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3.

 しばらく日が経って、試験の合格発表日となる。筆記試験は問題ない。実技試験の方もオレが手助けしてしまった。だから、問題はないはずなのだが。どうなることやら。




「……えーっと、275、275……あった!? やったー!? 合格だー!」




 ……というわけで、無事にミーリャはバーストンズ魔法戦士育成高等機関に合格したようだ。……合格してくれなきゃ、オレが困るところだった。




「……ねえ、あの娘」


「……あれでしょ」




 本当にオレがやり過ぎてしまったらしく、ミーリャは周囲の人間によるひそひそ話の話題の中心にいる。目立ってしまうのは非常にまずいか……?

『強者』という意味で目立ってしまうのは、オレ的にはあまりよろしくないことだ。理由として、まず、ミーリャにはここしばらく一緒に過ごしていた体感的に、仲間が少ない。そして、ミーリャを周囲の人間に『強者』という印象を持たせてしまった。『強者』という名が欲しいことを良いことに、ミーリャはまた一方的に狙われてしまう可能性が高くなる。……あのとき、オレは馬鹿だった。……ああ、猫被りの仲間の馬鹿より馬鹿だったさ。頭に血が上りやがって、トップで合格しようと、トップで合格しようと、何度もそれだけを考えてしまっていた。でも、目的はあくまで『合格を掴み取る』ということ。べつに、トップで合格することではない。……オレは間違えた。……ああ、間違えてしまったのさ。




「合格できて良かったー!」




 ……楽観的だな。もしかして、まわりの様子に気づいていないのか? 精神的にはそれの方が良いかもしれないが、危機感を持っておかないと、万が一のときに行動ができない。……それを補うのが、オレの役目なのか。




「おい、お前……」


「? ふぇぇ?」




 シスイがミーリャに声を掛け、睨んでいた。オレのせいで実技試験は散々な結果に終わったようだが、こいつも受かっているらしい。……まあ、出来レース、というか、多少そういった贔屓はあるのだろうとは思ってはいたが。




「……えっと、どなたです?」


「…………! ……お前、私を忘れた、とでも言うのか……! そうか、お前にとっては私は視界を横切る蝿蚊にしか見えなかったか。ズタボロにしてくれやがって」




 散々な言い様だな。お前が言うな選手権をオレの前で勝手に開くのではない。オレがミーリャに憑依して相対しなければ、シスイ、お前がミーリャをズタボロにしていたくせして。




「……えっと、なんのことですか?」




 ミーリャは頭の中で疑問符を浮かべていた。そうなるのも無理はないだろう。実質、オレがシスイをボコボコにしたのであって、ミーリャがシスイをボコボコにしたわけではないのだから。




「シラを切る気か。……埒があかない。どうせ、同じ合格者同士だ。また、戦い合うときは来る」




 何か、負け犬の遠吠えのようなことを呟いていたような気もしたのだが、オレは聞いてないということにしてやった。




「うん、一緒に頑張ろう!」




 ミーリャはルンルン気分で返していた。……一緒にいてわかったことなのだが、ミーリャは天然ボケ的なところがある。オレ的にそれはべつに気にならないのだが、会話が噛み合わないのはさすがにどうにかした方が良いだろうか。




「よーし、合格したし、手続きとかいろいろと済ませなきゃ。寮も見に行かなきゃいけないし」


「……あら、お待ちなさい」




 スタスタとミーリャが移動しようとしたとき、少し鼻につく声が聞こえてくる。




「ラビィ。ラビィも……受かったの?」


「……ええ。……試験のときのことはもう、思い出したくもないくらいですが。はっきり言って、屈辱的でしたわ」




 苦虫を噛み潰したような顔をして語る。オレは猫被りにトラウマを植えつけてしまったらしい。やり過ぎたオレも反省すべきところはあるのだが、はっきり言って猫被りもシスイも自業自得だ。相手の力を侮っていたから、痛い目を見てしまっただけの話だ。

 ……オレも相手の力を侮ってしまうクセがある。だから、オレが言えたことでもないのだが。




「ちょっとついて来てくださる?」


「ほぇ?」




 猫被りは小声でミーリャに促した。……あれ。そういえば、猫被りの取り巻きの馬鹿はいないのか? ……なんだっけな。アルコ、とかいうやつ。オレは不思議に思いながら、ふわふわとふたりの後を追った。




「ここなら、人の気配がありませんわね。……ねえ、『あなた』いったい、誰なんですの?」




 猫被りがそんなことを言ってきていた。

 ……やらかした。まさか、憑依してこんな早くに、憑依者本人にややバレし、それ以外の人間にもバレてしまうだなんて。

 気分がハイになりすぎた。感情のままに行動してしまったオレが悪い。

 このまま、憑依せずにミーリャになんとかしてもらうのが得策か。まあ、ひとりならちょっと幻覚でも見たのではないか、くらいで済ますことができる話かもしれない。今後は、慎重に憑依しよう。……やはり、ミーリャへの手助けは最低限にして、ミーリャ本人に頑張ってもらうほかないか。




「出てきてください。お話がありますの」




 猫被りは真剣な目をして、オレに言っている。ミーリャはどういうことだろうかと考えているが、何か揉めるようなことがあってもまずい。……迂闊な行動をしてしまったオレが悪い。自分で蒔いた種は自分でどうにかするべきか。




「なんだよ。手短に話せ」




 オレはミーリャに憑依して、猫被りに話を催促する。




「…………! やはり、あのときのミーリャちゃんはミーリャちゃんではなかったのですね」


「……だったら、どうしたよ」


「……いえ」




 こいつ、何を企んでいる? おそらく、こいつは悪知恵を働かせるような女だろう。だから、こいつの口車に乗せられてしまってはいけない。そう、直感が囁いている。




「……オホン! では、単刀直入に言いますわね?」


「ああ、どうぞ」


「その……私は……あなた様に……一目惚れしてしまいましたの」


「はぁ?」




 何言っているのだろう、と思った。しおらしい顔をしていやがるが、きっと、猫被りのことだ。何か裏があるにちがいない。そう考えたオレは、次にどう切り出すか思案する。無難に体よく断るためにはどうしたら良いか。こういった相手は刺激させると大変だ。手がつけられなくなってしまうだろう。だから、オレが先手を打っておく必要がある。




「……ああ、そうかよ。嬉しいよ。嬉しい。でも、悪いが、オレはオレではあるけれど、オレはオレじゃねえんだ。ミーリャなんだよ。気持ちだけ受け取っておいてやる。気持ちだけな」




 オレは適当に無難そうなことを呟いていた。




「本気、なんですわ……」


「本気?」


「冗談でも嘘でもなんでもありませんわ! 私は本気であなた様に惚れてしまっているのです!」




 猫被りはこっちをジッと見つめて、言い放つ。……これは、演技か、それとも素面か。……素で言っているようにしか見えないが。




「それはご苦労なことだ。でも、オレ的にお前はめちゃくちゃ印象が悪いかな。何故か。それは、オレの憑依者に姑息な手を使って陥れようとしたからだ。そして、オレはべつにミーリャについて今現在特段不快に思うような点は存在しない。だから、オレはお前よりミーリャの方が優先度的に上だ。そもそも、憑依者だしな」


「そ、それは……ミーリャちゃんには悪いとは思いましたし、私から謝罪をさせていただきたく……」




 オレは猫被りの顔色の変わり具合を見て、ため息を吐いていた。




「お前、オレに言われたからミーリャに謝罪する、と?」


「え?」


「……ああ、悪い。説教臭くなった。忘れてくれ。あのとき、オレは割かし腹が立っていたんだ」




 熱くなりすぎていたことに気づき、オレは話を打ち切る流れに持っていこうとする。




「そうですわね。あなた様の言う通りですわ」




 やけに素直に言われる。




「あなた様、って呼ばれるの嫌だから『バートレット』で良い」


「……へっ?」


「オレの名前だよ。お前には正体バレてんだ。お前に呼ばれる度にあなた様なんて言われたら敵わん」


「では、バト、と呼ばせていただいてもよろしくて?」


「どうぞ」




 オレは猫被りの目を見て言っていた。




「ところで、『お前に呼ばれる度に』というのは?」


「…………」




 失言したかな、とオレは思っていた。そんな様子を見て、猫被りがクスクスと笑っている。




「そうですわ。正体がバレるとまずいのですわよね?」


「まずくない」


「それは嘘ですわ。……ねえ、取り引きがございますの」


「強引なものを果たして取り引きと呼ぶのかどうか」




 オレはかったるそうに猫被りの発言を聞いた。




「私はあなたの正体を黙っていてあげましょう。だから、その代わりにバト、あなたは私の側近になってくれないかしら?」


「小娘ひとりに騒がれたところで、頭がおかしくなったとしか思われないだろ」


「そうかしら? 私は、とても有名な資産家の娘なんですのよ? あなた的には騒ぎにはなりたくありませんわよね?」




 猫被りはニヤッと笑い、ジト目でオレのことを見てくる。気味が悪い。




「お前、本当に穢いな。シスイの次はオレと来たか。尻軽め」


「尻軽?」


「直感でわかるんだよ。お前は有利な立場の方へつこうと、コロコロと身を変えやがる。それを、きっと、ずっとやってきた」


「まあ、否定はできませんわね。たしかに、そうですわ。それの何が悪くて?」


「開き直るな」


「あら、ごめんなさい」




 ……苦手な相手だ。




「……でも、この想いは本物ですわ。……約束しましょう。私はあなたを裏切らない」


「……あっそ、勝手にしろ」




 オレはまたしても軽薄な行動を取ってしまったことに対して、若干の後悔を感じていた。




「契約、成立ですわね! ふふっ」




 猫被りがミーリャに憑依したオレに抱きついてくる。……おい、一応、表面上は女同士なわけなんだが、ここまで密接して変な噂とか流されないのか。オレはそんなことを思いながら、ひと気がないことを確認していた。




「それは良いとしてだ。お前、オレはあくまでミーリャを優先してるんだ。だから、もうミーリャに身体を返してやるのだがな……お前ミーリャと上手くやれるのか?」


「ええ、心配ないですわよ」


「ちがう。お前ははっきり言ってどうでもいい。だが、おそらくミーリャはお前のことを良く思っていない。だから、オレはミーリャのことを心配してしまう」


「そう……ですわね……」


「ミーリャを無理矢理苦手な相手と行動させるのも可哀想だ。オレはそう思っている。それはお前も頭に入れておいてくれ」




 オレのせいでこんな風になってしまって、不甲斐ない。……本当に、申し訳ない、ミーリャ。騒ぎになって居場所を失ってしまうことと、苦手な相手と行動させることのふたつを勝手に天秤に掛けて決めてしまっていた。しかも、そのふたつの原因をつくったのはオレである。オレはポンコツだ。

 オレは心の中でミーリャに謝罪をしていた。

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