7.
「がるるるるる……」
次々と獣が姿を現していく。一匹仕留めた。……からと言って、油断はできない。一匹仕留めたからはいラッキー。そんな話ではないのだ。今、ミーリャたちは獣たちとの命の奪い合いをしている。どっちが殺られるか。そういう戦いをしているのだ。
懐かしい。ああ、オレも前世ではそうだった。いつも、いっつも、そんな戦いに興じていた。そして、オレは気づけば、数えきれないくらいの屍の山を築いていた。
戦う、とはそういうことだ。その間には『死』が存在する。だからこの場面、オレはミーリャに憑依するべきなのだが、何故か身体が動かない。金縛りにあってしまったかのように、身体が重い。オレは、幽霊なんだぞ?
「……ミーリャちゃん!?」
急に猫被りが驚いたように叫ぶ。見ると、オレが思ったそばから、獣たちはミーリャ目掛けて襲い掛かってきた。
動け、動け、動け。オレ。動いてくれ。必死にそう思いはするのだが、憑依ができない。おい! 自由自在に憑依できるわけじゃないのかよ! オレは完全に焦ってしまっていた。
「……聖なる炎よ。道を照らし、世を導くため、立ちはだかる障害を、焼き尽くしたまえ!」
叫ぶと、ミーリャの杖から灼熱の炎が獣たちに向かって襲い掛かっていった。驚いた。ミーリャはとても冷静だ。この状況をどうにかしないと、という思いが、身体に伝わったのだろうか。焦らず、慌てず、適切な対処をしようとしている。
……もしや、オレが憑依できなかったのは――ミーリャが憑依を拒んだからか?
「ふぅ……」
ミーリャは成長している。……いや、成長している、というより、自身の命に危険が迫るとき、本領を発揮することができるのか?
これはオレが手助けに入ることでもないか。ミーリャを信じ、あとはミーリャと猫被りに任せるべきか。
「がるるるるる……」
そう考えていたとき、ミーリャの背後で残党が声を上げていた。今にも、ミーリャのことを襲わんとしている。
「危ない! ミーリャちゃん!…… 深く、深く、蒼に染まる蒼よ!」
それに気づいた猫被りがミーリャを守るようにして、呪文を唱え始めた。その様子を見た獣が、標的を変え、猫被りに狙いを定めている。
「がるっ……ぐわぁ……うぐがるるるるるっ!」
「きゃあああ! ……あっ……がっ……ぐっ……」
獣の爪がもろに猫被りに直撃して、猫被りがその場にバタリと倒れる。それを見てか、他の獣たちも周囲から姿を現していた。こいつ以外、一匹残らずすべて倒したものかと思っていたのだが、まだまだたくさん獣たちが潜んでいやがったとはな。
「あ、あわあわあわわわわ……」
ミーリャの方を見ると、ミーリャは普段通りの状態に戻ってしまっていた。身体は動くようになっている。ミーリャも猫被りも頑張った。頑張って、生き延びようとした。だが、もう厳しいかもしれない。
……さて、オレの番か。
「…………」
オレはミーリャに憑依して、冷静に獣たちを見る。こいつらだけか、それとも、まだいるのか。見たところ親玉らしき獣が、さっき猫被りに襲い掛かってきたこいつと見て間違いはなさそうだ。であれば、こいつを倒せば、統制力を失う。残りのやつなど、大したこともない。
「おい、猫被り。まだ、生きてるか」
「あなたは……バ……ト……」
返事がある。声が出ている。身体も少し動いていた。ということは無事ではないが、重傷は負っていないか。ならば、一先ず、獣の方に集中しよう。
「獣。よく頑張ったな。誉めてやろう。……何人殺せた?」
オレは獣たちに問う。だが、当然、獣たちは「がるるるるる」や「がうがう」など、吠えるばかりで、人語を喋らない。雄叫びを上げることだけはやたらと好きな輩だな。おめでたいやつらだ。オレは鞘から剣を抜き、構える。
「ひとつ、気掛かりがあるのだが……まあ、人語を喋れない獣たちに訊いても、無駄か」
オレはため息を吐き、獣たちを睨む。
「誰に喧嘩を売ったか、教えてやる――」
オレは駆け回り、勢い良く剣を振り回す。1、2、3、4、5……甘い、甘い。オレは獣たちの攻撃を次々と躱していきながら、剣を獣たちの急所だけを狙って、一気に仕留めていく。素早く、倒せ。素早く、殺せ。こいつらは速さで、人間に勝っている。と、思っている。であれば、人間に速さで負けて殺されることは、一番の屈辱にちがいない。
「この世界の獣はこんなものか。弱いな。ただでさえ、オレは女の身体に憑依して戦っているわけだ。もっと、善戦してもらわなくては、貴様たちが弱い、ということしかわからないぞ」
オレは挑発する。まあ、獣たちは人語をわからないだろうから、挑発した意味もなさそうだが。気分は昂るから、良しとしよう。
「生かしても、意味ないし、皆殺しにするか。……鏖殺だ。わかるか?」
獣たちに訊く。が、やはり、吠えるばかり。
「そうか、そうか――終わりにしよう」
オレは再び剣を獣たちに振りかざしていく。獣たちは、唸り声を上げて次々と息絶える。
「すご……い……」
オレは数分も掛からずにすべての獣を倒してしまっていた。
「仕事は果たした。猫被り。立てるか」
「無理……かしら……」
オレは猫被りを担いで、バーストンズ校に帰ろうとする。
「待って……」
「……なんだ?」
猫被りにそれを止められた。
「クリスタル……は……」
「んなもん、放っておけ。今は課題を達成するより命の方が優先だ」
「他の人たち……は……」
「助けられる余裕がない。今はミーリャの身体なんだ。精々、あとひとりが限界だな。残り98人も助けられるかよ。何人瀕死になっているのかもわからないのに。まずは目の前のお前だけを助けることが優先だ。仮にも協力相手なわけだし」
正直、オレは猫被りのことを疑っていたからな。何か企んでいるのであれば、オレは猫被りのことを助ける義理など、なかった。
しかし、こいつはさっき、ミーリャのことを助けようとしていた。しかも、生死に関わるあの極限な状況で、だ。それで、こいつの疑いは晴れた。本気で協力関係を結びに来た、ということはわかった。であれば、助ける義理はある。
「…………」
それは良いとして、ひとつ考えることがある。気掛かり、というやつだ。
まあ、残りの生徒たちの実力はオレにはわからない。が、シスイの実力は多少知っている。オレはやつと対峙したからな。あいつは、実力的にはオレには全然及ばない。伸び代はありそうだが、まだまだだ。
で、本題。ミーリャや猫被りよりも、シスイの方が実力はあるはずだ。でなければ、受験のとき、まわりのやつが騒ぐはずもないし、入校生の代表になることもないだろう。
獣は、数匹程度であれば、ミーリャや猫被りでも倒せる程度の力だった。ここまでの要素をすべて当てはめていく。……すると、シスイの姿が見当たらないのは変な気がする。他のやつらがどうであれ、シスイひとりである程度の獣の群れであれば、捌けるはずだ。
「…………」
入れ違いだったのだろうか。仲間がやられ、仲間の命を優先するために、仕方なく引き下がった。その説は一応あるにはある。もしくは、単純にこちらに生徒たちは誰ひとりとして来ていなかった、か。人が来た痕跡のようなものは見つけられなかった。だから、そっちの説の方が有力か。
「いや……」
明らかに、こっちの方向に他の生徒たちも向かっていた。そっちの説であっても、少し引っ掛かる点ができてしまう。
「これは、何か、きな臭い香りがプンプンとするな」
金髪女。やはり、あいつの発言がどうしても気になってしまう。あいつのやり方は、とてもではないが、教官がやるようなやり方とは思えない。オレは、ヤツは教官失格レベルとまで思っている。
「何もかも信じ込んでしまう、オレが悪いのかもしれないな、これは」
オレは猫被りのことは気にかけていたが、猫被りに注意を向けすぎていて、教官の方を疎かにしてしまっていた。思えば、あの金髪女がまともな教官であると、何故、あのときのオレは信じ込んでしまっていたのだろうか。あの意味ありげな発言を拾えていたのに、オレはどうして動かなかった。あの時点で、オレは察して、動くべきだった。そして、あの金髪女を無理矢理にでもぶっ叩き、訓練内容を変えさせていたら良かったのかもしれない。
「初めから、生徒たちを殺す気だったのか……?」
オレは気づく。
バーストンズ校の近隣にこんな危険な場所がある。教官であればそれは知らなければならない。この訓練内容を通すのであれば普通、教官は引率したり、危険区域に立ち入らせないようにしたり、いろいろと工夫はするべきだ。
だというのに、こんなにも杜撰な有り様で、生徒たちに生死を問わせる危険なことをやらせている。それは、おかしい。間違っている。
「ぶん殴ってやるべきか……」
一発、二発、三発。入れてしまったら、バーストンズ校から追放されてしまうかもしれない。教官としての在り方を説くか、ミーリャの幸せを取るか。オレはそのふたつを天秤に掛ける。掛けはするのだが、オレの中では既に決まりきっているようなものだ。オレは、もちろんミーリャの幸せを優先する。ということは、説き伏せることは我慢するべきか。だが、オレにはどうしても納得がいかない。
待て。興奮するな。一時の感情に流されるな。オレが金髪女を殴って説いたところで、変わらない可能性は高い。その上、ミーリャにとって、不幸な状況になってしまう可能性も高い。だから、ここは、我慢だ。オレは我慢しなければならない。
「くそったれが……」
オレは激怒していた。
たしかに、戦場というものは命の奪い合いの場所である。そして、バーストンズ校は魔法戦士……戦場に行く、兵たちを育成する場。やっていることは、理にかなっている話なのかもしれない。この訓練で生き残ったものが、本物の強い兵。たしかに、それはそうだ。そうかもしれない。
「でもよぉ……何か納得できないんだよなぁ……」
言葉にできない、この感覚。抵抗感。違和感。それらが、金髪女のやり方に酷い憤りをもたらしている。
「教官が生徒を切り捨てるとか……ある話かぁ……?」
オレは見えてきていたバーストンズ校を睨みつけ、怒りを燃やし続ける。
「まずは、医務室か……」
猫被りを担ぎながら、オレはなんとかバーストンズ校に戻ってきていた。