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箱庭

「チサさん、今日はなんだかぼうっとしてますね」

「そ、そうでしょうか?」

 あいつと盟約を交わしてから次の日。

 俺は、ハナさんの声によって現実に戻され、ビクッとしながらそう答えた。

 ……いかん、これじゃ考え込んでいたのがバレバレだ。

 ギガントの頃にはこんなことなどまったくなかったのに、こんな身になってからはこんなふうに考えてばかりである。


「はい、さっきからチサさん、ずっと遠いところを眺めていて」

「あ、そ、そうですね」

 眺めていたというか、ぼうっと視線を置いていたというか。

 朝からずっとそうしてきたのは事実だが、別にどこかを見つめていたわけではない。考え込んでいたら、そういうことになっていただけだ。

 それで、何を考え込んでいたのかと言うと、はっきり言って、自分でもよくわからない。

 ……頭の中がぐちゃぐちゃだったのだ。

 昨日のあの一件のせいで、どうしようもない感情で頭が満ちている。

 そう、昨日の――クロのやつに「ギガント」としての俺のことを聞かれた、あの一件だ。


 あの日、あいつが俺のことを疑問に思ってから――特に何も起きてはいない。

 あれからクロは、なんでもないという顔でハナさんの家へと戻っていった。もちろん、俺も何も口にせず、その後を追っただけである。

 ひょっとしたら、クロのやつは、この件についてあまり深くは考えていないのかもしれない。

 ただの静かな民家であるハナさんの家の近くに、俺のような大きなロボットが倒れているわけだから、不思議に思ったくらいで、深い疑問は抱かなかった可能性もある。

 ……だが、こちらの心情は複雑だった。

 あいつは、あそこの無機物が目の前の俺だということに気づいたら、いったい何を思うのだろう。

 きっと、以前までと同じような対応はされないのだろう。

 ――それはきっと、ハナさんにとっても同じであるはずだ。


「ふふっ、やはり雨が降る日には、何かしら思想にふけてしまいますね」

 そんな俺を見て、ハナさんはそう優しく微笑む。

 そう、今日は朝からずっと雨模様だった。俺が今までずっと、外に出ずにぼんやりと窓の向こうを眺めていたのもこれが理由である。

 機械と水の相性は、言うまでもなく最悪だ。

 一応、ギガントには防水機能もついてあるわけだが、やはり出来るのなら、水など遠ざけた方がいいに決まっている。

 ……まあ、今は人間の身であるわけだし、そもそも毎日水で体を綺麗にしているわけだから、どうでもいいことかもしれないが。

 だが、ここまで大雨の中、外へと出かけるのは遠慮しておきたかった。なぜか今朝から体の調子が悪くて、あまり遠くまで出かけたくはない。

 機械の身だった自分が、「人間らしい」体の具合の悪さを感じているだなんて、まるでギャグか何かのようだが――

 雨音は、さっきから途切れもせずに聞こえつづけている。

 どうやら、今日は一日中、こんな天気であるようだ。


「もし暇でしたら、地下の物置でも眺めてみませんか?」

 そんなことを考え込みながら、窓ガラスに流れる雫をぼんやりと眺めていた俺は、ハナさんのその話に、一瞬驚く。

「も、物置ですか?」

「はい、ここの地下のことですね。祖父さんが残している雑貨などがあれこれありますから、いい感じに暇を潰せると思いますよ」

「あ、そういや……」

 確か、以前ハナさんは、自分の子供の頃の玩具をあの物置から持ってきたと言っていたはずだ。

 ……今まで一度も行ったことはないのだが、確かに、いい暇つぶしになるかもしれない。

「じゃ、よ、よろしくお願いします」

「ふふっ、チサさんは今日も変わった言葉遣いをなさるんですね」

 そんなことを言われると、やはり恥ずかしくなる。

 自分は人間ではないから、それも仕方がないものだとは思うが。


 そうして、俺はハナさんの後を追って、あの物置に足を踏み入れることになった。

「あ、少し暗いんですから、足元には気をつけてくださいね」

「は、はいっ」

 家の隅っこにある階段を降りていくと、開けた地下空間が姿を現す。確かに中は地下だけに暗かったが、ハナさんが明かりをつけると、その奥が見渡せるようになった。

 ……なるほど、物置の中はかなり雑然としている。

 さすが「物置」と言うことだけあって、あらゆるものがあちこちに散らかっており、全てをすぐ把握するのは、おそらく無理だと思われた。

「あっ、チサさん、目が回るって顔をしてますね」

「そ、そうなんでしょうか?」

「はい。ここまでモノが多いところですし、それも仕方ないと思います」

 そう言いながらも、ハナさんは慣れた足取りで奥へと進んでいく。やはり子供の頃からずっとここに住んでいたハナさんは、迷うことなどないようだった。

「ここのモノは、ほとんど自由に触ってもいいものばかりですよ。気軽に眺めてくださいね」

「は、はい、えっと……」

 そう一人でウロウロしていた俺は、近くにリンゴのような形の何かがあることに気づく。リンゴの形ではあったが、あれは普通のリンゴより、明らかに大きさが違った。

 ……そう、まるで玩具か何かのような大きさである。

 どうしてここまで大きなリンゴの形をした何かが、こんなところに置かれているんだ?

 そんな不思議な気持ちで、あの謎のリンゴに近づいた俺は、思わずそれにそっと触ってみたが――

「わ、わわっ!!」

「あれ、チサさん、どうしたんですか?」

 いきなり何かが飛び出たのを感じて、俺は後ずさんでしまう。ここで尻餅でもついていたら、ハナさんに合わせる顔もないところだった。

「こ、これって、いったい……?」

 未だに混乱としている頭のままで、俺はその「飛び出たもの」をぼんやりと見つめる。どうやら、飛び出たのはあのリンゴ……の果梗のようだ。

「ふふっ、久しぶりですね。それはびっくり箱というものです。驚きましたか?」

「は、はい、すごく、驚きましたけど……」

 なぜか目に浮かんだ涙を拭きつつ、俺は未だにぐちゃぐちゃな頭をなんとか落ちつかせる。

 びっくり箱……確かに、名前だけなら聞いたことがある。

 触ると何かが飛び出して、触った人を驚かせる子供向けの玩具……であったはずだ。

「でも、チサさんは本当に感情豊かですね。あのびっくり箱にそこまで驚いてもらえるとは思いませんでした」

「は、恥ずかしい限りです……」

 ハナさんはいつものように穏やかに微笑んでいるが、俺としては恥ずかしくて、穴でもあれば入りたいくらいだった。

 人間とすると立派な大人であるはずの俺が、子供向けの玩具にここまで驚くだなんて。

 機械の身だった頃には、想像もしていなかった屈辱だ。

「チサさんにとっては不意打ちだったのでしょうし、そこまで恥ずかしがらなくてもいいと思いますよ」

「で、でも、やはりちょっと……」

 ダメだ。この気持ちをうまく言葉にすることができない。

 やはり今の俺は、ずいぶん動揺してしまっているようだ。


「あっ、これは懐かしいですね」

 その時、ハナさんの声が聞こえて、俺はそこへと視線を移す。そこでは、何かを熱心に眺めているハナさんの姿がいた。

「まだ、ここにあったんですね。少々ホコリは被ってますけど……」

「それって、なんでしょうか?」

 ハナさんの言う「それ」が気になって、俺はそこに向かう。俺に気がついたハナさんは、微笑みながら「それ」を指した。

「ついさっき、わたしが子供の頃によく遊んでいたドールハウスを見つけたんです。ホコリさえ取れば、今でも遊べそうですね」

「……ドールハウス、ですか?」

 もちろん、俺もドールハウスの存在は知っている。確か子供、特に女の子がよく遊ぶ、家と家具の模型、そして人形のセットであったはずだ。

 そんな玩具、はっきり言ってAI、それも巨大ロボットに最適化された俺のような存在には何の意味もないものだが。

 そう言えば、こうしてドールハウスを実際に目にしたのは、機動されてから初めてであるような気がする。

「はい。せっかくですし、一階の方でじっくり眺めてみましょうか」

 そんなことを口にしながら、ハナさんはあのドールハウスを持ち上げる。

 ……俺は黙って、後を追うことにした。


「そういや、チサさんはドールハウスを見るのが初めてなのでしょうか?」

 一階へ戻り、ドールハウスを床に置いてから、ハナさんは俺に向けてそう聞いてきた。

「は、はい」

「あれ、なら遊んだこともないってことですよね」

「そ、そうなります」

 なぜだろうか。そう答える度に、とても後ろめたい気持ちになってしまう。

 まあ、女性なら子供の頃、ドールハウスで遊ぶのが普通だとは思うが……。どうして、巨大ロボットの以前に男である俺が後ろめたくなってしまうのだろう。

 やはり、ハナさんと同じ経験をしていない、というのが気にかかっているのだろうか。

 そもそも自分には性別という概念も存在しない。「自分が思いこんでいるだけ」のアイデンティティーに、果たしてどれほどの意味があるのか。

「チサさん、また複雑そうな顔ですね」

 そんな俺を気遣ってくれたのだろうか、ハナさんはこちらに向かって微笑む。

「ちょうど今は雨模様ですし、このドールハウスでも弄ってみればいかがでしょう?」

「よ、よろしいのでしょうか?」

「はい。ドールハウスって、子供向けの玩具と見せかけてすごく面白いんですよ。大人から見てもワクワクするほどです」

「そ、それほどでしょうか」

「はい。ホコリもあるくらい取っておきましたので、自由に遊んでくださいね」

 そこまで口にしてから、ハナさんは「少し失礼しますね」とその場を後にした。

 ……ドールハウスか。

 果たして、大人である俺はどうやってこれと向き合ったらいいのだろう。


「思ったよりも大きいな」

 ハナさんに渡されたドールハウスをじっくり眺めながら、俺は思わずそう呟く。

 巨大ロボットたるもの、今までドールハウスを弄る機会などはまったくなかった。人間にとっても小さいのがドールハウスだというのに、自分みたいな巨大な存在が触れるわけがない。

 ……そんな自分が、今は人間そのものになっているわけだが。

 思えば思うほど頭が痛くなるが、とりあえず、そこは気にしないことにしよう。


 そのドールハウスは、赤い屋根の二階建てだった。

 その家の中に、色々な家具が置かれてある。住民であるウサギの人形は、壊れないように専用のケースに保管されていた。

 ……子供向けだから当たり前かもしれないが、あまりにも可愛らしく、俺にはとうてい似合いそうにない。

 いや、そこまでキャピキャピしているわけじゃないが、どうしても可愛すぎる気がして、照れくさくなってしまうのだ。

 ともあれ、このドールハウスはかなり立派だった。今までこの手のものを触ったことがないから偉そうなことは言えないが、まさかドアが実際に動くようになっているとは思わなかった。

 触ってみると、家具の模型たちもかなり精巧に作られている。触り心地もよく、些細なところまで気を使ったのがよくわかる作りだ。調理台では作り物ながら水が流せるし、ベッドには布団までちゃんと敷かれており、その模様もドールハウスに似合う柔らかいものである。

 ただの模型だというのに、ここまで手を抜いていないとは。

 だからこそ、人間は俺のような巨大なロボット――ギガントを作り出したのだろう。


「ふふっ、チサさん、ドールハウスに夢中ですね」

 その声を聞いて、俺は慌てて頭を上げる。

 いつの間にかキッチンから姿を現したハナさんが、こちらをニコニコしながら見つめていた。

「はい、ドールハウスって、思いの外凄いんですね」

「そうですね。ドールハウスが好きな大人の方もたくさんいらっしゃるんです。どうしてか、こういう精巧な模型にはワクワクしますね」

 確かに、今ならハナさんの話にも頷ける。ここまで丁寧に作られたものなら、大人だとしてもぞんざいにはできないのだろう。

「そういや、このシリーズはすごく人気があるんですよ。このドールハウスは森の中の生活がテーマなのですが、これより一回りも大きいドールハウスだってあるんです」

「そ、そうですか?」

 さすがに、これよりも大きなドールハウスは想像がつかない。もしそんなものがあったら、中に入れる家具はどうやって調達すればいいのだ?

「はい、それに別のバリエーションも多いんです。わたしの覚えてるだけでも、幼稚園だったり、テーマパークだったり、都会だったり……」

「……あの、これ、森の中の生活がテーマですよね?」

 俺がそう聞くと、ハナさんはただニッコリと微笑むだけである。

 よくわからないが、人間の興味というのはそういうものなのだろうか。自分にはあまりピンと来ないが。


「そう言えば、このウサギの女の子って、連れはいないのでしょうか?」

 実は、さっきからずっと気になっていた。

 俺の記憶が確かなら、人形遊びは一個だけじゃ足りないはずだ。もう二個くらいあった方が、賑やかになりそうな気がする。

 ……もしそうなら、その人形同士の関係はどうなっているのだろう。

 人形とは縁もない身だったというのに、どうしてかそんな疑問を抱いてしまった。

「あっ、そう言えばいますね。ウサギの家族」

「やっぱり、そうだったんですね」

「はい、たぶんどこかに保管されてると思います。捨てるなんてことはやっておりませんし」

「……でも、今は一人ですよね」

「ふふっ、チサさんのためにも、どこかにいるはずの家族と再会させなきゃいけませんね」

 そう口にしながら、ハナさんはにっこりと微笑む。

 なぜかその子――ウサギの人形が自分の境遇と重なるような感じがして、俺はなんとも言えない感情になった。

 やはり、自分のような機械ならともかく、生き物には連れ――いっしょに過ごす仲間が必要なのだろうか?


 その時。

「いや~今日は降りますねぇ」

 そんなセリフと共に、こちらとしてはあまり見たくなかった顔が家の中に入り込んできた。

 まあ、誰とも言うまでもなく、その正体はクロのやつである。

「あれ、何をやってるのかと言えば、人形遊びなんですか?」

「は、はい。そうですけど」

 なぜか後ろめたい気持ちになってしまい、俺は視線を逸しつつ、そう答える。

 ……やはり、今の俺のような「大人」が人形遊びをやるのは、おかしいものなのだろうか。

 こんな葛藤、ギガントだったらまったく縁のないものだったはずだが、今の自分はどうしてもそう思わざるを得ない。

「それはまた、面白いことをやってますね。僕もここでよく、自分の玩具を持ち寄って遊んだものです」

「そ、そうなんですか?」

 確かに、クロのやつはハナさんの幼馴染だから、ああいう場面があってもおかしくはない。

 ……ひょっとして、あの頃の玩具が、まだここの物置に残っていたりするのか?

「いやいや、図星ですね。たぶん、地下の物置に残ってるはずです」

「あの、私はまだ何も言ってませんけど」

「チサさんの顔を見るだけでわかりますよ。それじゃ、僕もちょっと地下に降りてみますね」

 今の俺って、そこまで考えているものが顔に出てしまう存在だったのか?

 こちらのそんな疑問なんか知らないという態度で、クロのやつは地下の方へと降りていった。

 ……なぜかはわからないが、ひどくムカついてくる。

 やはり俺は、あの男には敵わないのだろうか?


「お、やっぱり僕の玩具、ここに残ってたんですね」

 しばらくしてから、地下に降りていたクロはやたら赤い色の恐竜の玩具を抱いたまま、こちらに上がってきた。

 たぶん、アレがあいつの子供の頃、よく遊んでいたものなのだろう。男が子供の頃、ああいう玩具でよく遊ぶということは、俺も知識として覚えていた。

「いやいや、これは懐かしいものです。子供の頃には、これで一日中遊びまくりましたからね」

「……そこまで面白かったんですか?」

「まあ、そうですね。男の子はいつでも、恐竜にはワクワクするものです」

「そ、そうですか」

 そんなことを言われると、こちらとしては思わず考え込んでしまう。

 ……男にとって、「自分よりも遥かに大きな生き物」というのはそこまで憧れになるものなのか。

 俺は生き物ではないのだが、自分の本来の姿が巨大なロボットだということを考えると、なぜか照れくさくなってしまった。

「あはは、チサさんにはしっくり来ないかもしれませんね。でも、男の子なら誰だって、恐竜ででっかい都会を壊しまくりながら『まるで人がゴミのようだ……』って遊ぶのがロマンだと思いますよ」

「……それって、正気で話しているのでしょうか?」

 ありえない。こいつは本物のバカだ。

 出会った時にも思ったことだが、やはりこいつ、俺とは反りが合わない。


「まあまあ、チサさんは真面目な方ですからね。そんな反応も仕方ないです」

「いや、そっちの問題じゃないと思いますが」

 俺の答えなどは気にしていないのか、奴は俺の向こう側に座り、その恐竜の玩具を床に置く。どうやら、あいつも久々にあの玩具と遊びたいようだ。

「……その、大きいですね」

「そりゃそうですよ。恐竜ですからね。人間の何倍は大きいと思います」

 確かに、俺も恐竜についてはある程度、知識がある。

 もちろん恐竜によって大きさには差があったが、だいたいのやつは元の俺――つまりギガントくらいの大きさであったはずだ。

 そこまで考えると、なぜかすごく照れくさい。

 さっき、昨日の出来事を思い出しながら感じた、あの感情に似ている。


「やっぱり大きな生き物は、男にとっては憧れなんですよね。子供の頃から、こんなに大きな生き物があったらこの目で見てみたい、と思ってたんです」

「そう、なんですか」

 その話を聞いて、俺はますます複雑な気持ちになる。

 確かにこちらは「生き物」ではないが、その恐竜くらい大きな存在であるのは間違いないのだ。

「そうそう、ちょうど外の『あれ』みたいな大きさなんですよね。すごく憧れます」

「……っ」

 そんなことを思っていた時、いきなりクロが「俺」の話をしてくるんだから、こちらとしてはびっくりせざるを得ない。

「『あれ』もすごく、男の子にとっては憧れだと思うんですよ。本当に戦闘用のロボットだったりしないかな。未だにああいうものにはドキドキするんです」

「そ、そうなんですか」

「いや~。さっきからノリが悪いですね、チサさん」

 ほっとけ。こちらはそれどころじゃないのだ。

 そうツッコミたい気持ちは山々だったが、さすがにそれを口にするわけにはいかない。


 とにかく、こんなバカは放っておいて、俺は「遊び」を始めることにした。

 とは言え、そこまで大したものではない。

 ……手元のウサギの人形を操作して、ドールハウスをぐるっと回ってみるだけだ。

 今更な話ではあるが、たった一人に二階建ての立派な屋敷というのはずいぶん寂しいものだな。

 そもそも、一人で過ごすだけならここまで大きな家はいらない。やはり、このドールハウスは家族単位の人形を想定して作られたようだ。

 クロのやつは何かブロックみたいなものを周りに散らかして、あの恐竜をあっちこっちに動かしながら遊んでいるようだ。

 ……あの散らかったブロックは、都会のビルのつもりか。

 時折、その高く積まれたブロックを恐竜で豪快に壊すことから考えるに、その通りだと思われるが……。やはり俺には、あれのどこが面白いのかよくわからない。

 だというのに、あいつはまるで少年のような純粋な顔で、遊びに夢中になっている。

 どうしてだろう。そんなあいつの顔に、俺はなぜか悔しくなってしまった。

 自分から考えても非合理的な感情ではあるが、そう思ってしまったからには仕方がない。

 ……どうでもいいが、恐竜と言う生き物は、元々あそこまで赤い色をしているのだろうか?


 あんなやつのことを考えても意味などないから、俺は自分の前のドールハウスに集中しようと決める。

 人形と共に、ドールハウスのあっちこっちを覗いてみた。

 寝室やキッチン、居間やトイレ。こうして改めて眺めてみると、やはりこのドールハウスは家具も相まって非常に豪華だと思える。ハナさんの家には劣るが、ここに住むことになったらずいぶん居心地が良いのだろう。

 ところで、こうしてこのドールハウスを覗くと、どうしても不思議な気持ちに陥る。まるで自分が巨人か何かになって、自分とは縁のない民家を覗き見しているような気分になるのだ。

 確かに、自分の「元の姿」は巨人並には大きいわけだが――

 まるで今の自分とここ――ハナさんの家の関係のようで、複雑な気持ちになってしまう。


「あ、そういや忘れていたことがありましたね」

「はい?」

 急にクロのやつが、こちらを見ながらそう話しかけてくる。俺が訳のわからない顔をしていると、やつは何かをこちらに渡してきた。

「このブロックたちを探す時に、この子の家族を見つけましたよ。一緒に遊ぶとなおさら楽しいと思います」

「か、家族ですか?」

「はい、すごく似てるんでしょう?」

 やつの言う通り、そのケースにはこのウサギの女の子と非常によく似た、ウサギの家族が入っていた。どうやら、あの人形たちがハナさんの言っていた「この子」の家族たちらしい。

「耳の模様がそっくりですね」

「でしょう? こういう人形遊びは大所帯であればあるほど楽しいものですからね」

「……そ、そうなんでしょうか」

 と言いながら、俺はその人形たちを手に取った。

 ケースから取り出してドールハウスに入れてみると、確かに、賑やかで見ていて楽しい。さすがにここまで大きな家に一人、それも女の子しか住んでいないのは寂しいものだった。

 ……ハナさんもかつては、こうやって両親と一緒にここで暮らしていたのだろう。

 家族とは縁のない自分だが、どうしてかそんなことに思いを馳せてしまう。


 そんなことを考えながら、俺が何もない庭の前にウサギの家族たちを移動させた時だった。

「あ、あの、クロさん?」

 あいつの胡散臭いあの動作を見て、俺は恐る恐る話しかける。こいつの意図はいつだってまったくわからなかったが、今回は輪をかけて謎であった。

「はい、なんでしょう?」

 それだというのに、こいつはいつものような澄ました顔で、本当に理由がわからないという顔でこちらを見る。

 ……解せぬ。まったく解せない。

 今、自分が何をやったのか、自覚すら持っていないというのか?

「しょ、正気ですか?!」

 俺はもう、呆れてそんなことしか口にできなかった。

 今、誰からどう見ても平和そのものであるウサギの女の子……家族のドールハウスの前に、これ見よがしと凶悪で巨大な恐竜が立ち塞がっている。

 あんまりだ。こんな光景、どう思ってもシュールすぎる。

 機械の身である俺すらそう思ってしまったことから考えると、普通の人間には尚更おかしな光景なのだろう。

「いや~うっかり侵してしまいましたね、あはは」

「これって、うっかりで済む案件なんでしょうか……?」

 いったいこんな光景、どうやって収拾すればいいのだ。そう思ってじっとしていると、おかしなことに気づく。

 ……向こうだって、何もしてこない。

 こいつ、こんなふざけた状況を作っておいて、なぜ行動を起こさないのだ?

「あ、あの。クロさん?」

「はい。どういうことでしょう、チサさん?」

 俺はおずおずしながらも、さっきからの疑問を口にする。

「ど、どうしてさっきからじっとしてるのでしょうか?」

「だって、ほら、別にじっとしていてもいいのでしょう?」

「……それは、そうですけど」

 まったく訳がわからない。

 こいつはいったい、何がやりたかったのだ?

「確かにここにいるのは恐竜なんですが、別に恐竜がこの子を害するという証はどこにもありません」

「そ、それは……そうですけど……?」

 ダメだ。こいつが何を言いたがっているのか、まったくわからん。

 つまり、こいつは本当に、何がやりたいのだ?

「そりゃ大きさに差はありますけど、恐竜はただ、この子に会いに来ただけなんですよ。ようやく家族が揃いましたから、様子を見に来たんです」

「そ、そうですか?」

「ええ、害するつもりなど、まったくありません」

 いや、これは絶対におかしい。

 こいつがこんな真っ当な心を持っているなど、どう考えてもありえないのだ。

「い、いや、さっきは壊しまくりながら『ゴミのようだ』とかなんとか……」

「あれは都会の話ですよ。さすがにこんなのどかなところで、あんな真似はしません」

「……」

「これは疑われてますね、あはは」

 やっぱり、こいつのことはよくわからない。

 いつも自分は弄ばれてばかりで、なぜかすごく悔しかった。


「お二人とも、とても楽しい時間を過ごしておられるようですね」

 その時、タイミングも悪くハナさんが居間に現れてしまった。この調子じゃ、完全に俺とクロの仲がいいと勘違いされている。

 ……こちらとしては、すごく不本意なのだが。

 とは言え、二人の前で必死でそれを否定するのも滑稽だったため、こちらとしては何も言えなかった。

「もちろんそうですよ。チサさんも面白い方ですし」

「……クロさんの方が面白いと思いますが」

「ふふっ、二人ともとても仲がいいですね。それはそうと、チサさん」

「はい?」

 やはり誤解しているような顔で、ハナさんは優しく微笑んでから、窓の外を指してみせる。その誤解にモヤモヤしながらも、俺はそこに目をやった。

 そしたら――

「ほら、もう雨が上がってますよ」

 本当だ。

 あそこまで激しく降り続けていた雨が、今は嘘のように止んでいる。

 代わりに、向こうから広がっているのは――やはり、嘘みたいに晴れ渡った青空であった。

「ふふっ、さっきまであそこまで降り続けていたのに、不思議ですよね」

 そんなことを口にしながら、ハナさんは立ち上がって、玄関のドアへと近づく。いつの間にか、俺はクロのやつと共に、ハナさんの後を追っていた。

「いやはや、本当に見事な青空ですねぇ」

 そして、ドアを開くと。

 信じられないくらい眩しい日差しが、まっすぐに目の中に入ってくる。

「……なんだか、凄いですね」

 周りに広がっているその青空を見上げながら、俺はそんなことしか口にできなかった。ここまで見事な光景など、目にしたことが一度もなかったからだ。

 そもそも巨大ロボットにとって、何かを見上げる機会は滅多にない。自分の上にいつも広がっている空だって、今まで見上げたことなど、まったくなかった。

 元々人間より遥かに大きな自分にとって、「同じ位置」にある空を見上げるだなんて、不可能なことに決まっている。

 だから、こうやって人間の目線で空を見上げることになったのは――本当に、機動されてから初めてだった。


 どうして今まで、こんなに立派な青空が広がっていたことに気づいていなかったのか。

 ある意味仕方ないことだとは言え、なぜか俺は、それが少し悔しかった。

 見上げることなどなかったから、ここまで空が素晴らしいことにも気づいていなかった。

 見下ろすとあまりにも遠くにいたから、自分を作り出した人間がどうやって生きているのか、わかっていなかった。

 いや、もちろん「ギガント」の性能ならばズームも効くわけだが、そんな機能だけではわからないところもちゃんと存在する。

 それらは、今の「人間」の姿じゃなかったら、決して気づくことのできないものだった。

 戦うための兵器であるギガントならば、空の青さも、人間の生活感も知る必要はないはずだが――

 今の自分は、なぜかそれらを知ったことが嬉しいと思っている。

 矛盾ではあるが、個体としての自分は間違いなくそう考えているのだ。


 そんなことを思っていた俺は、ふとさっきのドールハウスを思い浮かべる。

 元々ならば決して手が届かないその箱庭に、自分は今、入り込んでいた。

 もしこんなふざけた出来事がなかったら、俺は今まで、知識の中の空だけが全てだと思っていたのだろう。

 巨大ロボットとドールハウスの平和な日常など、似合わないことにも限りがあるわけだが――今の俺は、間違いなくその「日常」を経験していた。

 きっとこんな感情、「見下ろす」、「覗く」だけなら得られなかったのだろう。いや、そもそも機械である自分に、感情などはない。

 なのに、自分がこんな姿になって、今まで得てきた情報は――

 ……こういうのも、運命と言えるのだろうか。

 果てしなく青い空を見上げているというのに、なぜか俺の心はまた複雑になってしまった。

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