96 地下納骨堂の戦い
数の不利を埋め合わせるためか、屍の影は再び死霊を召喚した。
だが影から湧き上がった死霊は襲いかかろうとしても、“聖盾”に阻まれて攻撃できない。相変わらずフェイントを仕掛けるばかりだ。
「昏き力よ、命憎む怨念よ。肉を裂き骨を砕け。」
「ぎゃぁっ!」
「ぐガァァっ!」
屍の影に憑依されているベルトラン氏が何かの呪文と共に、サッと手を組んで、開き、こちら側に手のひらを向けて押し出すような仕草をとった。
それと同時にモンジェリン卿の配下の二人が悲鳴をあげる。腕がダラリと下がり、鎧の隙間から鮮血が流れ落ちている。
「二人は後ろに下がれ!」
モンジェリン卿は二人を退がらせ、自分が前に出る。
「危険です!」
「言うてられる場合か!」
部下の諌めに、彼は怒鳴り返す。あまり褒められた行動とは言えないが、やはり老いても元将軍だけはある。
(攻撃魔術…。これが黒魔術の“切開”って魔術かな?)
この状況でも、やはり魔術師である以上、初見の魔術には興味が湧く。
黒魔術、ときには悪魔術とも言われるそれは、上位悪魔の力を源にした魔術系統だ。ものの性質上、悪魔か悪魔と関係の深い魔物、悪魔崇拝者しか使わない。普通の人間は知る由もないというわけだ。
上位の悪魔、それも大公級の悪魔となれば『邪神』のようなもので、崇拝を受けて邪悪な魔術を授けるのだと言う。奇跡術の悪魔版と言えば理解しやすいかもしれない。
もっとも私も詳しいことは知らない。学生の頃に『そういう魔術系統がある』と学び、代表的な術を名前だけ魔術教書で読んだことがあるというだけだ。
「その二人をこちらへ!」
それはともかく、私はディオンと共に怪我した二人を保護する。
手早く腕の装備を外して鎧下の袖をまくらせて、腕を露わにした。ムワッと血の匂いが立ち上る。
鎧や鎧下が出血で汚れているが傷ひとつない。腕だけがまるでカミソリでメッタ斬りにされたように切り裂かれて鮮血が噴き出している。
「肩の下の、腕の付け根を押えろ!」
私は部下に止血をさせると、ポケットから上等の魔法薬を取り出して両腕にかける。
「ぐうぅぅっ!」
傷に染みたようだが、たちまち傷が塞がり痕を残すだけとなった。
「うわっ、すごい…。」
父が出発の日の朝に持たせてくれた回復系の魔法薬。ものすごく上等の傷薬だったようだ。感心してはいられないので、もう一人にもその魔法薬を使って傷を治す。
私が治療に当たっている間、他の隊は死霊の排除に動いていた。
モンジェリン卿とその部下たちが死霊を排除しようとしているが、素早い相手に苦戦している。“浄めの刃”で死霊を斬れるようになっているとは言え、当たらなければしょうがない。
「不浄に堕ちたる魂よ、浄福なる神々の光を受けよ。穢れある霊は塵へと還らん。」
エズアール隊の神官戦士が“悪霊祓い”の祈りを唱え、彼を中心に爆発的に光が放たれた。
宙を舞う死霊の半数以上がその光に飲まれて、黒い塵へと変わり、風に吹かれた砂埃のように吹き飛ばされて消滅する。
残った死霊も絶叫を上げて姿が揺らぐ。動きの止まったそれらをモンジェリン卿の部下たちとエズアール隊の者たちが斬り払ってとどめを刺す。剣に斬り裂かれた死霊は怨嗟の声を残して消え去った。
それを見て、屍の影に憑依されているベルトラン氏は怒りに満ちた声で罵る。
「畜生めがっ!くそったれのゴミ虫ども!いい気になるなっ!!」
「悪魔の割には語彙力が無いな。修辞を学べ。」
エズアール隊長が不敵な笑みを浮かべて屍の影を挑発する。
「黙れっ!ケダモノ崩れの筋肉ダルマが!」
そして奴は手首を掻き切った。えぐられたような傷口から血が噴き出したが、それは地面に落ちず小さな竜巻のように宙で渦巻いて、赤黒い一振りの剣となった。
屍の影に憑依されているベルトラン氏は、それを握ってこちらを威嚇する。これは私も知らない技だが、霊素が働いているので魔術であるようだ。死・悪の属性を帯びているところを見ると黒魔術か。
彼はまず最初に、左脚に絡んだ“大地の鎖”の効果を破壊しようと試みる。
「我が刃に光よ、宿れ!」
その間にエズアール隊の魔法剣士が人差し指と中指をまっすぐに伸ばして揃え、それで剣をなぞる。剣がまばゆい光を放ちはじめた。武器に属性を付与する魔術“魔法剣”だ。付与されたのは光属性。悪魔が弱点とする属性のひとつだ。
エズアール隊長が前に出て、黒魔術の赤黒い血の刃を盾で受ける。そして勢いのまま押し出す。
憑依されているベルトラン氏は標準的な体格のヒト男性だが、身長2mを超え筋肉の塊のような彼の力の前には吹き飛ぶしかない。
だが奴はその勢いを利用して左足に絡んでいた“大地の鎖”を断ち切った。
「む!?」
「ヒャハハハッ!」
奇妙に耳障りな笑い声をあげて、奴は何度もバク転して距離を取る。
しかし、そこにモンジェリン卿とその部下たちが立ちふさがり、退路を断つ。
「覚悟せいっ!」
モンジェリン卿の言葉と共に一斉に剣が突き出されるが、それを異常なまでに背中を反らして奴はかわした。そのブリッジ姿勢のまま、腕と脚をカサカサと動かして奇怪な動きで素早く走り回る。
「ひひひひひひひ」
「ぬうぅぅっ!小癪な!」
その後を追うモンジェリン卿とその部下たちだが追いつけない。相手は異常な身体能力を発揮しているし、彼らはおっさんと鎧を着た兵だから仕方がない。
「地の鎖よ絡めっ!」
私はそこで奴に向かって“大地の鎖”を放つ。
「もう喰らうか!ばぁぁぁぁかぁっ!」
奴は伸びる鎖を跳び回って回避するが、そこは予想の範囲内だ。逃げて行った先にエズアール隊長が突入して盾で打ち据える。
「ぎゃぶぅっ!」
吹き飛んで倒れたところを、エズアール隊の魔法剣士が剣の腹で打ち据える。日本刀で言う『峰打ち』のようなやり方だ。
これは人間相手なら手加減になるのだが、今のベルトラン氏は悪魔憑き。そして、この剣は悪魔の弱点である光属性を付与されている。
低位悪魔の一種である屍の影からすれば、焼けた鉄棒で殴られるに等しかった。
「ぎゃオォォォおぉぉぉヲオおおぉぉぉっ!!」
とても人間が発するとは思えないような絶叫を上げ、全身から白煙を発して転げ回る。
「地の鎖よ絡めっ!」
そこに私は再び“大地の鎖”を放つと、ついに屍の影に憑依されているベルトラン氏は魔術の鎖で雁字搦めに拘束された。