武器とステータス
『そう言えばシャロンはこの村の名前を知ってる?』
『いいや。私は知らないよ?マヤは?』
『私も知らないの。どこかに名前を教えてくれるNPCでも居るのかと思ったけど、シャロンのその様子じゃそんなNPCは居なかったみたいだね』
『一応、私もこのゲームのストーリーとシステムを把握しておきたかったから手当たり次第に話しかけて情報収集を行ったんだけどさ、他愛のない世間話をするばかりでこっちが欲しい話を全然してくれないんだよね』
『そっか……』
普通、RPGならどこかの村や町に入った時点で画面上のどこかにそのエリアの名称を示すようなテキストが表示されるか、そのエリアの名を教えてくれるNPCやイベントが発生するのが一般的となっている。
IGNASがオンラインゲームだと言う事を考えると、各プレイヤーを個別に対象としてそんな瑣末なイベントを一々発生させるのは大変だろうからエリアの紹介イベントが無いにしても、名称くらいはどこかでハッキリさせてくれないと何かのタイミングでそのエリアを目的地と設定した時に名前が分からないのでは不便が過ぎる。
もしやと思って《仲間》の項目から仲間の現在地を調べる時に開く事の出来る世界地図を拡大していけばそれぞれのエリアの名前が地図上に表示されるかと思ったけど、表示されるのはそのエリアの詳細な描写のみで名前が示される事は無かった。
こうまでしてエリアの名前をひた隠しにするのには何か理由があるのだろうか?
それとも、名前を示す必要がそもそもないという理由が別にある……?
まさか、名前が設定されていないなんて事はないだろうし。
『ただこのゲーム、妙にリアリティがあるよね。普通この手のゲームのNPCってさ、何回か同じ人に話しかけたら同じ台詞を繰り返すか、用意された台詞を順番に繰り返すかの2パターンじゃん?でも、このゲームのNPCの台詞はまるで自我のあるかのように喋るしパターン化もされていない。なんなら話しかけ過ぎると鬱陶しがってどこかへ逃げてすら行く。なんだか現実世界と同じような感じじゃない?』
私はまだ村の入り口に居たNPCにしか話しかけていないから何とも言えないけど、それでもたった1度の会話だけでも妙に自然に受け答えをするNPCだなとは思った。
私よりも全然NPCに話しかけているシャロンが言うのだから、他のNPCも多分殆どがそうなのだろう。
風景や人物の描写然り、会話の自然さ然り、作り込みが過ぎているのは良い事なんだけど、何故事前告知も無く突然IGNASの販売を開始したのがよく分からない。
それだけ力を入れているというなら開発費もそれなりに掛かっているだろうし、それを回収して開発費以上の利益を出す為にも大々的に宣伝をして色んな人に周知をして購入を促すべきなのに。
今の世間一般のIGNASに対する評価は、よくある色モノの変わったゲームと言った所だ。
これでは中々手に取ってプレイしてみようとは思わない人が殆どだ。
『私はそこまで他の人に話しかけた訳じゃないから全然分からないけど、シャロンの言う通り台詞に力を入れてるなとは思った。村の建物の風景とか、NPCのグラフィックの美麗さとかもね』
『あ、私もそれ思った。凄いよね。このゲーム。ホント見てるだけでも飽きないくらい綺麗。なんならちょっと映画を見ている気分。いやー技術の進歩って凄いね。数十年前はドット絵がピコピコ動いているのが最先端だったなんて信じられないよ』
『そうだね。技術の進歩って凄いよ』
とりあえず今は運営が何を意図しているのかを考えても仕方がないからゲームの進行を再開しよう。
運営の意図は後からでも考える事が出来るからね。
『あ!マヤ、着いたよ!ここがさっき話してた商店通り!品揃えはかなり良いからじっくり見てみると良いよ!通貨のシステムと購入のシステムがちょっと変わってて面白いし!』
通貨のシステムがちょっと変わってて面白い?
どういう事だろう?
『まずは武器から見てみる?防具から見てみる?それとも道具から見てみる?』
まぁ、それはアイテムを購入する時に分かるか。
『そうだね。じゃあ武器から見てみようかな』
『だったらこっち!』
そう言ってシャロンに連れて来られた武器屋来ると、どんな武器が売っているのか確かめる為に武器屋を営んでいるNPCに話しかけてみた。
『いらっしゃい。……嬢ちゃん。見た所少しは鍛えているように見えるが、身体の線は細いしまだ若そうだ。それに、武器や防具を備えていない所を見ると戦闘を主にした職って訳じゃないんだろう?一応聞いてみるが、嬢ちゃんはここにお使いに来たのかい?それとも、自分で扱う為の武器を買いに来たのかい?《お使いに来た/自分用の武器を買いに来た》』
すると、売りに出されている武器の一覧と値段が表示されるのかと思ったらお店に来た意図を問われてしまった。
ここでの選択肢がこれからどう分岐していくのかは分からないけど、分からないのだからここは正直に自分の武器を買いに来たと選択しよう。
『そうかい。まぁ金さえ出してくれるならこっちとしては何も言う事はねぇ。とは言え嬢ちゃんが扱えるような武器が俺の店にあるのかは分からないがな』
店主がそう言い終わると、ようやく購入出来る武器の一覧が表示された。
ここで購入出来る武器の種類は《片手剣》《両手剣》《大剣》《弓》《槍》《大槍》の6つのようで、その中でも私が好きな武器である《槍》を選んでどんな物があるのかを確認する。
どうやらここで購入出来る《槍》は全部で3つあるようだ。
《鋼の槍》【純度の高い鋼を鍛えて造りあげられた上質な槍。重さはあるが、高い攻撃力を誇り簡素な作りである為扱いやすい。[攻撃力50][重さ20][耐久力100/100]】
価格 1500イーグ
《鋼の投げ槍》【穂先が鋼で造られており、柄の部分は堅いキコレスの樹木を削り出して造られている。投げて良し、振るって良しの汎用性の高い槍。[攻撃力25][重さ5][耐久力100/100]
価格 750イーグ
《炎槍メルギス》【メルギス火山の溶岩を加工して作り出された魔法槍。装備者のMPを使用して魔法攻撃が可能。[攻撃力70][重さ10][耐久力100][魔術理解度class5]
価格 3000イーグ
……うん。どれも魅力的ではあるけどどう考えても序盤に入手出来る類いの武器じゃない。
普通もっと、竹の槍とか鉄の槍とか馴染み深い序盤で活躍してくれるような武器が売られているものじゃないのかな?
値段も相当に高く設定してあるし。
おかしくない?
『どう?良さそうな武器はあった?』
『駄目。良さそうな武器はあるけどお金が足りない。というよりそもそもこのゲームってどうやってお金を調達するの?魔物……というより敵を倒したけどお金やアイテムがドロップするようなシステムじゃないみたいだし。シャロンはどうやってその装備を整えたの?』
『あぁその事なら別に悩む事ないよ。いや、人によったら悩むのかも知れないけどさ。ほら、メニュー画面から《換金》を開いてみて』
シャロンに言われてメニュー画面から《換金》を選んで開いてみる。
するとそこには【利用規約】なるよく見る長ったらしい規約がずらっと記載されていた。
『オンラインゲームらしいって言うか、このゲームの通貨、《イーグ》は現実世界の現金で賄うみたい。流石に現金で換金する以外一切を得られる方法が無いとは思いたくないけど、現状はそうするのが1番手取り早いかな』
なるほど。どこで課金要素を出してくるのかと思ったらここで出してくるのか。
私は利用規約を大して読む事なくそのまますっ飛ばして【了承】し、課金する金額の引き落とし先の口座入力を済ませる。
そしていざ現金を《イーグ》に換金しようとしてそのレートを見てみると、【1円が100イーグ相当】に設定されている事が分かった。
セールや期間限定の文字が無い事からこれが常設の値段もなのだろう。
だとすると、IGNASでの買い物は実質100分の1で行えると考える事が出来る。
ゲームに課金している時点でそれなりの出費になるのは間違いないが、それでも果ても無くガチャを回して完凸させたり、レートが等価か等価以上の課金を強いられるよりは余程ましとも言える。
何せ、さっきの槍の中で1番性能が良さそうな《炎槍メルギス》が現金換算で30円で買えるのだ。
1ガチャ数百円で不確定な物を得られる他社のゲームを考えたら良心的でさえある。
そうと決まれば私はまず1000円分をイーグに換金する。占めて10万イーグだ。これだけあれば早々お金に困る事もないだろう。
この世界の通貨を手にした私はそのまま売りに出されていた《鋼の槍》《鋼の手槍》《炎槍メルギス》を一気に全部買い取った。
出費は全部で5250イーグで525円相当。安い!
武器の購入を終えると武器屋の店主がまた話しかけてきた。
なんだろう?
『嬢ちゃん、思い切った買い物をしたな。1人で3つも一度に武器を買うなんて余程の酔狂な奴かこれから戦争にでも行く奴くらいしかいねぇよ。そんな細っこい身体で本当にそいつらを扱えるのかは知らねぇが、ま、頑張んな。毎度ありがとうよ』
と、店主に労われてしまった。
うーん……
グラフィックもさながら台詞も本当に手が込んでるな。
内容から察するに購入者のステータスと購入した武器数と武器種のシステムログを参照して1番それに当てはまる台詞を表示してるのだろうけど、一体何パターン用意されているのやら。
いつか余裕が出来たら全パターンを確認してみるのも良いかも知れない。
【ステータスに《力》が加わりました】
【ステータスに《魔術理解度》が加わりました】
そうして店主との会話を終えた段階でシステムからメッセージが入ってきた。
《力》と《魔術理解度》?
これは何?
『シャロン、今現金をイーグに換金して武器を3つ程買ったんだけどさ、システムからメッセージが入ってステータスに《力》と《魔術理解度》の2つが加わったってきたんだけどこれが何か分かる?』
『あーそれね、多分武器を装備する為に必要なパラメーターだと思う。私も武器を買った時点でメッセージが来たから間違いないと思うよ。ステータス画面を開いてみて』
ステータス画面を開いてみると、その2つの項目が今までは無かったのに確かにステータスの一部として加えられている。
名前・マヤ
Lv.12
職業
称号
HP 12/89
MP 0/47
SP 55/55
FP23/100
物理攻撃力38
魔法攻撃力30
物理防御力29
魔法防御力31
力5
魔術理解度class1
素早さ25
運15
魔法【火之玉】【治癒(小)】
能力【緊急回避】
EXP. 42/183
『私もまだ始めたばっかりで完全に理解した訳じゃないけど、武器の《重さ》を《力》のステータスがその数値を越えていなかったらその武器を正しく扱う事が出来ない。無理に装備したらペナルティが発生してステータスの一部がダウンするんだ。試しにやってみて貰った方が良いかも知れない』
百聞は一見にしかず。
私はまずは試しに《鋼の槍》を装備してみる。
《鋼の槍》の重さは20。対して私の力は5。数値は大幅に下回っている。
そして《鋼の槍》を装備したままでステータス画面を確認してみると
名前・マヤ
Lv.12
職業
称号
HP 12/89
MP 0/47
SP 55/55
FP23/100
物理攻撃力38(+50)
魔法攻撃力30
物理防御力29(-29)
魔法防御力31
力5
魔術理解度class1
素早さ25(-50)
運15
魔法【火之玉】【治癒(小)】
能力【緊急回避】
EXP. 42/183
物理防御力と素早さが壊滅的に下がってしまった。
物理防御力は0に、素早さに至っては-25だ。
これは酷い。
『重量オーバーってやつみたいだね。まさかここまでステータスが下がるとは思わなかった』
『重量オーバーによるペナルティは物理防御力が0に、素早さは素早さの値が負の数の絶対値になるように調整されているみたい。複数装備をして、その全部が重量オーバーだった時はその場から殆ど動けなくなるから気をつけて』
これは結構ステータスにも気を遣わないとゲームの進行は難しそう。
作り込みが凝ってるのは良いけど、あまり作り込み過ぎるとクソゲー化するからIGNASはそうでは無いと信じたい所。
『次に、魔術理解度だけどこれは魔法や魔法系の能力を使う時に影響してくるステータスみたい。《火之玉》や《水之玉》みたいな所謂初級魔法はシステム内ではclass1の魔法に分類されているの。このclassに適合した魔法でしか魔法は使用出来ないし、覚える事も出来ない。また、魔法効果が付与された武器や防具もそのclass以下の理解度だと装備は出来ても効果を発動する事は出来ない。このclassをどうやって上げるのかはまだ私も分かってないんだけどね』
私のLv.は現在12。
にも関わらず魔術理解度のclassは1のまま。
Lv.が二桁を越えた時点で1つくらいclassが上がってくれても良いと思うけど、そうはなって無いって事は何か別にLv.UP以外でclassを上げる方法があるのだろう。
それもそのうち解明していかないといけないな。
でもシャロン話からすると、今の私がキチンと装備出来る武器って《鋼の投げ槍》しか無くない?
なんかこう、無駄じゃないけどお金を無駄にした感があるなぁ……
いやまぁゲームってこんなもんだけどさ。
『それだけ分かってたら充分だよ。まだ私とそんなにログインしてる時間は変わらないのによく調べ上げたね』
『いや、まぁ、そんな褒められたものじゃないよ。ほら、私達よりも先にこのゲームをプレイしている人は居るしさ、その人達が作った攻略サイトを除いただけだから』
あぁそうか。それでここまで色んな事を知っているのか。
IGNASが販売されてから既に1ヶ月近く経っている。
当然コアなゲームファンは販売日当日にゲームをプレイしてその攻略方法をサイトに書き込んで閲覧数上げ、アフィリエイト収入を得ようとする人も居る。
となれば自然とプレイ前にも関わらずゲームシステムを理解する人も出てくる。
私はネタバレを食らうようだから敢えて見ないようにしてたから全く分からないけど、シャロンは普通にサイトを見ながら攻略するタイプの人のようだ。
別にそれが悪い事だとは思わないし、軽蔑するような事だとは思わない。
私とはプレイスタイルが違うだけで。
それにそういった人が居るからこうしたらゲーム内で新たな情報に出会えるというものだからね。
『私は敢えて攻略サイトを見ないようにする人だからそうやって教えて貰えると助かるよ』
『そう言って貰えると嬉しいかな。良し!それじゃあ次は防具屋さんだね!防具屋さんはこっち!』