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8.

 医務室に着く。




「……おっと、そうだ」




 忘れていた。今はミーリャの身体だ。ミーリャに憑依している状態で「オレ」とか男言葉を用いてしまったら、不自然だ。ミーリャになりきる演技をしなければならない。ミーリャに身体を受け渡しても良いが、おそらく、ミーリャが今この状態を見ると、混乱してしまうだろう。だから、まだ憑依を解くことはできない。




「失礼します」




 ドアをコンコンとノックし、オレはドアを開いた。




「あら、どうなされたの? その状態は……!」




 医務室の人間が、猫被りの様子を見るなり、驚いた表情をする。……これは、もしや、日常的に起こっていることではない? 医務室の人間がここまで驚くほど、ということは、普段はこんな訓練、しないということか? オレの頭の中には幾つかの疑問が浮かび上がっていた。




「訓練で、負傷しまして……」


「訓練? ええと、お名前とか教えてもらえるかしら?」


「50期生のミーリャ・ワ・ネヴィアです。負傷した方が、ラビィ・オ・リーウェン」


「……待って。あなたたち、50期生!?」


「は、はい……?」




 医務室のヤツが、驚愕した目でオレの方を見てくる。




「おかしいわ……」


「おかしい?」


「ええ。50期生は今日はまだ訓練日ではないわよ」


「えっ」




 何処かきな臭いと感じていたのだが、この言葉を聞いて、よりそれらしくなってきた。なんだ? 何かが動いている? 医務室の者のこの反応。つまりは、これは普通、バーストンズ校ではあり得ないこと。

 やはり、何か変だとは思っていた。教官がわざわざ訓練初日の生徒たちに死にに行かせることなど、あり得ない。言語道断。そんなの、あってはならないことだ。




「急いで、上に報告をしないと。……えっと、他にも50期生のコたちはいるのかしら?」


「すみません。わからないです」


「ありがとう。少し席を外すわ」




 そう言って、医務室の女は駆けていった。




「えっ、どうすれば良いのか……」




 猫被りのことも放っておいて去ってしまったので、オレは何をしたら良いのかさっぱりわからない。




「おっと、すまないね。あの人は抜けてるところがあるんだ。さ、その娘をまずこのベッドに寝かせてもらえるかい?」




 もうひとり、医務室の者が現れて、オレに指示をする。オレは指示通り、猫被りをベッドに寝かせた。




「ふんふん、なるほどなるほど。骨は折れてなさそう。ただ、出血が多いかな。まあ、でもそこまで酷くもないか。オッケー。すぐに治療しちゃうから」




 女は、猫被りの腹に手を翳して、そこから緑の光線のようなものを照射していた。照射後、猫被りの傷がゆっくりと塞いでいき、出血もちゃんと止まっている。




「これでもう安心だ。とりあえず、何があったか、私に話してもらえるかな?」




 女がオレの方を振り返って、訊く。




「金髪の女の人……教官らしき人に50期生は訓練があることを伝えられて集まりました」


「ほう、それで?」


「金髪の女の人は、こう言いました。『クリスタルの渓谷からクリスタルを持ってこい』と。そして、それが訓練内容と知り、私たちはクリスタルの渓谷へ向かったのです」


「【クリスタルの渓谷】……?」




 女は、その単語を聞くなり、眉をピクッと動かせ、おっかない表情を浮かべていた。




「そんなとこ、50期生に行かせるようなところじゃないな。狙いは……クリスタル……いや、若い芽を早い段階で摘み取ることか……」




 言って、女は謎の本のようなものを浮かせる。




「それは?」


「これは、伝達魔法さ。さっきの女の人いただろう? あの人に内容を伝えるんだ」




 謎の本はシュッと消え、何処かへ行ってしまった。




「その金髪の女は、間違いなくこのバーストンズ校の教官ではないな。おそらく、最近世間を騒がせているテロ集団の一派の者か何かだろう」




 女は、淡々と語っていく。




「君は【導光教】を知っているかな?」


「いえ……」


「導光教は自分たちが神に選ばれたエリート集団、と信じきっている頭のおかしなカルト教団さ。神によって選ばれた我々が選民し、世界をより良きものにしよう、とかいう狂った思想をお持ちの輩だ。自分たちの目的のため、人を殺害することも厭わない。……迷惑な連中だ。絶対に近づくな。良いな?」




 女は言い終えて、窓の方を見ながら考え事を始めていた。




 □■□■□




 猫被りの目が覚めて、オレたちは一度寮の方へ戻る。オレたちにできることといえば、他の50期生たちの状況報告をジッと待っているしかない。

 さて、オレの役目は終えた。そろそろ、ミーリャに身体を返してあげよう。オレはすぅっとミーリャの身体からすり抜けて、ふわふわと宙を浮かぶ。この状態のオレは、人の目からは視認することができない。




「……ん」


「おはよう。ミーリャちゃん」




 猫被りはミーリャに気遣うようにして、ミーリャのカップに紅茶を注ぐ。




「ラビィ……ここは……」


「ローウェル寮ですわ」


「寮……寮……他の皆は!?」




 ミーリャは記憶を取り戻し、焦るようにキョロキョロとまわりを見る。




「わかりません。無事かどうかすらも。でも、今、バーストンズ校の職員の方々が動いてくださっています。だから、心配はいりませんわ」




 猫被りは紅茶を啜る。




「助けに行かなきゃ!」


「助けに行く?」


「そうだよ!」




 動転しているのか、ミーリャの額には冷や汗が滲み出ていた。




「それはあり得ない行動です」


「なんで!?」


「職員の方々が動いてくださっているのに、私たちが動く必要性はありません」


「そんなこと……!」


「職員の方々が動くほど、事態は深刻です。私たちは足を引っ張ってしまうかもしれません。下手をすれば死にに行くようなもの。……それは、あそこで戦って、わかっていることでしょう?」




 猫被りの言う通り、これはオレたちが介入できるような問題ではない。医務室の女曰く、頭のおかしなカルト教団が絡んでいる可能性がある、とのこと。あの、金髪女。……オレたちが教官だと思い込んでいた人物は、バーストンズ校に侵入していた不審者で、そのカルト教団の者である可能性が高いわけである。下手に動くことはできない。




「……ラビィはなんで私を助けてくれたの?」


「何故? ……理由なんているのですか? 仲間だからに決まっていますわ」


「……ッ! じゃあ、助けに行こうよ! 他の仲間を!」


「冷静になりなさいな。今は、助けに行きたくても、行けない状況なんですのよ」




 ……悪いが、こればかりは、猫被りの方に肩を持つ。オレがミーリャに憑依して一戦力として助けに行く策はありだが、オレはそのカルト教団のことなど全然知らない。知らないから、何が狙いか、どういったことをしてくるか、どのくらいの戦力を持ち合わせているか、といった情報を当然持っていないわけだ。だから、不用意に動くことはできない。それに、オレはミーリャの身体を借りて戦いに参加することになる。即ち、戦いで負傷したとき、ダメージを受けるのはオレではなく、ミーリャなのである。仲間を助けに行こう、と言うミーリャの案にオレはうんと首を頷くことはできない。……できない、というより、したくないのだ。




「ミーリャちゃん。安心なさいな。……皆、魔法戦士になることを志願した者たちです。力は秘められているはず。皆を信じましょう」




 ……驚いた。人を利用することしか考えていないと思っていた女から、まさかそんな言葉が口に出されるとはな。




「……うん」




 ミーリャの目からは涙が溢れていた。




 □■□■□




 ギィギィ、と寮の扉が開け放たれる。そこに、先程、猫被りに治療を施してくれた、医務室の女の姿があった。




「えっと……」




 ああ、そうか。ミーリャはオレと入れ替わっていたから、この人とは初対面となるわけだ。




「状況を報告しに来た。50期生の状況を、な……」




 女が俯いて言う。




「どうだったんですの!?」


「……現在、37名は無事、救出された。48名は未だ、状況不明」




 女は、それだけ言って、沈黙した。37名は無事。48名は不明。そして、ここにいるのは2名。50期生は全部で100人。ということは――。




「すみません、数が合いません……50期生の人数と……」




 疑問に思ったミーリャが、女に訊く。




「残りは――死亡が確認されたよ」


「……ッ!?」




 言われて、ミーリャは信じられないといった表情をしている。ああ、嫌だ嫌だ。堪らなく、自分にうんざりする。あのとき、オレが何か行動を起こしていれば、変えられたかもしれないというのに。くそっ。これは、オレの責任だ。




「警備がザルすぎた。これは、バーストンズ校の失態だ。すまない」


「すまない、って……」




 そう言われても、困る。失ってしまった命は戻らない。それは、オレがよく知っている。




「これを機に、バーストンズ校の警備は強化されるだろう」


「これを機に、って……あまりにもな言い種なんじゃないですか」


「……そうだな。悪かった」




 女からは謝罪の言葉しか出てこない。ミーリャは言われても尚、浮かない顔をしている。

 ……それは、そうか。……そりゃ、そうだ。




「しばらくは厳戒態勢が敷かれるだろう。訓練はもちろん中止。……ああ、忌々しい。忌々しい。忌々しい。あの狂った連中どもめ」




 女は下唇を噛み、悔しそうな表情をしていた。




「ちなみに、聞いても良いですか?」


「……なんだ?」




 猫被りが、女に質問をしようとする。




「……その、クリスタルというものを知らないのですが、何故、あの人物はクリスタルを持ってこいと言ったのでしょうか」


「ああ、クリスタルは、謂わば、資源のようなものだ。クリスタル……といっても、普通のクリスタルではないな。あそこにあるクリスタルは魔力を高めるクリスタルなんだ。大方、それを利用して教団は力をつける気なのだろう。だが、採掘するのは容易ではない。あそこはウヨウヨと獣たちが潜んでいるからなぁ。だから、自分は待っているだけで済み、尚且つ、クリスタルも手に入る可能性のある行為をしたのだろう」




 猫被りの疑問を、女は丁寧に答えてくれていた。




「……また、何かわかったら、連絡する」




 女は立ち上がり、ローウェル寮から去っていった。




「…………」




 ミーリャは泣いていた。涙が頬を伝い、床に垂れている。……くそっ、オレが。オレが、オレが、オレが、オレが、オレが……悪い。……オレが。

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