4.
「……あれ」
ミーリャが目覚める。
「……私、何してたんだっけ」
ぼんやりとしながら、ミーリャはまわりを見ていた。
「……いけない、いけない! そうだった、合否を確認して、手続きとか済ませようとしてたんだった!」
ミーリャは大慌てで、手続きの場所へ向かおうとする。
「あれ、あなたは……」
「ごきげんよう、ミーリャちゃん」
猫被りがミーリャにペコリとお辞儀をして話しかけていた。ミーリャ視点からすれば、よくもまあそんなことができたようなもんだ、と思われても仕方がないほどの変わり身の早さ、というか。そんな薄穢さが表れている。所作にも性格が表れる、と言うが、それは本当のようらしい。さて、お前が本当にミーリャと上手くやれるのか、見ていようじゃないか。
「ラビィ……」
ミーリャは一瞬、引き攣った顔をして猫被りのことを見た。おいおい、いきなり雲行きの方が怪しいんだが、信じて大丈夫なのか、これ。
「ミーリャちゃん、あのときはあなたに申し訳ないと思って、それで、謝罪の方を。……ごめんなさい」
「…………」
ミーリャは複雑そうな顔をしている。そりゃ、そうだ。オレだったらこんなやつ、ビンタを喰らわせて、のし掛かってドロップキックをお見舞いしてやっていた。でも、ミーリャは優しいからな。優しいから、不審に思われる程度で済んでいるんだ。しっかり、感謝しとけ。
「ごめん、手続きがあるから」
「そうですわね。私もしませんと」
うーん。そりゃ、こういう反応になるわな。当たり前の反応。ミーリャが猫被りのことを許せるほど、軽いものだったわけではなさそうだったし。様子的に。これが、普通。ミーリャのケアはオレがなんとかするしかない。
厄介なやつと協力関係を結ぶことになるとは、心底面倒なことだ。
□■□■□
手続きの方も無事済ませ、あとは寮の方へうかがうだけ、となった。今日から住み込みとなる。
その寮なのだが……。
「うわぁ……すごい……」
……これ、本当に寮か?
自分の目を疑いたくなるくらいの立派な建物がそこにはあった。これ、城だろ。城。相当金掛かってんなぁ。それほど、国は人材を募集している、ってことかぁ?
……まあ、でも、それもそうか。オレはチラッとミーリャのことを見ていた。一昨日くらいだったか。ミーリャと一緒にオレはこの世界の地理学や歴史学の本を見ていたが、オレの世界ではあり得ない歴史や異なる地図等が載っていた。そこから導き出される結論として、ここは異世界だということ。場所がちがう。だから、世界情勢なんかも当然ちがう。オレの世界では戦うのは男だけだった。国の軍事機関なんかに勤めていたのも男だけだったと記憶している。だが、この世界はどうだろうか。魔法戦士の育成機関に、ミーリャは合格したわけなのだが、それはつまるところ、ミーリャはこれから戦場へ向かうための準備に入る、ということになる。この世界では女も戦う……ということだ。
言い方を変えよう。この世界は女も戦場に駆り出さなければいけないほど、窮しているということなのではなかろうか。
……まあ、オレの世界では、ジェンダーがどうだとかいろいろと叫ばれてはいたのだから、もしかしたら、その壁が取り壊された世界だという可能性もありはするわけで。だから、本人が戦場に出向くことを望んでいるのなら、オレは気持ちだけは汲み取ってあげたくはあるが。
……ミーリャにはできればオレのように無様に死んでほしくはない。だから、否定してあげたい気持ちもありはする。そっちの気持ちを優先するのであれば、オレはミーリャを落第させてあげるべきだったとは思う。
「今日から、私も同じ寮ですわ。よろしくお願いします」
「……え、ラビィも?」
……そういえば、こいつ資産家の娘なんだよな。同じ寮になるって……明らかに手回しされているな。
……あと、猫被り。お前、そうか。ずいぶんと可哀想なやつなんだな。猫被りがしたことは最低なことだが、同情はしてやろう。
猫被りがここにいるということは、要するに、こいつも将来、戦場に駆り出される立場になり得る、ということである。資産家の娘ならあとを継ぐなり、婚姻させてより自身のグループを拡大させていくなりしそうなものを、戦場に出させようとしている。世の情勢的にそうせざるを得なかったのか……いや、それはなさそうだが。……とあれば、猫被り。こいつは……家から切り捨てられた? シスイはともかくとして、こいつも実技試験では成績を残せなかったはず。不合格でもおかしくはないが、合格が決まった。おそらく、強引に。ということは、なにがなんでも娘を合格させたくて権力が動いたという可能性は高いだろう。
……名声が欲しかった。その一点だけで、娘を戦場に送らせようとするだろうか。それが疑問だ。と、考えれば、猫被りは何をしても合格するように決めさせていた。切り捨てさせようとしていた。そう考えるのが、普通だろうか。
「あら、いらっしゃい。今日から入寮する娘たちかしら? ローウェル寮へようこそ。私は寮長のナモ・デ・カヴィンバティです。よろしくね」
「ラビィ・オ・リーウェンですわ。今日からよろしくお願い致します」
「ミーリャ・ワ・ネヴィアです……」
「うふふ。よろしくね。……あなたはリーウェン家の娘さんなのね?」
「ええ、そうですわ」
「まあ! うふふ。今年はすごい娘が入ってきたものね」
ナモ、と名乗る女は穏やかな口調でそんなことを言っていた。
「じゃあ、案内するわね」
ニコニコと微笑んで、ふたりについてくるよう促した。
□■□■□
「……といった感じかな。お部屋は相部屋になってしまうけれど、問題ないかしら?」
「ええ。ご親切にどうもありがとうございました」
「いえいえ」
話がスムーズに進んでいく。
「ミーリャちゃんも、大丈夫そうかしら?」
「あ、はい……」
「そう、良かったわ。うふふ」
やはり、ミーリャの顔色が良くない。それにしても、相部屋なのか。……まあ、相部屋とは言っても、ずいぶん広い部屋だが。オレの小屋何戸分くらいの広さだろうな。
「それでは、ごゆっくり~」
ひらひらと手を振って、ナモは去っていってしまった。
「顔色がよろしくないようですが、ミーリャちゃん、どうかされまして?」
「…………」
猫被り。お前が原因だ。お前が。
「…………」
ミーリャは黙ったままでいる。猫被りと打ち解けるのはやはり無理な話だっただろうか。……仕方あるまい。一旦、オレと換わろう。
「……おい」
「あら、バトではありませんか。どうされまして?」
「どうされましても何もどうしてくれる、この状況」
オレは猫被りに文句を言っていた。
「と、言われましても」
「……はぁ。どうケアしたものか。ったく。お前と相部屋とかあり得ないだろ。裏で手を回してるのは、なんとなく察しがつくんだよ」
「それは、失礼致しましたわ」
「ミーリャにはさ、オレは幸せになってもらいたいわけよ。わかるか?」
「ええ」
「お前とここまで接点作っちゃったら、ミーリャは不幸だろ……」
オレはぼやくように言う。
「お前、わかってんの?」
「ええ、もちろん」
実を言うと、オレはわざと猫被りに嫌われそうな立ち回り方をしていた。理由として、嫌われるのも面倒だが、それよりも圧倒的に好かれる方が面倒だということに気づいたからだ。
「ミーリャの心の整理がつくまで、変なことすんなよ……」
「わかりましたわ」
オレは念のためを持ってもうひと押し忠告し、ミーリャに身体を返した。
「……あれ、また記憶が。……そっか」
……そっか? ……うーん、さすがに本人にもバレてしまったかな。物凄く申し訳ない。勝手に身体を操ってしまって。こうなってしまったのも、オレのせいであるわけなのだし。
「…………」
ミーリャは窓の外を見て静かに佇んでいた。空気が重い。猫被りのせいにしようとしてきていたが、オレにも責任はあるし、オレのせいでもある。オレ【と】猫被りのせいだ。本当に申し訳ない。
「……ねえ、ラビィ」
「なんでしょう?」
「私は……あなたが嫌い」
「ええ、知っていますわ」
猫被りは優雅に紅茶を啜りながら受け流している。
「嫌いなあなたに訊くのは嫌だけど……これは、あなたがやったこと?」
「…………!」
ミーリャが猫被りに問う。どうやら、遠回しにオレの存在について訊きたいらしい。
「私がやったことですわ」
……間違いではない。【猫被りとオレ】がやったことなのだから。
「……そう」
ミーリャはまた俯いて、窓の外を見ていた。窓の外からは、敷地と一面の緑が見える。この、育成高等機関は僻地にある。地理的に、緑しか見えないのは当然のことだろうか。
……そういえば、オレはこの世界のことについて、まだまだ知らないことがたくさんあるな。この国の立ち位置だとか、今、世界でどのようなニュースがあるとか、その他、諸々さ。
オレには学がない。それで、生きてきていたが、そのときとはワケがちがう。今は死者。……そして、ミーリャを守る者である。だから、オレが無知であると、いざというときにミーリャを助けることができない。であれば、知識が必要だ。オレもミーリャといっしょに学んでいかなければならない。
……ミーリャに幸せな人生を送ってもらう、ために。
「あなたはいったい……」
ミーリャがオレのことを口にする。オレは……ミーリャを勝手に守護しようとしている者だ。……なんて、まさか言えるわけがない。まあ、言える手段もないのだが。
「どうかされまして?」
「……ううん。なんでもない」
ミーリャはまた黙ってしまっていた。外を見て、何か考え込んでいる。それは、猫被りといる今の状況のことか、それとも……オレの……オレという存在のことか。将又、べつの何かか。それは、オレにはわからないことなのだが。
「…………」
前途多難な道になりそうだが、どうにかするしかない。それがオレの使命。オレがやるべきこと。オレがやらなければならないこと。オレが必ずミーリャの人生を幸せなものにしてみせる。そのために、オレは――。