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90 防諜

 馬車に戻ると、私は秘書官とラブリット二等書記官の二人に話した。

「モンジェリン卿の話は聞いたな?」

 うなずく二人と対策を話し合う。防諜策を急いで構築しないといけない。

「おそらくは、あの天幕の側にも潜んでいたのでは?」

「うむ、モンジェリン卿はより多くの情報を握っていそうだが…まだ、わざと泳がせている風だったな。」

「我々は我々で、防御に気を配るほうがよろしいかと。重要書類などはデコイ用のケースを私が持ちます。」

 ラブリット二等書記官の提案を私は了承した。

「本物は誰が持とうか?」

「閣下で良いのでは?何があっても安全を最優先で確保されるのは閣下ですし。」

「お前が持ちたくないだけなんじゃ無いか?」

 秘書官の提案に私がツッコミを入れると、彼は悪びれず言った。

「それが無いといえば嘘になりますけど、一石二鳥でしょう?」

「まあな。」

 彼の言うことに理はあるので、その提案を了承する。

「密偵対策は閣下の魔術でなんとかなりませんかね?」

「そうだな…。泊まる部屋に侵入者が入ったら音が鳴るように“警報”の結界を敷くか。」

 “警報”の魔術はそれほど準備を要しない。媒体に塩があれば良いから、厨房から分けてもらえばいいだろう。


「しかし、お前は他人任せだな。」

「僕はただの秘書官なんですよ。…あ、そうだ。」

 私の少々意地悪な指摘に、秘書官のアンドレはポンと手を叩いた。

「“真贋鑑定”を使いますよ。あれを使えば、怪しいものがあれば気がつけそうです。」

 “真贋鑑定”は『正しいもの』を知っていると、正しいものに似せられた『違うもの』に気づくことができる魔術だ。

 例えば、食塩は誰でも知っている。食塩と称して砂糖を渡されても、この魔術を使うと食塩か砂糖かの見分けがつく。

 欠点は『正しいもの』を知らないと無意味なことである。宝石のダイヤモンドを一度も見たことが無い者は“真贋鑑定”を使っても、ダイヤモンドと偽物を見分けることはできない。

「なるほど。不審物があれば気がつくか。」

「はい。“真贋鑑定”なら、実務ですぐ使えるように在学中に鍛えました!」

「よし、私の手持ちのものなどがすり替えられていないかに注意してくれ。私もチェックするが、二重にやったほうが漏れが無い。」

 秘書官に物品のチェックをさせることにすれば、あとは物理的な対抗策か。


「警備を厳重に固めさせます。」

「襲撃や侵入の可能性があることを話して、身近は武官のディオンに、周辺は近衛からの者たちに任せよう。しかし、痛いな。」

 (ドラゴン)の狩場に向かう寸前に、同行する警備の者が疲弊するのは避けたいのに。いくらカステル卿の肝煎りで選抜された精強な軍人たちといえども、徹夜はさせたくない。

 対策を話し合ううちに、エングルムの城門を、目抜き通りを抜けて、町のほぼ中央にあるモンジェリン卿の居城に着いた。今夜の宿である。


 モンジェリン卿の居城は、エングルムの町の西門から入って、台地の上に上がり、さらに台地の先端を切った空堀の先に構えられた城だ。元々は要塞で、現在もその機能を残しつつ、居住性を高めるべく増改築を繰り返した。

 実際のデザインは別としても、モンジェリン卿の城とエングルムの町の構造は、王都ヴィナロスの都市計画に大きな影響を与えている。

 私たち一行は、モンジェリン卿の手勢とダヴィッド・ガンゲス殿の配下の者たちに先導される形で入城した。ダヴィッド殿と彼の配下の魔獣使い(ビーストテイマー)は巨狼にまたがっている。

 巨狼は大型の馬ほどもある、文字通り巨大な狼だ。

 巨狼は恐るべき敏捷性と鋭い牙と爪による高い攻撃力・いつまでも追ってこれる体力・短剣など通さぬ頑丈な毛皮・高い知性を持つ恐るべき魔物(モンスター)なのだが、彼らはそれを普通の馬のように乗りこなしている。

「巨狼なんて、初めて見ました。」

「私もだよ。まさかこんな間近に見る機会があるとは。」

 ラブリット二等書記官の感想に、私も相槌を打った。さすがにうまく手なづけられている様子だが、あの口は人間の首などひと噛みで捥もいでしまいそうだ。

 そんな彼らと共に、我々はモンジェリン卿の城の城門を通って、城館の前に着いた。


 ここでダヴィッド殿と彼の配下と別れて、私たち一行はモンジェリン卿の家臣たちに出迎えられた。

 私は彼らを“霊視”した。パッと見たところ、異常な霊素(エーテル)の持ち主はいない。もちろんいくらかの偏りはあるが、それは正常な範囲内のものだった。

(ここにいるのは全員では無いだろうが…。そばに来る者には注意するか。)

 馬車を降りると、武官のディオンにすぐに私に当てられた部屋に来るように指示し、同じことを近衛の隊長にも伝えるように言いつける。

「承知しました。いったい何が?」

「重大な事態だ。詳細は中で話す。」

 とりあえず、それだけ伝えてモンジェリン卿の案内に従った。


「今日の良き日、我らモンジェリン家一同、特使の皆様一行を歓迎する栄誉を得られたことに感謝申し上げます。アーディアス卿、ごゆるりと過ごされよ。」

「モンジェリン卿、心からの歓待、まことに(かたじけな)い。貴公のご親切、一同身に染みて、御礼申し上げます。」

 私とモンジェリン卿は儀礼的な挨拶を述べて、玄関ホールから奥の広間に通される。足を伸ばして、くつろがせてもらう。

 さすがに馬車に乗りっぱなし、揺らされっぱなしだったのが、こうした所で落ち着くと実感する。なんだか視界がぐらぐらするのだ。長い航海に出ていた船乗りが、久しぶりに陸に上がるとふらつくと言うが、それに似たものだろうか。

「お茶とかは大丈夫です。」

 秘書官がそっと囁いた。もうすでに“真贋鑑定”でチェックを始めたらしい。

「魔力が足りなさそうなら言えよ。魔晶石を渡す。」

「お気遣い、ありがとうございます。」

 私たち一行は予定どおり、予約してあった宿に泊まる。場所はこのモンジェリン卿の城館の近くなので防衛は比較的しやすい。

 やがて鎧の音を立てて、武官のディオンと近衛の隊長が姿を現した。

 ヴィナロス王国はケモ耳タイプとは言え獣人種のナハムが国の中枢にいたり、同盟国からの巨狼に乗った者がいたりしますが、他のヒトが主体の国ではこうした事は少ないです。

 ですので他の国からすれば、人外種族が普通にいて魔物を飼ってたりする『ヤッベー国だな』感があると思ってください。

 さすがに巨狼にいたっては、ヴィナロスに暮らしていても目にする機会はまず無いわけですが。

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