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97 最後のあがき

「この人間が、どうなってもいいのかっ!?口先ばかりの騎士どもが!」

「どうせ、そのまま憑り殺して、成り代わるつもりだったんだろう?」

 鎖をギシギシと軋ませ、拘束された奴は暴言と罵声を吐きまくる。それにエズアール隊長は吐き捨てるように応えた。

 悪魔憑きの恐ろしいところはこれで、憑依されると少しずつ記憶と人格を奪われ、最終的には俗に『憑り殺される』という状態になる。体を乗っ取られ、魂を食い尽くされるのだ。もちろん本人の人格や個性といったものはその時点で消滅する。

 だが魂は死んでも生物としての肉体は生きているので、悪魔からすれば理想的な『住処(すみか)』として機能するのだ。特に実体を持たないタイプの悪魔には、この世に存在するためのコストが最小限に抑えられるので必須になる。


「ベルトラン、手こずらせおって…。」

 肩で息をするモンジェリン卿が近づいてきたところで、奴は目を剥いて、カクンと機械的な動きで彼の方を向いた。

「避けて!」

「なんぞ!?」

 私の警告を聞いたモンジェリン卿と配下の兵達が、慌ててその場を離れる。奴はカエルのように喉を膨らませて、真っ黒な“死穢(しえ)の汚泥”をその辺りに吐き散らかした。

 間一髪でモンジェリン卿たちは直撃を免れた。“聖盾”の効果が続いているとは言え、さすがに直撃されるとどうなるかわからない。

「ひひ、ヒャハ、ヒャハ、ヒャハハハハハッ!イ────ッヒッヒッヒッ!」

 奴は口の周りを“死穢(しえ)の汚泥”で真っ黒に汚して、狂ったような笑い声をあげる。

「申し遅れましたが、モンジェリン公。少しお下がりください。あまり近づいては危のうございます。」

 エズアール隊の神官戦士が穏やかな声で助言する。

 彼の目はまっすぐ悪魔に憑依されているベルトラン氏に向けられたまま、微動だにしない。神官でもある彼からすれば、ベルトラン氏は悪魔から救わなければならない対象なのだ。

「“防御陣”は必要か?必要なら手助けするが。」

「アーディアス公、お申し出に深く感謝します。お願いできますか。」

「もちろんだとも。」


 “防御陣”とは何かを召喚する魔術を行使するなら必修の魔術で、内側に召喚した諸存在を閉じ込めておく強力な結界を敷く魔術だ。召喚した存在の影響もその内側に留まるので、外部にいる者は安全に作業を進められる。

 “防御陣”は、召喚する相手に合わせて特化したものにするのが常道である。この場合は実体の無い霊体型悪魔に使うもので良いだろう。

「念には念を入れて、頑丈にしたいな。君、手を貸してくれ。」

「承知しました、閣下。」

 エズアール隊の魔法剣士に呼びかけて、協力して魔術をかけることにする。

「任せてしまって、申し訳ない。」

「いえいえ。それより、今のうちに神官を呼んできてください。」

 面目なさそうな顔をしたモンジェリン卿に、私はお願いする。ここから先は対悪魔の専門家たる神官達の出番だ。


「霊体型悪魔用の“防御陣”は知っているよね?」

「はっ、習得済みです。」

「よし、じゃあ合わせてゆこう。」

 私と彼は一列に並び、魔術師の杖の先と、彼が持っている剣の先を合わせた。エズアール隊の魔法剣士は体格も良いので歩幅が私より広い。そのまま少し歩いて歩調を合わせる。

「始めますか?」

「よし、やろう。」

 杖に魔力を通し先端が淡く光る。剣にも同様に光が宿った。

「これなるは堅き守り、悪意ある魔界の霊より我らを守護する硬き(いわお)なり。清き光は悪に対して堅牢無比なる城壁のごとく、清き光は悪に対してこれを阻む広く深き堀のごとく、清き光は悪に対してこれを絡め取る逆茂木(さかもぎ)のごとく、悪を通さぬものなり。」

 私とエズアール隊の魔法剣士は声を合わせて呪文を唱えながら、拘束されたベルトラン氏を時計回りで進む。杖と剣の先が触れた軌跡に白い光の線がひかれる。

「頭でっかちの、理屈倒れのガリ勉クソザコが!陰気にブツブツ理屈こねてるだけのクソガリに何ができるっ!?さっさとお家に帰って、ママのおっぱいでもしゃぶってろっ!お前のやることなんかに意味はないんだよ!このバァぁぁかっ!!」

 ベルトラン氏に取り憑いている屍の影はまたしても聞くに耐えない暴言と罵声を浴びせかけてきた。

 悪魔の類はこうして口汚く罵ってくるのだが、実はこれ、れっきとした攻撃なのだ。悪魔の罵声や暴言は弱いながら呪詛としての効果を帯びている。あまり長く聞いていると心を病んでしまう。

 対処法は簡単。聞き流すことだ。そして、もうひとつある。

「お静かに。」

 神官戦士がベルトラン氏に猿轡を噛ませた。相変わらず彼に取り憑いた悪魔は何か言っているようだが、もう聞こえない。

 そう、口を塞いでしまえば良いのである。舌を噛んではいけないので猿轡にしたのであろう。私と魔法剣士は心を乱す事なく、呪文を唱える。


「清らかに流るる水は悪意ある魔界の霊を阻むものなれば、これは霊妙なる原初の雫より流れ来たる聖なる流れなり。」

 一周した線の外側に水の(サイン)を描く。

(かぐわ)しき吹き渡る風は悪意ある魔界の霊を吹き散らすものなれば、これは清澄なる劫初(ごうしょ)の大気より渡り来たる聖なる流れなり。」

 同様に大気の(サイン)を描く。

赫赫(かくかく)たる火炎は悪意ある魔界の霊を焼き清めるものなれば、これは穢れ無き始原の熱源より噴き上がりたる聖なる流れなり。」

 今度は火の(サイン)を描く。

「静寂の内にある大地は悪意ある魔界の霊をも無害な土へと還すものなれば、これは豊かなる起源の大地に連なる聖なる流れなり。」

(おごそ)かにして万物に力与えたる霊素(エーテル)は悪意ある魔界の霊を消し去らん。これは一切の淵源(えんげん)より来たる聖なる流れなり。」

 そして大地・霊素(エーテル)(サイン)を描いてゆく。

 外側にもうひとつ円を描くと“防御陣”の完成だ。

「これなるは堅き守り、一切の悪意ある魔界の霊を捕らえ逃がさぬものなり。悪意ある霊よ、ここに留まれ!」

 線を閉じて、一瞬、光が強まる。“防御陣”が完成した。

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