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94 ベルトラン氏の逃走

 事態は急速に動いた。

「まさか奴が!縛り首どころでは済まさんぞっ!」

「モンジェリン卿、落ち着いて。」

「あの痴れ者め──っ!」

「クレスト夫人も、激昂なさらず。」

 私は怒り狂う二人をなだめて、対応を進めさせる。

「本人の意思ではなく、憑依・魔術による支配などの可能性もあります。本人の身柄確保が優先です。」

「取り乱して申し訳ない。ぬぅぅっ…。」

「淑女にあるまじき振る舞い、お許しくださいませ。」

 二人とも、怒りに頭が沸騰するのも速かったが、落ち着きを見せるのも速かった。

「今すぐ、すべての門を閉じよ!第1は正面を探せ。第2、第3部隊は裏に回れ。第4はついて参れ。」

「すべての従者、侍女、使用人らは宿舎にて待機。誰も出入りせぬように!」

 モンジェリン卿とクレスト夫人はそれぞれ指示を出す。

「モンジェリン卿、特使護衛隊はどちらを押さえればよろしいか?」

「奴はこの城の抜け道なども一部知っておるのだ。万が一を考えて、同行してくださるとありがたい。それと、第1部隊の補強をしてくださると助かる。」

「わかりました。ディオン!第1班を連れてついて来い。エズアール隊長もだ。最悪、敵は強いかもしれん。」

 私はディオンとエズアール隊長を呼び寄せて、指示を出した。

「承知しました。第2・第3班はこちらの援護に回します。」

「承りました。私と第1でお伴します。他もディオン殿の部下と同様に。」

 ふたりの武人は部下に指示を伝えると、モンジェリン卿の後に続いて駆け出した。

「モンジェリン卿、どちらに?」

「礼拝堂だ。そこに地下納骨堂があり、そこに抜け道の1つがある。奴が知っているのはそこだけだ。」


 モンジェリン家の礼拝堂は城館本体から少し離れた位置にある。重厚な造りの尖塔が特徴的で、王都にもあるが少し前の時代に流行したデザインだ。

 扉が少し空いており、中に誰か入ったようだった。私たちも礼拝堂内部に入ると、右手奥の扉が開いている。

「やはりここか。アーディアス卿、何か憑き物(・・・)の類とお考えか?」

「魔術による調査と奇跡術による防御策が実行されることを知って逃げた…となると、それに影響を受ける何かだ(・・・)と考えるのが妥当でしょうね。人間そのままであれば、逃げる必要は無いので。」

 モンジェリン卿からの問いに、私は考えながら答えた。

「密偵が務まるとなると、通常の人間並みの知性がないと務まりません。アンデッドであれば闇の悪霊(レイス)以上。それ以外となると…可能性は低いですが低位悪魔(レッサー・デーモン)も視野に入れて良いかも。」

「どちらも厄介だな…。」

 モンジェリン卿は礼拝堂に置かれていた剣のひと振りを手に取った。そして数度振る。

「うむ、無いよりマシであろう。」

「無理はなさいませぬよう。」

 モンジェリン卿は黙って頷いた。

「そこの先が地下納骨堂だ。」

「なるほど。」

 私は壁にある松明掛けに“灯火”をかけて明るくする。

「ここは我々が先に参ります。」

 モンジェリン卿の配下の者が先に進み出た。エズアール隊長が視線で示して、神官戦士が出る。

「あなた方の正義の刃が、不浄にして、悪に堕ちた者どもを、滅するように…。」

 武神を奉る彼は剣を正面に構え、頭を少し前に傾けて祈った。剣が淡く発光し、そこから放たれた光が分かれてモンジェリン卿の配下の武器に宿る。アンデッドに対する破壊力を増す奇跡術の“(きよ)めの刃”だ。

「これは、ありがたい。恩に着ます。」

「さあ、早く。」

 モンジェリン卿の配下の隊長は会釈して地下に降りる階段を進む。私とモンジェリン卿はその後に続いて、壁にある松明掛けに“灯火”をかけてゆく。


 地下納骨堂はそれほど深くはなかった。半地下よりやや深い、という程度だろうか。内部は広く、柱がある以外はガランとした広間になっており、壁際に沿って歴代の石棺が並んでいる。

 天井近くに明かり取りと通気口を兼ねた開口部があり、鉄格子がはめ込まれたそこからわずかに薄日が差している。彫刻された石棺や墓碑をその弱い光が浮かび上がらせている。

 その奥で呻いている男がいた。家宰のベルトラン氏だろう。どうも抜け道の開け方までは知らなかったらしい。

「ベルトランっ!貴様、長年の恩を仇で返しおってっ!タダで済むと思うなっ!!」

 瞬時に激昂したモンジェリン卿は轟くような怒声を地下納骨堂に響かせる。私はその間に、松明掛けに“灯火”をまとめてかけて明るくする。

 そして印を組んでベルトラン氏を“魔法鑑別”で視る。“霊視”で視ただけは気づかなかった魔術の作用が見て取れた。

「“霊的偽装”っ!」

 “霊的偽装”は『魔術の効果を隠す』魔術だ。霊素(エーテル)の状態を操作して普通の状態に見せかける。そして、その性質上、この世のものでない存在が異常な霊素(エーテル)のあり方を隠すのにも使われる、と魔術の教科書には書いてある。

(でもまさか、それに自分が遭遇するとは思わないよな。)

 私は背筋を冷たいものがなぞるのを感じた。確実にゾンビどころでは無い相手だ。

「モンジェリン卿、彼には何かが憑いて(・・・)います!」

「なんと!?」

 ベルトラン氏は自身を取り囲んだ騎士や兵士たちを睨め回した。

「くそぅ。知っている事すべてを把握しきれていなかったとは…。この男めっ!」

 憎悪と憤怒に歪ませた表情の彼は、城館の中で見せていた人物と同じとは思えないほどだった。

「おのれ、おのれっ!おのれぇぇぇぇっ!!」

 黒い霊素(エーテル)の渦が彼を瞬時に取り巻き、爆発的に広がって燭台や常設の祭器を吹き飛ばした。それらはまるで操られているかのように宙を飛び、我々にぶつかっては飛びまわる。

騒霊現象(ポルターガイスト)!?)

 腕で顔をかばいつつ、私の前に立ったディオンの肩越しに様子を伺う。闇の悪霊(レイス)にしては少しおかしい気がする。

「内側から腐らせるつもりが。死を怖れよ…。」

 ベルトラン氏が両腕を広げて地を這うような声で呪文めいた言葉を口にすると、彼の影から濃い死と闇の属性の霊素(エーテル)が溢れ数体の死霊(ゴースト)がずるりと這い出した。

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