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9.

 50期生。生存者52名。死者41名。不明7名。バーストンズ校、開校以来、最悪の事件が起こってしまったそうだ。




「えっと……強くなろう! そうしたら、守れる!」




 大声女がミーリャと猫被りの様子を見て励ますように言う。しかし、本人もなんと声を掛けて良いものかわからなかったらしく、それはなんの慰めにもなっていない。下手なフォローはときに残酷に精神を抉っていくものだ。だから、大声女がした行為は逆効果であるかもしれない。




「……すぴすぴ……スヤスヤ……」




 アリウェル……とかいうやつはずいぶんと呑気に寝ているようだ。湿っぽい今のような雰囲気には、こういったのほほんとしている存在がありがたいのかもしれない。




「しばらくは警戒していなきゃいけないし、今、犯人を突き止めている最中だから、皆、訓練がなくてやることもないわね~」




 寮長も中央のエントランスに現れて、輪の中に加わる。




「…………」




 ミーリャは沈黙している。ショック故からか、何処か遠くを見ているような、そんな目をして。




「まだ、行方不明の娘がいるのよね。無事だと良いけれど……」




 もう、あの日から少し経っている。おそらく、無事ではないだろう。いくら、シスイくらいの力がある人間でも、捜索して見つからないのであれば、それはもう息絶えていてもおかしくはない。




「これから、どうなるのかしら」




 寮長がそんなことを言う。……わからない。オレからしたら、一刻も早く元通りになることを祈るばかりだ。……まあ、もう、元通りになることなんて、あるわけもないが。




「41人も亡くなってしまったのね……」




 約半数。約半数が死亡、もしくは行方不明となっている。

 行方不明者は残り7人となっているが、その中に、あのシスイの名前があった。あいつの死は確定していない。……だが、状況的に考えるならば、死んだも同然と見て良いだろう。




「……ラビィはさ、平気?」




 黙っていたミーリャが口を開き、猫被りに訊く。




「平気じゃないですわ」




 猫被りは澄ました顔で言っていた。良くも悪くも、猫被りは感情が表に出にくいタイプ……所謂、ポーカーフェイスといったところか。それが、ミーリャにとっては逆効果なのだと思う。猫被りのその様子を見たミーリャは、少し残念そうな顔をしていた。




「やあ、どうも。元気かな? お嬢ちゃんたち。……ん? やけに、お葬式ムードな感じだが……」




 ……誰だ? オレは初めて見る顔に、妙な雰囲気を感じ取っていた。




「えっと……何方です?」




 猫被りがオレの代わりに目の前にいる謎の人物について訊ねてくれていた。




「アーチェ! ……失礼。紹介するわね。アーチェ・ズ・フロウアリー。この前、ひとりだけいなかった娘よ」


「ん、どうも~アーチェだぞ~ブイブイ~」




 やたらと能天気なやつだな。何者だ、こいつは。一瞬で空気を変えてしまいやがった。……最悪の空気にな。




「……あれ、しまったな。自己紹介、失敗した? 事故、紹介?」




 場がシラケてしまう。




「ん~参ったな。何か、あった?」


「あっ、そっか。アーチェは外ほっつき回ってたから知らないのか!」


「んー、リゼ。ただ、外をぶらぶらしてただけとはちがうんだぞ?」




 どうやら、このアーチェと名乗る女はバーストンズ校で何が起こったのか、知らないらしい。




「アーチェ、よく聞いて」


「なんだ、ナモ。このシリアスな空気……なんか、深刻なことでもあったんだろう?」


「ええ、そうよ。実はね……」




 寮長がアーチェに何が起こったのかを話してくれる。




「は~そいつは大変だったな。……まあ、でも、死なんて戦場に出たら常に隣り合わせなんだ。良い教訓になったんじゃないか?」




 ……言葉は慎めよ。デリカシーなし女。




「アーチェ!」


「……事実だよ。ここを出て、兵になった45期生はもう既に3人死んでる。いつ死ぬか、そういう覚悟を持って臨まないとダメだ」


「そんな言い方はないだろ!」




 ギスギスしてきた。人の死をそう簡単にホイホイと扱えるわけがない。それができるのは、人の心がないやつか、人の死を見すぎてしまったやつか。オレはそのどっちかだと思う。




「……話、変えるか。土産、持ってきたんだ」




 アーチェは皆の前に幾つかの小瓶を並べて、見せびらかす。




「土産?」


「うん、そうだ。10個あるんだけどね」




 指で数えて、ちゃんと全部あるか確認している。




「うん。失くしてなさそうだ。ちゃんと10個あるね」




 言って、アーチェは皆の方を見た。




「さあ、皆。どれか、好きなのを1個選んでみて」


「……また何か、企んでいるんじゃないだろうな」




 猫被りのことを敵視していたサイド女が、デリカシーなし女のことを睨んで、嫌そうな顔をする。




「またまた~そんなことないって! ささ、お客さん。ひとつ、取っていってくださいな」




 めちゃくちゃ胡散臭いやつだ。それもため息が出るほどのな。




「アーチェ。まずはあなたが選んだ方が良いのではないですか。あなたが毒味してください」


「エリ! ど、毒味って……」


「言葉の通りです」


「もしかして、皆さん、変なものだって疑っていらっしゃる……感じ?」


「見た目からして、もう変なものですよ……」




 毒々しい色。小瓶はどれも、怪しげなオーラをぷんぷんと放っていた。




「ひぃ! い、今、な、何か『ゲコッ』とかいう音が聞こえた気がするのですが……」




 猫被りが、小瓶の方から目を逸らして、怯えているような表情をする。ぐつぐつ。ゲコゲコゲココ。……たしかに、猫被りの言う通り、そんな感じの音がしているような気がする。こんなの、怪しすぎて、とてもじゃないがミーリャには渡せない。




「……ぐぅ……すぅ……すぴすぴ」




 アリウェルが浮遊ベッドごと小瓶の方に近づいて、ひとつ小瓶を手にした。




「……ぐぅ……この小瓶……スヤスヤ……をどうすれば……すぴぃ……良いの……ぐぅすぅ……?」


「あっ、えっとね。飲むだけで良かったはず」


「……すぴすぴ」




 アリウェルは躊躇もせず、その小瓶の中の液体を飲み込んだ。




「ア、アリウェル!? だ、大丈夫!?」




 大声女を筆頭に、皆、心配そうに見守っている。




「ぐぅ……ぐおおおおお? ……すぅぴぃ……」


「……あれ!? 消えた!?」




 アリウェルが背景に溶け込んでいる。透けて、透けて、身体がほぼ見えていない。

 なんだ、この危ない小瓶は。




「よっしゃ! 実験成功! ……ハッ!?」




 ジローッ。全員から、身体に突き刺さるような視線がデリカシーなし女に送られる。こいつは、なんて危険な人物なのだろう、とオレは思っていた。




「あっ、えっと……すみませんでした……」




 お調子者だ、といっても、これは度が過ぎた話だとオレは思う。




「……すぴぃ……ぐっ!」




 アリウェルは寝ながら、デリカシーなし女に指でグッジョブと送っていた。被験者となってしまった本人は、なかなか満足しているようである。




「この小瓶。すべて、話してください。どういう症状が起こるんですか?」


「良い質問だね、エリ」




 ジローッ。デリカシーなし女はまた一斉にして睨まれてしまっていた。




「おっと、ごほんごほん。んーと、じゃあ、まず左の紫の小瓶から話そうか。これは、一時的になすびになってしまう薬だ」


「「「「「「…………!?」」」」」」




 アリウェル以外の全員が「こいつ、正気か?」みたいな目をして、デリカシーなし女のことを見ていた。




「で、このピンクの小瓶。これは色通り、一時的に頭がソレになってしまう薬さ。あくまで、一時的に、ね。……おいおい、皆。そんな、怖い顔しないでくれよ」




 ……呆れた。どうやら、このアーチェとかいうやつ。ずいぶんと狂った思考の持ち主らしい。狂人だ。常人では到底理解できないほどの脳みそを持っていやがる。




「それで、この水色の小瓶。これはただの着色した水さ。大外れだね」




 いや、大当たりだろ。今までのやつと比較したら圧倒的にマシである。




「それから、この青色の小瓶。これは海に行きたくて堪らなくなってしまう小瓶さ。あくまで、一時的にだけどね。一時的に」




 なんだ、そのしょうもない小瓶は。




「ええっと、それで、この緑色の小瓶が……無敵になる小瓶だね。3分間だけ無敵になれる」




 謎い。




「で、この黄緑色の小瓶が……思わず本音が出てしまう小瓶だね。あくまで一時的にさ。本当だよ」




 すまん。もう、お前はずっと何処かに行っててくれ。ミーリャの前に姿を現すな。




「そして、この黄色の小瓶。これは飲むとしばらく笑いが止まらなくなる」




 今は、お前のせいで失笑しているがな。




「それから、このオレンジ色の小瓶は……私のアレに着色料を混ぜた」




 おい、待て。今、私のアレ、って言ったか? おい、なんだ。アレって、なんだ。そんな如何わしいものを飲ませるな。つまり、言葉を濁すくらいのやつってことだろ。




「最後に、この赤色の小瓶。これは10秒間だけ風船みたいにふわふわと浮かんでしまう。そして、10秒が過ぎると、今度は10分間、6Gもの重力が身体に襲い掛かってくるのだ!」




『襲い掛かってくるのだ!』じゃ、ねえ! 何、そんな自慢気にこいつは話しているんだ。そんな、危険なもの飲ませようとするんじゃない。道徳心の欠片もないのか、こいつは……。

 オレはめちゃくちゃ頭が痛くなっていた。




「……あの、先輩方。ひとつ、ご提案の方があるのですが……」




 猫被りが小さく手を挙げて、か細い声で言う。




「何かしら、ラビィちゃん」


「その、この小瓶全部……あの人に飲ませてみるというのは如何でしょうか」


「ん~異議なし」




 結論が下り、皆、一斉にしてデリカシーなし女の方に振り向いた。




「お、おい、な、なんだい? ちょ、ちょっと、待とうか。よ、よーし、ストップ、ストップ。うん、悪かったって。うん。ほら、この通りさ。この通り、謝罪の気持ちしかない」




 皆で一斉にデリカシーなし女を包囲して、逃げ場をなくしていく。




「お仕置きですわ! 覚悟しなさい!」




 猫被りのその合図とともに、皆は小瓶を持って、デリカシーなし女の口の中に強引に小瓶を突っ込んでいた。




「あっ、待って! おごごごごごごごごごごごごごごご……!」




 ……その後、デリカシーなし女がどうなったかは、オレにはわからなかった。

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