてなのだろうか。俺はそういうふうに、声を高めていた。

 いや、もちろん、ハナさんに褒めてもらったことは嬉しいが、評価し過ぎというか、なんというか――

「わ、私なんか、人間としてはミジンコ……いや、ツチノコよりも劣るくらいですから!」

「えっと、チサさん。どうして自分のことをそこまで卑下するのでしょうか?」

 ……確かに、機械としてはありのままを語っただけだが、人間としては卑屈だったのかもしれないな。

 ハナさんはそう不思議そうに首を傾げたのだが、こちらとしてはやはり、そう言わざるを得ない。

 とは言え、さすがにミジンコは行き過ぎた気がしなくもないが。 


 とにかく、その話題から目を背けるように、俺は別のところへと視線を逸したわけだが……。

「……ん?」

 暖炉の上に、何か変な置物がある。

 普通の瓶の中に、船が入っているわけだが……。なぜだろう、どこかおかしい。

「あれ、それが気になるんですか?」

 俺の視線に気がついたか、ハナさんがこちらに向けて話かけてきた。

「あれはボトルシップと言いまして、昔、祖父さんが残した置物です。つまり、ずっと前からここにある物ってことになりますね」

「そ、そうなんですか」

「はい。あそこの中にあるのは、なんと海賊船なんですよ」

 確かに、じっと見つめているとそれっぽいところが目に入ってくる。自分の見間違いでなければ、かなり細かく作られた物のようだ。

「祖父さんは手先が器用で、このボトルシップも自ら作ったと聞いています。凄いですよね。子供の頃から、わたしの憧れでした」

「確かに……。その気持ち、わかります」

 ここまで精密な小物が人間の手によって作られたとは、機械の身としては、にわかに信じがたい。

 だが、よく考えると自分のような機械を作った存在だって、あの人間なのではないか。

 ならば、決してこの出来も、おかしいものではない。これは自然だ。

「今だからできる話ですが、わたしはやはり祖父さんが、実は海賊だったのではないかと思っています」

「か、海賊ですか?」

「はい。祖父さんはいつも、自分のことをただの船乗りとしか言ってませんでしたが……。ここまで海賊らしき物があっちこっちにあると、どうしてもそう思ってしまうんですよね」

 そんな話を聞かせてくれる時のハナさんは、どうしてかいつもより輝いて見える。いや、その瞳はすでにキラキラと輝いており、まるで宝石のようだ。

「えっと、ハナさんは海賊が好きなんですね」

「ふふっ、そうかもしれませんね。あの広い海を自由に飛び回る海賊さんは、子供の頃からわたしの憧れだったんです」

 確か、俺のデータベースによると、海賊は言葉通り海で活動する盗賊で、そこまで憧れるものではなかったはずだが……。

 だが、その気持ちがなんとなく察せて、俺はその考えをぐっと飲み込んだ。

「今はもう亡くなってしまいましたけれど、やはり祖父さんはわたしにとって、かけがえのない方ですね。両親が子供の頃に亡くなった時、船乗りだった祖父さんがこっちに戻ってくださったから、今、わたしはここにいるんです」

「……そうだったんですね」

 ハナさんから家族の話を聞くのは、今度で二回目だ。

 そこまで話を聞くと、どうしてクロのやつがハナさんのことを気にかけているのか、なんとなくわかる気がする。

「ですけど、寂しくはありませんよ。物置にも祖父さんが残してくれた小物がたくさんありますし。実は以前取ってきた輪投げも、祖父さんの手作りだったりするんです」

「ほ、本当ですか?!」

「はい。とてもよくできていましたね。わたしのためにわざわざ色もピンクに塗っていただいて、すごく嬉しかった覚えがあります」

 あの輪投げにそんな事情があったのか、とぼんやりした顔でそれを聞いた俺は、どうしようもない気持ちで、暖炉から離れようとした。

 ……ちょっと待て、何かがおかしい。

 そういえば、あの船はどうやって、あそこまで小さな瓶に入っているのだ?


「あ、そうだ」

 その時、ハナさんがこちらに振り向く。

「わたし、今日は少し遠くまで出かけます。夕暮れまでは戻ってこれると思いますよ」

「えっ、そうなんですか?」

 なぜか、俺はそれに驚く。

 ハナさんが家を空けるだなんて、俺が来てからは初めてだったはずだ。

「はい。やはり家を空けるからには、チサさんに話しておく必要があると思いまして」

「あ、ありがとうございますっ」

「明日、楽しみにしててくださいね」

 ハナさんはそう言いながら、いつものように出かけようとする俺を見送る。

 ……楽しみにしてほしい?

 いったい明日、何が起こるというのだ?


 そんな疑問は置いておいて、俺は今日も出かける。

 さて、今日はどうすればいいのだろうか。

 何日もここで過ごしてからには、そろそろ地形なども見慣れているはずだが……。やはり山奥だからか、未だにこの周りはよくわからない。

 そもそも、今まで俺がここでやってきたことは、周りをぼんやりと歩いて、ぼうっと考え込んで、ハナさんの家の部屋でばんやりしたくらいだった気がする。

 機械としてはかなり情けない自覚はあるが、この姿になってからはあらゆる情報で頭がいっぱいで、いったい何をして過ごしていたのか、ほぼ覚えていない。

 ああ、そういや、あの胡散臭いやつとも話を交わしたはずだが……。

 そんなことを思いながら、一人で歩いている時だった。

「おや、チサさんじゃないですか」

「ひっ?!」

 もう聞き慣れてはいるがあまり聞き入りたくない声が、俺の耳に届く。

 まあ、言わずもがな……。もちろん、その声の主はあの「胡散臭い」やつこと、クロだった。

 あの向こうにある、石造り(だと思われる)のテーブルと椅子のあるところに座って、俺に手招きしている。

 ……今回はいったい何が目的なんだ?

 渋々そこに向かってみると、クロのやつ、またニヤついてやがる。

「今日も会えましたね。とても嬉しいです」

「いや、わ、私はどうでもいいんですが」

「そうとも言わず、ここで話し合ってみたらどうでしょう? チサさんも暇を持て余しているようですし」

 ……こいつ、俺のことを完全に把握しているな。

 ここまで来ると、俺としては断る言葉も思いつかなかった。


 そうして、非常に不本意ではあったのだが――

 俺はクロのやつと、あの石でできたテーブルに向かい合って話すことになった。

「そっか、今朝、ハナさんの爺さんの話を聞いたんですね」

「ええ、すごく手先の器用な船乗りだと聞きました」

「そりゃそうですよ。僕の玩具も、いくつかはハナさんの爺さんの手作りですからね」

「ほ、ホントですか?」

 その話は予想外だったため、俺は思わず声を高める。

 ……ハナさんの祖父は、自分が考えていたよりももっと、この「山奥の町」にとって大切な人だったのかもしれない。

「あの爺さんは本当にいい人だったんですよ。そもそもハナさんの父、つまり息子とはあまり仲が良くなかったらしいのに、二人が亡くなると急いでここに戻ってきたらしいですから」

「……そう、なんですか」

 その話は、また初めてだった。

 そこまであの祖父は、ハナさんのことを大切にしていたということか。

「つまり、ハナさんのことを心配して、祖父さんはここに戻ってきた、という話で合ってるのでしょうか」

「そうですね。もうそれもずいぶん前のことです。それこそ、僕がここに来たばかりの頃の話ですから」

 俺は、しばらく何を話せばいいのかわからず、そのまま黙り込む。

 きっと、両親を失ってしまったハナさんにとって、自分のことを思って遠くからやってきた祖父は心の支えだったのだろう。


 ハナさんやクロのやつには家族――両親がいたわけだが、俺のような機械には、もちろんそういうものなんて存在しない。

 あえて言うと、開発した人や、メンテをしてくれる人に当てはまると思うが、それが「人間にとっての」両親と同じかと言われると、かなり困る。

 機械なんて、開発さえ終われば、言葉通り何個も量産できるものだ。俺の場合ギガントであるため、その大きさの都合で量産自体は難しいが……。作る工程など、他のロボットや機械とそこまで違うわけではない。

 もちろん、出来上がって機械を「育てる」存在など、要るわけがない。AIというものは、生まれた時点で出来上がっているようなものだ。そこから次第に学習はしていくのだが、そのために人間のような「保護者」がいるわけではない。

 だから、機械に子供の頃や、両親のような存在はいないのだ。

 果たしてそんな自分にハナさんの事情をうまく察せるのかどうか、自信など、持てるわけがない。


「考えてみると、親というものも大変ですね。僕も大人になって気づいたのですが、やっぱり大人と言ってもただの人間ですから」

「それは、そうですね」

「だから、果たして自分なら上手く『親』ができるのかな? みたいなことも、たまに考えたりします。まだ相手もいないんですけどね」

 クロはそう言いながら茶化すが、俺はなぜか、それに頷けた。

 いくら自分みたいな人工知能(AI)が作れる人間だとはいえ、いつも親としてちゃんと振る舞えるとは言えない。俺のような機械ならともかく、どう飛ぶかわからない人間としたら、育てるのも一苦労であるはずだ。

「おや、また難しい顔ですね、チサさん」

 だから俺は、そんなことを一人でじっと考えた。

「ですが、チサさんならきっと、いい母親になれると思いますよ」

 ……そんな話が、聞こえてくる前までは。


 その時。

 何か熱いものが、俺の目からこぼれ落ちることに気づく。

「あれ?」

 いったいどうしたんだ?

 その「よくわからないもの」は、次から次へと流れ、やがて俺の頬を覆っていく。

 これはどういう現象なんだ。ひょっとして、これが「涙」というものなのだろうか?

「うっ……ひっく」

 おかしい。

 どうしたんだろう。涙が止まらない。

 自分が元のような機械だったら、これは突然のバグだと言い切れるほどだった。

「チサさん、今、ひょっとして泣いていますか?」

 そうクロに聞かれているが、俺としては、答えが見つからなかった。

 上手く説明できない。

 どうしてか、ボロボロと涙が溢れてきて、もう止まることを知らなかった。

「……っ」

 まるで前にある石造りのテーブルにうつ伏せするような形で、俺はそのまま泣きじゃくる。

 今まで味わったこともない大量の熱い水が、何回も頬を流れていくのを感じた。手の甲も腕も、その熱い涙でかなり濡れてきて、もう拭ききれないほどである。

 しかし、理由がわからない。

 どうして俺は、悲しいわけでもないのに、ここまで激しく、人間のように泣いているんだ?

 さっき、クロに「いい母親になれる」って話を聞いたから?

 ……今の自分は、その一言にここまで泣いているのか?

 身体中の力を振り絞って、ボロボロになってまで?

 人間の「泣く」感情など、まったく理解できない俺が、どうしてここまで泣くことができる?


「ひ、ひっく……」

 そんなふうによくわからないまま泣いていた俺は、ふと気づく。

 人間は悲しい時だけ涙が流れる存在ではなかったということに。

「涙を流す」ということは、強い感情の発露である。

 悲しい感情でなくても、強い感情が刺激されると、人間は泣きじゃくることもあるのだ。

 その強い感情が、悔しさなのか、寂しさなのか、辛さなのか、それとも俺の知らない他の何かなのか――

 自分にそんなこと、わかるはずもなかったが、とにかく、何らかの強い感情に振り回されていることは間違いなかった。

「ほら、大丈夫ですよ」

 自分の背中を、誰か……というより、クロがさすってくれることを感じる。

「なぜかは察せなくて申し訳ないですが、でも、泣いたって大丈夫です、チサさん」

 こんなやつの前で弱いところを見せたのが、悔しい。

 ……だが、こちらに寄り添うように気をつけてくれたことは、ありがたいとも思った。

「涙が出てきた時には、やっぱり泣くのが一番です。だから、思いっきり泣いてもいいんですよ」

 自分の髪が、涙に濡れていることを感じる。向こうのあいつに何度も背中をさすられながら、俺は何度もこんなことを思った。

 人間というのは――

 生き物というのは、本当に都合の悪い存在であると。


 クロのやつと別れてからも、俺の目は涙でボロボロになっていた。

 人間の涙というものは、機械としたらかなり厄介である。なぜか泣いただけだというのに、鼻水が出てくるだけではなく、喉へと流れていったため大変だった。

 鏡で今の姿を確認する勇気はまったく持っていないが、きっと今の自分は、驚くほど惨めなのだろう。

 まだ、ハナさんは戻ってこないのだろうか。

 そんなことを思いながら、俺は「自分」のある、ハナさんの家の横へと回り込む。

 そこには、……忘れるわけがない、巨大なものが倒れていた。


 自分のことを「見上げる」ことになるだなんて、この世の誰が予想できるのだろう。

 昼下がりの光を受けて、頭の上の自分は眩しく輝いていた。

 あの日――こんな姿になってから、自分のことをきちんと確認したことはまったくない。横目で見るだけでもかなり壊れていて、手を入れなければ「機動」しない、ということだけは伝わってくる。

 自分の真上にあるのは、今は倒れているものの、雄々しく、逞しく作られた、白銀の色をした人型の巨大兵器。

 ――ああ、これは紛れもない「俺」だ。

 そう感じた瞬間、俺は自分でも驚くくらいの速さで、そこへと倒れ込んでいた。

 理由は、自分でもよくわからない。

 ただ、なんとなく、非常に非論理的な理由で、そうしたいと思った。

「……っ」

 そう倒れ込み、向こうの「自分」の感覚を感じると、なぜか涙が溢れてくる。

 もう泣きすぎたせいか頭が痛くなってきたというのに、この体は、まだ流す涙を持っていたようだ。

 だが、本当に訳がわからない。

 どうして自分は、ここまで泣きたくて仕方がないのだ?

「……っ、どうして……」

 理由もわからないというのに、どうしてか、自分の肩はひどく震えている。

 一度泣きじゃくってみたら、なかなかどうしても止まらない。

 自分の長い髪の毛が、水に濡れてぐちゃぐちゃになっていることを感じるが、この際、そんなものはどうでもよかった。

「どうして、泣いてるのだ……」

 自分がわからなくなりそうなくらい、心が裂けていくことを感じる。

 自分の冷たい体に身を預けながら、俺はしばらく、そこで泣いていた。

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