92 昼食を摂りながら
エズアール隊長とディオンが出て間も無く、モンジェリン家の家宰が昼食の席のお支度ができました、と呼びに来た。
「アーディアス卿と、お側付きのお二人の分もご用意してございます。」
「ご配慮いただきありがたい。御礼申し上げる。」
家宰に案内されて、私たちはモンジェリン公爵家の小食堂室に通された。食卓には花が飾られ、白いテーブルクロスの上に綺麗に用意された食器がある。
「略式で申し訳ないな。」
「とんでもない。昼食をご一緒できて光栄です。」
その場にはユーリ・モンジェリン公爵その人と、もうひとり、彼の妻、モンジェリン公爵夫人ミリアン・クレスト夫人も同席していた。
「お久しぶりでございます、アーディアス公爵。遠い所をようこそお越しくださいました。」
「こちらこそ、娘の祝福式にご臨席いただき、ありがとうございます。」
クレスト夫人からのねぎらいの言葉に応える。
ミリアン・クレスト夫人はエングルムの北にある東部の有力諸侯の出身で、私の母のソフィアと同世代の人になる。なかなか押しの強い感じのゴージャスなオバちゃん風だが、それが下品さや俗悪さになっていない貴婦人だ。
席に着くと、給仕が爽やかなレモン水をグラスに注いだ。
昼食の席での話題はここのところの情勢についてである。モンジェリン卿は貴族院の議長でもあるから、彼らの利害を代弁する立場にあり、事情の裏表を知っていないと話にならないわけだ。
だからと言って、国家機密や国家の内情をむやみに漏らすわけにはいかない。ましてやどこに密偵の耳があるか分からない状態だ。
そんな事は双方承知の上なので、適当にぼかしながら話す。
「あの国との交通が少なくなると我らも困るのだが、どうしたものか。」
「こちらも情報を集めていますが、あまり景気の良い話はありませんね。」
「でしたら竜の方に頑張ってもらわないと困りますわ。」
「まったくです。実は産業大臣からも頼まれていましてね。とは言え“あなたたちの鱗をいつもより多めに剥がしてください”なんて言えるわけもないですし。」
ヤー=ハーン王国とのこと、竜の狩場との交易のことが主な内容だ。
「相場もありますから、出荷が増えた、暴落した、では困りますし。そもそも決めるのは向こう側ですから。」
「そうよな、ダヴィッド殿にも申し入れしてみようかのう。」
「あなた、押すばかりではなく、引いてみる方が良いかもしれませんわ。」
表向きは穏やかに、しかし若干の緊張を含んだ昼食が進む。
そうした話に混ぜて、私は密偵への対抗策を話した。
「実は今回、護衛の任についてくれた者たちは近衛三軍の中でも名うての勇士たちでして。」
「ほう、それはそれは。」
「そこでモンジェリン卿にぜひ閲兵していただきたいのですよ。元金竜騎士団の団長で、将軍も務められた、勇名ある卿に見ていただけるのは栄誉あることですから。」
モンジェリン卿は私を瞬きせずにじっと見た。それはほんの一瞬で、すぐに彼は朗らかな笑い声をあげた。
「はっはっは。それはなかなか良いですな。すぐにでもしますかな?」
彼はすぐにその意味を察したようだ。
「ええ。実は今、準備をさせているところです。ご多忙でらっしゃる卿のお時間を取るのは申し訳ありませんが、せっかくの機会ですので。」
「でしたら、わが兵どもも閣下の閲兵をお願いしてもよろしいですかな?名高き宮廷魔術師長殿にぜひ我が兵らを見ていただき、東の国境の安泰ならんことを陛下にお伝え願いたい。」
「もちろんですとも。さぞや勇壮でしょう。」
私は適当に相槌を打って、その後の算段を立てる。“霊視”と“魔法鑑別”の魔術でチェックしやすいように動いてもらうと効率が良い。
「簡単で良いので席を用意し、その前を行進していただけると兵の動きがよく分かりますね。」
「それは良い。ぜひ、そうさせましょうぞ。おい、ベルトラン!」
モンジェリン卿は家宰を呼びつけると、彼に耳打ちした。ベルトランと呼ばれた家宰はうなづくと、一礼してから足早に去った。
それから、モンジェリン卿は夫人も交えて窓近くの小さな席に移り、食後のデザートはそちらに運ばせる。先ほどよりも距離が近いので、小声で話しがしやすくなった。
「アーディアス卿、こちらの作戦に乗っていただき感謝しますぞ。」
「こちらも内部に入り込まれると厄介なので…。ここで撃破しておきましょう。」
「侍女や使用人どもにも『お作法の勉強会』を開いて順繰りにチェックしますわ。」
「ご夫人のご協力に感謝します。」
私とモンジェリン公爵ご夫妻の間で、密偵のあぶり出しをどう進めるかで話しが進む。
「人間だけならともかく、私は憑依が可能な霊体系アンデッドの可能性を危惧しています。そちらの対策は?」
「うむ。進めてはいるものの、数が多いのでまだ徹底できておらぬ。主だった者らには済んでおるがな。いちばんの下っ端となると“聖別”だけならともかく、“悪よりの護り”も、となると思うように進まぬ。」
「なるほど。では主だった者やお側に居る者は密偵ではないと。」
「そうなる。」
モンジェリン卿の答えに、私は内心ホッとした。
「では残りを。幸い、それができる者が二人、護衛隊にいます。」
「好都合ね。」
クレスト夫人も相槌を打つ。
魔術的防御の体勢が整えば、アンデッドの脅威はかなり下がるだろう。あとは人間であるはずだ。




