2.
「…………」
白い。白い。白い。……ここは何処だ? ……オレは……生きている?
目をぱちりと開けて、視界を確認する。変わらない。変わらない。何も変わらない。草原だ。草原が広がっている。
「なんだ、オレは生きてるのか」
安堵し、オレは声を漏らした……が、何か違和感がある。オレの声が……高い? オレは声変わりしていたはずなのだが、どういうことだ?
オレはゆっくりと立ち上がり、目の前に広がる世界を見渡してみた。……草原ではあるけれど、オレの知っている草原ではない。……草木は何処か茶色っぽくなっていて、今にも枯れそうな姿をしているし、それに、こんなに草の背丈が高かっただろうか? オレは違和感の正体を探るため、自身の足下を見た。
……あん? 何か、オレの身体が変な気がする。……オレの身なりは、こんなにきゃぴきゃぴとした格好だっただろうか。
オレは手当たり次第に自分の身体をまさぐってみた。
「……どういうことだ?」
男に付いてる大事なアレがない。オレは女の身体になっていた。
「……これでは、戦えん」
そう思って、一瞬目を閉じる。そうして、目を開けたら、今度は女の身体になったオレが何故か上から見下ろしたかたちで見えていた。
「……アレ、私、何してたんだっけ?」
オレが……喋っている。……いや、アレはオレではないのかもしれない。
……そうか、わかった。わかったぞ。オレはやはり確実に死んでいる。そして、幽霊になった、ということだ。……そして、この娘に憑依をしていたのだろう。なるほど、死後の世界というものは、こういう感じなのか。
「……いけない! 入学試験が始まっちゃう!」
……入学試験?
娘が走って何処かへと向かうので、オレもついていくことにした。さしずめ、オレはこの娘の守り神……いや、守り人にでも転生した、といったところだろうか。
□■□■□
オレの眼前に城のようなドでかい建物が見えてきた。
「受験番号275番の方ですね。お入りください」
事務員のようなやつに言われ、娘はこの建物の中に入っていく。『バーストンズ魔法戦士育成高等機関』と書かれた貼り紙があった。なるほど、この娘は魔法戦士になろうとしているらしい。お国のために、ってことね。……殊勝な考え方だこと。
「よし、頑張るぞ~!」
うん、よくわからんが、頑張れ。今は、オレはお前の守り人……いや、守り幽霊? なのだからな。
「……おやおや? アンタもいるの~? ウケる~ダサ子も試験受けるんだ~マジ、ウケる~」
なんか派手な格好したやつが娘に絡んでんな。なんだ、この見るからに馬鹿そうなやつは。
「……アルコ。うん、私も受ける」
…………。真剣な眼差しをしているな。それほど、娘には覚悟がある、ということだ。
「こら、アルコちゃん。ダメでしょ。ミーリャちゃんだって、頑張ってきたんですからね?」
「ごめん、ラビィ」
今度は見るからに金持ちっぽいやつが、娘に絡んでくる。……こいつ、猫被ってやがるな。丸分かりだ。……とりあえず、娘の名前はミーリャというのか。そうか。ミーリャ。お前はこいつらのこと気にせず、試験に集中しろ。
スタスタと会場の方へ歩いていくミーリャのことを天から見守りながら、オレはいろいろと考えていた。
さて、オレはどうやら、このミーリャという娘に憑依することができる。……娘のために、憑依するべきかしないべきか。……もちろん、憑依せずに娘が合格してくれるのが一番良い。だが、万が一のことを考えるべき、という気持ちもある。さらには、オレはミーリャの実力というものを知らない。そういったこともあって、オレは物凄く悩んでいるのだ。
「受験生の皆さん、こんにちは。定刻通り、これより、入学試験を始めたいと思います」
試験官が現れて、説明を始める。入学試験が始まるのか。
「試験を始める前に幾つか注意事項がありますので、よくお聞きください」
不正行為はダメ。途中退出も不可。……その他諸々の注意事項が話された。
「試験内容は筆記試験、それから、実技試験のふたつがあります。実技試験では、受験者の皆さん同士で戦ってもらいます。何かあった際は、医務担当の先生に言ってください」
静寂の中、試験官の説明だけが響く。
「それでは、始め!」
試験官の合図で、まず、筆記試験が始まった。ミーリャは、筆記試験は大丈夫なのか? そっちの方は手助けできないぞ? オレはミーリャの手を見た。カリカリ、カリカリ。ミーリャの手は、なんなく進んでいっている。筆記試験の方は大丈夫そうだな。心配しなくて、良さそうだ。
□■□■□
筆記試験が終わり、今度は実技試験が始まる。内容は、ルールなしの模造剣と魔法によるガチバトル。それを見て、試験官が評価をしていくらしい。つまり、この試験で活躍すれば、合格への道に一歩近づくことができるのだろう。
「あわあわあわわわわわ……」
ミーリャは緊張している。……うん、予想通り、実技試験の方はダメみたいだ。さて、どうしたものか。
「では、実技試験。始め!」
その合図とともに、受験生たちが皆、一斉にして剣を構え、活躍しようと躍起になり始めた。
「……フン」
なんだ、とても、クールなやつがいるな。
「きゃあああ! シスイ様よ!」
試験中だというのに、この声援。なるほど、あのクールで気取っているやつが、有力合格候補者のひとりか。
「……ねえ、シスイさん」
「……なんだ」
「予定通り、お願いできるかしら?」
「ああ……」
……なんだ? さっきの猫被りのやつがシスイとかいうやつに話し込んでいるようだが。
「あわあわあわわわわわ……」
ミーリャはまだあわあわしていた。……本当、大丈夫か?
……ん?
ミーリャの様子を見守っていたのだが、ここで、先程の猫被りとシスイがミーリャの方に向かってくる。
「こいつ、で良いのか?」
「ええ」
なにやら話している。……オレにはわかる。こいつら、徒党を組んでやがる。……要するに弱いものいじめってやつか。
「……はぁっ!」
「えっ、えっ!? あ、あわあわあわわわわ……」
オレの目の前でバトルが始まりやがった。そうか、このシスイとかいうやつに協力してもらって、おいしいところだけ猫被りが貰っていこうという話か。オレは気づき、ミーリャの近くまでふわふわと近づく。しかし、猫被りの狙いはなんだ? 金の力でシスイを仕えているのはなんとなくわかるが、そこまでして、何故ミーリャを打ち倒したいというのか。
「倒れろ」
「…………!」
シスイが剣を地面に突き刺すのと同時に、ミーリャは地面にぶっ倒れる。まずい。気絶してしまったら、アウトだ。実技試験の評価はおそらく、ゼロ、といっても良い評価を貰ってしまうだろう。
「やってしまいなさい! ミーリャちゃん……あなたは魔法だけは私と並ぶ存在で目障りでしたの! でも、ここで終わりよ!」
うわぁ……急に豹変しやがった……。おかげで、なんでミーリャのことを狙うのか、わかったけどよぉ。
……ミーリャは魔法だけは優れている、ということか。ただ、体術はダメ。実戦もダメ。といった感じか。……さて、オレはミーリャの守り幽霊だ。こいつに落ちてもらっては、なんとなく困ってしまうような気がする。
……仕方ない。憑依してやると、しますかね。
オレはミーリャの身体に乗り移り、ニヤリと笑っていた。
「女子供をぶっ叩くのは気が引けるなぁ……まあ、仕方がない。これも試験なんだもんな」
「…………?」
「な、何言ってるんですの!?」
首をコキリと鳴らし、オレは剣を構える。ああ、ああ、つらいねぇ。そうか、女の身体というものは、こんなにも動かしづらいとはね。オレは深い息を吐き、シスイを目で捉える。
「悪いね、オレがこの入学試験のトップ、頂いてくぞ」
「……み、見えない!?」
オレは凄まじいスピードで駆け回り、相手を翻弄していく。舐めたプレイングをするのも、悪くはない。挑発は、オレの大好きな行為なのだから。
オレは駆けながら、剣をクルクルと宙に回し、シスイとかいう女に剣を振りかざした。
「……くっ!? ……うぐっ!?」
その衝撃で、シスイは吹っ飛び、壁に叩きつけられて、大きな音が辺りに響いていた。
「こんなものか。所詮は訓練兵。しかも、その卵。片付けるのに、三十秒もいらなかったな」
「なっ……!? あ、ありえないですわ!?」
猫被りが目を点にさせて、オレの方を見ていた。
「ふぅ。……まあ、これでひと仕事終えたわけでもないな。……おい。かかってこいよ、猫被り。ついでに、そこの派手な格好したさっきの馬鹿も相手になってやるよ。十秒で決着つけてやる」
オレは剣をクルクルと振り回して遊びながら、言っていた。
「う、嘘でしょ。あ、あのシスイ様を……?」
「シスイ様がやられるだなんて……」
ヒソヒソとシスイを持ち上げていたやつらが話している。……おっと、ミーリャ的には目立ちすぎるのもまずいか? やってしまったものは仕方ない気もするが。
「かかってこないのか? 猫被り」
オレは気怠そうに言う。
「あ、あなたは……誰なんですの……!?」
おっと、いけない。オレがミーリャでないことを知られてしまうのは、まずいかもしれない。……潮時か。ここは一旦、ミーリャに任せておくか。
「……はにゃ? ……あれ? ……いけない! し、試験は……!?」
そんな情けない声を出しながら、ミーリャは辺りをキョロキョロと見ている。……申し訳ない。お前を注目の的状態にさせてしまった。
「……ねえ! あなた、誰なの!?」
……ん? ミーリャが急におかしなことを叫ぶ。……もしかして、オレに言っているのか?
「そうよ」
…………! こいつは驚いた。まさか、オレと意思疎通が取れるというのか?
「…………?」
ミーリャが首を傾げて、辺りをまたキョロキョロとしていた。……どうやら、今のは伝わらなかったらしい。
……どういうことだ? 意思疎通できるときと、できないときが、あるのか?
オレは頭を悩ませていた。
……しばらくして、試験終了の合図がされた。あとは、試験結果を待つのみである。