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1.プロローグ

 飛び散る。飛び散る。飛び散る。何もかもが飛び散る。記憶が。すべてが。全部、全部――。




 □■□■□




 オレには魔法の才能がない。だから、剣を振るうのみだ。ただひたすらに、剣を振るう。振るって、振るって、振るいまくる。


 オレには親がいない。親はオレを産んで早くにして死んだ。謎の病死。……ということになっている。


 だから、オレは独りだ。孤独で、群れずに、ひとり、ぽつんと立っている。


 生きるためには力が必要だ。いろいろな力が。でも、オレには力がない。


 ……力を得るために、オレは剣を振るうことにした。振って、振って、オレは強くなりたい。……いや、強くなる。でなければ、オレも死んでしまうのだから。この世は弱肉強食。強くなければ、死、あるのみ。だから、オレは強くならなければならない。




「…………」




 オレはただ無心に剣を振るった。




 □■□■□




 ある日のことだ。

 何故か、胸騒ぎがする。妙に静かだ。オレは小屋のような家を出た。家を出てすぐに、草原と、その反対側に森が広がっている。いつもなら、小動物が草原を駆け回り、森からは騒がしいくらいに鳥が鳴きながら空を旋回しているのだが、今日は物音ひとつとしてしない。


 ……なんだ? 嵐の前兆か?


 オレはその異様な光景を前にして、考え始める。


 静寂。物々しい雰囲気。重苦しい空気。何かが迫っている。




 ……ピシャンッ!




 空は晴れているというのに、雷の音がする。その後、しばらくして、雷を伴う激しい雨が降り始めた。


 なんだ。なんだ。なんだ。……なんだ?


 何かが、オレの方へと近づいてこようとしているのは伝わる。オレは警戒するようにして剣を構えていた。なまくらのような剣ではあるが、ないよりはマシだろう。残念ながら殺傷性はないが、仕方あるまい。オレはこれで戦うしかないのだ。

 剣を握り、辺りを見つつ、慎重に歩き出した。さあ、出てこい。オレに害を成さんとする者よ。この剣でぶっ叩いてやる。そんな覚悟を決めてはいるのだが、この異様な雰囲気の正体はなかなか姿を現さない。まるで、タイミングを図っているかのようだ。


 出てこい。出てこい。出てこい。……出てこいよ。


 オレは心の中で挑発をしていた。闘争心を剥き出しにし、きたるときを待つ。来るか、来ないか。殺るか、殺られるか。そんな駆け引きをしながら。




 ……がるるるるっ!




 突然、獣の声がした。猛獣だ。猛獣の声がする。

 そうか。お前が、この物々しい空気の正体か。獲物を見つけに、のこのこと現れやがって。オレはお前の餌にはなってやらん。オレを殺るというのであれば、オレがお前を殺るまで。さあ、来い。来いよ。血祭りにあげてやる。

 オレは甲冑を被り、全身鎧装備で獣との戦に備える。勝つか、負けるか。死ぬか、殺すか。始めようじゃないか。

 オレは神経を研ぎ澄まさせて、獣の位置を探っていく。何処だ。何処だ。さあ、何処だ。かかってこい。オレは剣を振るってきた。この十五年もの間、剣しか振らずに生きてきた。……だから、来い。見事、殺してやる。オレの生活を脅かす者――お前の息の根を止めてやる。




 ……ガサッ。




 葉と葉が擦れる音がして、獣が至近距離まで来たことを確認する。どうやら、命は惜しくないらしい。……いや、こいつはオレに勝てると思っているのか? ……面白い。なら、その実力をオレに見せてもらおうか。

 オレは剣で葉を揺らし、獣に自分の居場所を教えた。

 お前に、オレを仕留めることができるかな?

 オレは最大限の挑発をし、獣を待つ。




 ……ガサガサ。ガサガサ。




 森の奥から、ようやく獣が姿を現していた。巨体。巨躯。人間の百倍ほどくらいあるのではないかと思うくらいの大きさをしている。眼は鋭く、妖しく光って見え、こいつが殺戮者であることを語るようなオーラを放っている。

 これは、これは。たしかに、お前は強い。強いのだろう。だが、オレは負けるわけにはいかない。オレは、絶対に負けるわけにはいかないのだ。だから、お前をここで殺す。殺られる前に、オレが殺ってやろう。……どうだ? 最高か? ああ、オレは最高の気分だ。オレの強さを証明することができるのだからな。




 オレは吠える。吠えて、吠えて、吠えまくる。弱さを見せたら、負けだ。強くあれ。強くなければ、この世では死んでしまうのだから。だから、オレは強くあるべきだ。オレは強い。こいつを、倒すことができる。




 ……がるるるるっ!




 オレに負けじと、獣も吠えてきた。虚勢を張りやがって。無駄だ。お前は、ここで、オレに殺されるんだ。




 ……がうっ、がうっ!




 獣がオレ目掛けて、突進してきた。オレはそれを見て、地面を転がり回りながら、なんとか躱す。

 ……ふんっ。小手調べに、突進してきたか。オレが鍛えていなければ、この突進を正面から喰らって、身体に衝撃が走り、バラバラに砕け散っていたであろう。だがしかし、オレはずっと鍛えてきた。実戦のために、何度も何度も剣を振るうことだけに人生を捧げてきた。従って、これくらい容易い。これで終わりだというのであれば、お前はおしまいということだ。オレには勝てん。……まあ、だが、小手調べなんだろう?


 オレはさらに挑発を加える。獣は興奮し、もう一度オレの方に向かって突進をしてくる。さっきも見た。甘い。……同じ手が通用するわけないだろう。オレは転げ回り、再度の突進も難なく避けていた。




 そろそろ、こっちの番か。




 オレは剣先に獣を捉え、力を込める。




「…………」




 集中し、ここぞ、という好機が来るまで待つ。そんなオレの様子を見て、獣がまた突進をしてきた。……バカなやつだ。それが、オレの狙っていた好機、だというのに。




「……はぁっ!」




 静かに叫び、オレは剣を振るった。剣は突進してきた獣の前足に当たり、獣は頭から地面に激突する。勢いをつけていたために、獣は痛そうに唸り声を上げた。……なんだ。なまくら刀であっても、案外いけるものか。……こいつは、その程度の存在、ということなのか。

 オレは落胆していた。拍子抜けだ。こんな、簡単な挑発に引っ掛かってしまうのだから。オレにはハンデがあった。ハンデがあったにも関わらず、こいつはオレに傷ひとつ与えられることができなさそうな状況だ。……それならば、何も、痛めつけてやることもない。……はぁ。




 オレは失望の眼差しを獣に向けていた。獣はそれを見て、怒る。咆哮し、わざわざご丁寧に助走までつけて、また突進をしてくる。芸がない。こいつは、この突進だけで獲物を捕まえてきたようなやつなのだ。だから、きっと、突進をすることしか知らないのだろう。……でも、それは、オレも同じことだ。オレも、剣を振るうことしか知らない。だから、憐れんでやろう。憐れみを向けてやる。ああ、そうだ。お前はオレと同類だ。……だが、オレには勝てなかった。そういう事実だけが残っている。

 だから、もう終わろうか。同じタイプの者は、ひとりしかいらない。……オレしかいらない。だから、せめてもの慰めとして、オレがお前を葬ってやろう。……生憎、オレが持っているこの剣ではお前を殺すことなど、土台無理な話だが、お前を利用すれば不可能ではない話だ。

 さあ、突進してこい。馬鹿みたいに突進してこい。そうすれば、お前は安らかに眠れる。




 ……がるるるるっ!




 獣は吠えて、こちらに向かってくる。狙い通りだ。




「終わりだ」




 オレはまたしても獣の前足を狙い、獣を地面にぶっ倒した。獣は同じ箇所を地面に衝突させ、気絶する。……さて、もう、お前はしばらく動けない。そして、オレはここに火炎瓶を持っている。……火炎瓶をな。愉悦に浸るため、なまくら剣を振るっていたのだが、オレは嘘も大好きでな。剣だけでなく、火炎瓶も隠し持っていたんだよ。たしかに、剣を振るうことばかり考えてはいたのだが、それだけでは当然勝つことは難しい話だろう? だから、奥の手は用意しておくものだ。そして、内に秘めておくものでもある。

 ……この火炎瓶を、お前の頭に放つ。精々、苦しまないように、葬ってやろう。


 オレは少し離れて火炎瓶を放ち、獣の頭に命中した。火は見る見るうちに燃え広がり、獣の身体を覆いつくす。パチパチ、パチパチ、メラメラ、メラメラ、と音を立てて、獣が消し炭になっていく。ああ、たったひとつの火炎瓶で、見るも無惨な姿に変わり果ててしまうとは、なんとも皮肉なことよ。オレは黒焦げになってしまった獣の姿を見て、剣を鞘に納めようとした。




 ……そのとき、オレの身体がふらつく。




 ……なんだ? 熱……か……?

 視界がぼやけていくだけでなく、身体が思うように動かない。ヨロヨロと、地面に座り込んでしまう。


 おかしい。おかしい。おかしい。


 オレは焦る。謎の病死が頭を過る。嘘だ。嘘だ。嘘だ。オレは、死ぬのか……? こんなことで? こんなことで、オレの命は尽きてしまうのか……?


 オレは悔しそうに歯軋りをする。クソッ! まだだ。まだ。まだ。オレは! オレは! 生きなければならない!


 徐々に視界が暗くなっていく。

 しばらくして、悪魔の囁きまでもが聞こえてきた。……これは、幻聴だ。


 まだ、なんだよ。ちくしょう。まだ、オレは生きなければ、でなければ、剣を振るってきた意味が……!


 そう思いはするのだが、次第に身体は地にぴったりとくっついていく。オレの思いに反するようにして。


 ……ここまでか。オレは……死ぬのか……。


 オレは地に頭をつける。涙が地面に伝う。死というものは、どうやら呆気なく訪れるものらしい。こんな、あっさりと、オレは死んでしまうことになるらしい。


 まだだ。まだだ。そう、粘ろうとはしてみるものの、身体はどんどん衰弱していく。一気に寒さがやってきた。頭がもう回らない。


 ……ああ、ダメか。そうか。オレは、何も残せぬまま、終わるか。ああ、無念。ああ、無念。悔しいかな。悔しいかな。


 オレはついには血反吐を吐く。出て、流れて、視界が闇に染まっていく。


 強くなれた。そう思っていたが……強さを手に入れていたとしても、謎の病死に掛かってしまえば、おしまいだ。その強さも台無しになる。


 そうか、人間の身体というものは、こんなにも脆いものなのだな。


 オレの視界にはもう何も映っていない。




「く……そ……」




 オレはここで、絶命した――。

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