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6.

 今日から、ビシバシしごかれる日が始まるそうで。




「ううう……だ、大丈夫かな!?」




 ミーリャは不安と緊張からか、立ち竦んでいる。受験のときは、そのときだけ良いコンディションで臨めれば良いのだが、今はちがう。まわりの生徒と比較したとき、守り幽霊のオレが言うのもアレな話だが、ミーリャは明らかに劣っている。知識の方は問題ないが、特に体術。……剣術か。ミーリャは剣術がダメダメだ。コンディションが良くても見劣りしてしまうレベルなのだが、オレがサポートするレベルでもなかろう。……ただ、それは良ければの話。良くなければ、コテンパンにのされてしまったり、実戦では殺されてしまう可能性だって高い。だから、どうしても、オレが介入せざるを得なくなってしまう。




「あら、ミーリャちゃん。心配しないで。あなたにはちゃんと実力があるのですから」




 ……猫被りじゃなければ、それは良いムーブだとは思うのだが、嫌いな相手にそんなこと言われて、ミーリャがそれを皮肉として受け止めてしまわないか、オレは心配だ。




「はい。新入生の皆さん、おはようございます。……まあ、自己紹介は……する時間も惜しいので、早速始めていきましょうか」




 そう言って、金髪の女は懐からステッキを取り出し、生徒たちの方に向ける。




「新入生は100人。偶数。ということで皆さんにはペアをつくってもらいます」




 ペア……ペアか。まあ、入ったばかりだし、これは各々性格に差が出そうな行動だな。

 今のミーリャとしては、ひとりでも味方を多くつくっておきたい。……しかし、人気のあるやつにはできるだけ取り入りたくはない。理由として、目立つから。それだけでなく、人気のあるやつに取り入るのは競争率が高く、最初から派閥が形成されやすい。ミーリャが相手方のご機嫌を損ねてしまって、派閥を敵にまわしてしまったら、大損だ。……ということで、こういうのは慎重に動いてもらいたいところだが……まあ、猫被りが動くのかな。おそらく、猫被りがぐいぐいミーリャの方に行くだろう。




「ミーリャちゃん。いっしょにペアを組みませんか?」




 ……予想通り、というところか。猫被りが動いたな。あとは、これをミーリャが了承すれば、まあ味方は増えないが、問題が起こることもなかろう。……おっと、オレは疑うことを忘れているな。猫被りと約束を交わしたとは言え、こいつが裏切らない保証はない。危ない、危ない。常に警戒しておかなければ。




「ラビィと?」


「ええ」


「……嫌だ」




 ……まあ、そりゃそうか。根に持つよな。一度でも印象が下がるようなことをやってしまったら、そのイメージを変えることは難しい。ミーリャの視点からすれば、猫被りにはもう『嫌なやつ』というレッテルがついている。……それを剥がすことは、オレの仕事ではない。




「そう。残念ですわ。……でも」


「……何?」




 猫被りがミーリャの方にどんどん近づいて、急に立ち止まる。




「私はあなたとではないと嫌なのです」




 強引なことを言う。




「……何故? 何か、また企んでいるの?」


「いいえ。本心からです。……こんなことを言うのは何故か。……理由は何か。……それは、私がそう思うからですわ」


「理由になってない」




 ミーリャの不信感は払拭できていない。




「ああ、そうだ。言い忘れていましたが、先程、ちゃっかり砂時計をひっくり返したのを見ていましたか? この砂がすべて落ちるまでにペアをつくれなかった者にはよりきついお仕事が待っていますので、お忘れなきよう」




 金髪の女が冷ややかな微笑みを生徒たちに向けていた。ニッコリ、と微笑んでいるのだが、その微笑みには圧しかない。脅しか。……兎に角、そのきついお仕事とやらの全容を知らないわけであるから、ここは是が非でもミーリャにはとりあえずペアを組んでほしいが。

 オレはキョロキョロとまわりを見る。先程までは一部の生徒以外、消極的な人間も多く、ペアになっていないやつがちらほらと見えていたのだが、金髪女の脅しとともに続々とペアができていく。だいたいは、近くにいたから『とりあえず』の意味で組もう、というかたちだ。……まずい。このままではミーリャが孤立してしまう。




「続々とペアができてるけど、ラビィは大丈夫なの」


「ええ。ミーリャちゃんと組みますから」


「……私がずっと拒否していたら?」


「そうしたら、私はきついお仕事をやることになるでしょうね」


「…………」




 ペアになっていない者も残り10人くらいになってきた。




「……組むよ」


「……本当ですか!?」




 ミーリャのその言葉を聞いて、猫被りはパァッと明るい笑顔を見せる。……これは、演技だろうか? オレには判別がつかなかった。




「だって、そうしないとまずいから」




 ……まあ、とりあえず、ペアを組むことはできたな。




「はい。ペアを組む時間はおしまい。……おっと、全員ペアを組むことができましたね。では、参りましょうか」




 金髪女が何処かへと行こうとする。生徒たちは皆、その行動に疑問を持ちながらもあとをついていく。




「さて、ここで訓練内容を説明させていただきます。ルールなし。『何をしてもオッケー』です。ここ、バーストンズ校から少し北に行ったところに、【クリスタルの渓谷】というものが存在します。その渓谷からクリスタルを早く持ち帰ることができたペア、上位10組はその場で訓練終了。できなかったペアは……腹筋背筋スクワット500♡」




「マ、マジー!?」と、生徒たちのどよめきが聞こえた。……なるほど、上位以外のペアに罰のようなものを設けると。ただ、聞いた感じ、ミーリャは体力なさそうだし、体術ダメダメだし、ここはあえて罰を喰らった方がミーリャのためになるだろうか? ……たしかに、オレはミーリャには幸せになってもらいたい、という使命があるが、ミーリャのことを甘やかしすぎるのも良くない。と、思う。……訓練には何かしら罰はつく可能性はあるだろうと予想はしていたのだが、オレはもっと酷いことを想像をしていたから、思いの外、身構える必要はなかった感じはする。拍子抜けだ。

 ……だが、オレは、そこに。……そんなところに、違和感を感じてしまっていた。




「100人無事に、戻ってこられると良いですね……」




 最後にボソボソと金髪女がそんなことを言っていた。……その含みを持たせた言い方はなんだ? 何か、嫌な予感がする。おいおい、まさか生徒たちを殺してしまうような訓練を実施しているわけではないだろうな? 仮にも、ここにいるやつらは、将来の戦力候補なんだぞ? 殺して、得などない。しかも、曲がりなりにも、こいつ、教官だろ? 生徒たちを死なせるような訓練をやらせて、大丈夫なのか? 下手しなくても、普通は、何かしらの処分なりでも喰らってしまいそうな行為であるわけだが。


 オレは金髪女のことをジッと見ていた。金髪女の感情を読み取り、この訓練の意図を掴もうとしたのだが、無駄だった。




 □■□■□




「もう、皆さん動かれていますね」




 猫被りがまわりを見て、ミーリャに話し掛けている。




「……うん」




 ミーリャは、猫被りに遠慮がはたらいている。ペアを組んでいるわけだが、距離も少し離れて歩いているし、ふたりの溝は深い。




「ミーリャちゃん」


「……ッ!?」




 と、思っていたら、急に猫被りがミーリャの手を取って、走り出す。




「急ぎましょう! でないと、きつーい罰を受けてしまいますわ!」


「……そうだね」




 ふたりは走り始めた。




「クリスタルを持ってこい、と言っていましたけど……クリスタルっていったいなんでしょう?」


「…………」




 猫被りがミーリャの方をチラッと見て聞くのだが、ミーリャは何も言わない。沈黙している。




「手で持ち運ぶことができるものなのでしょうか」


「…………」




 似たような光景が繰り返される。




「ミーリャちゃん。実はですね――」




 猫被りが何か言おうとしたとき、空を飛んでいた鳥のようなもの……怪鳥がキーキーと泣き叫んで、猫被りの言葉を遮った。




「……様子がおかしい……ですわね」




 昼だというのに、心なしか暗い。雰囲気もなかなか怖いものがある。さっきから感じる、獣たちの殺気。食欲旺盛な獣たちが人間という餌を狙って待っているかのような、この獣たちの気配。なかなかに、不気味である。




「警戒しましょう」




 言って、猫被りは本を構えている。それが、魔法の本とかいうやつだろうか。




「そういえば……私たちは遅れてここに来たはずですけど、他の方たちの姿が見えませんわね……」




 猫被りが言って、オレは気づく。それはおかしい、と。

 生徒たちは皆、揃ってこちらの方向へ進んでいった。しかし、誰かがいる気配はしない。

 ここは獣たちの殺気を感じるような場所なわけだ。つまり、これらが何を意味するか。


 ……生徒たちは、皆、獣に喰い殺された、ということか?




「構えてください。ミーリャちゃん」




 臨戦態勢に入る。助けを呼ぶべきだろうか。しかし、金髪の女。あの、教官らしき人物は、これを訓練と呼んでいた。そして、最後に意味深長な言葉も残している。考えるに、あの女が駆けつけに来てくれる可能性は極めて薄いと判断できる。これはあの女に限った話ではない。教官がこれであるのであれば、バーストンズ校の人間は皆一様にして同じ行動を取る可能性は高い。と、あれば、助けを求めるのであれば、まだ情に訴えることができそうな上級生になるが、これも、確実とは言えない。それに、助けを呼ぼうと言ったって、もう、ミーリャたちは獣たちの間合いに入ってしまった。他の生徒たちを助けるよりも、まず、自分たちが助かる必要がある。




「う、うううう……」




 ミーリャも杖を構えた。杖を握る手が小刻みに震えている。それほど、恐怖感がミーリャの心を支配しているのだろう。




「ぐるるるるるるる……」




 獣が涎を滴しながら、ふたりの前に姿を現す。獲物が来たか、来たか、と言わんばかりに。




「深く、深く、蒼に染まる蒼よ。私に力を貸したまえ――」




 猫被りが詠唱をすると、猫被りの持っていた本がその場で浮かび、本から勢い良く水が多量に放出された。それは、まるで嵐のように激しい、天からの怒り。身体に突き刺さるような水が獣の方に押し寄せる。




「さあ、通しなさい。私たちはあなたたちに用なんてないの」




 猫被りが獣たちに訴えるようにして言っていた。

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