89 出迎えの裏事情
「鷹狩りをお楽しみの最中に大変申し訳ない。こちらこそお許しいただきたい。」
私はそう言って一礼した。
「それはそうと、アーディアス卿、そこでちょっと話したい。」
モンジェリン卿が囁いて、視線で天幕を示す。
「構いませんが、城内ではダメですか?」
「念のためだ。実は最近、ヤー=ハーンの密偵を把握したのだ。他にもおらぬか洗い出しをしておる。」
モンジェリン卿は深刻な内容を話した。
「それは他の方には?」
「陛下と宰相、カステル卿にはもう伝えた。」
いるだろうとは思っていたが、今の段階で把握できたのは幸いかもしれない。
「それは何よりです。それで外というわけですか。」
「左様。」
私とモンジェリン卿は一緒に天幕に入る。その後に続いてモンジェリン卿の側付きの者数名と、私の秘書官とラブリット二等書記官が入った。
「その女は?」
「彼女はラブリット二等書記官です。ゴルデス卿が付けてくれた外務官僚です。」
その答えにモンジェリン卿はうなづいた。
中に入ると天幕には先客がいた。
座っていても背の高さが想像つくような大男だ。立てばアーノルドと同じぐらいの『壁みたいなマッチョ』だろう。その出で立ちはまるで狩人のようで、革の胸当てと肩当てのある軽鎧を身につけ、テンガロンハットのような帽子を手に持っている。
彼は私たちが入ってくると立ち上がり、一礼をした。
「お初にお目にかかる。ダヴィッド・ガンゲスと申します。こちらで竜たちとの繋ぎ役をやっております。」
「私こそお初にお目にかかります。特使のダルトン・アーディアス公爵です。ダヴィッド殿、この度はご苦労をかけます。」
私たちは用意された椅子に座る。そして私が“防音”の魔術で盗聴を防ぐと、三人で膝を詰めた。
「モンジェリン卿、外で待っておられたのは…。」
「うむ、密偵がどこに潜んでおるか分からんのでな。外で出迎えるふりで密談というわけだ。」
目立たぬようにしなければならないのに、こうしてそれをブチ壊すような事をしたのはそのためらしい。
「ダヴィッド殿、お話はどの程度お聞きで?」
「およそ書状に書いてありました。すぐに黒竜王と当主に回送したので、もう読んでいるでしょう。」
どうも認識は共有できていると考えて良さそうだ。
「実はここへ来る前に、ヤー=ハーン王国内でゾンビの群れと戦闘になった人物と会い、状況を詳しく聞けました。」
「なんと!」
驚く二人を前に、私は霊媒師レオノラの語った内容を聞かせる。
「…なんと、いたましい。」
「あの国はやはり、何かおかしいのか。」
モンジェリン卿ですら顔をしかめ、ダヴィッド殿は瞑目して眉根を寄せた。
「ダヴィッド殿、竜の狩場には何か影響は?」
「今のところ、目に見えた変化は例のゾンビが竜の狩場の中で見つかった件ぐらいです。ただ、ここ10年余りヤー=ハーン方面から来る獣の数が増えています。」
ダヴィッド殿の話によると、動物の数が増えて溢れてきていると言うよりも、逃げてきている感じだという。理由がなんであれ増えすぎると竜の狩場の草原が荒れてしまうので、狩りの頻度を上げて数の調節をしていたという。
「被害と言うほどの被害は無いので、正直、今回の件は驚きました。」
「我が国の方では、これが深刻な事態となる可能性を危惧しております。そちらにも影響が出る恐れがあり、ぜひダヴィッド殿にもお力添えいただきたい。」
「もちろん。明日いっぱい黒竜王の山に行く準備を整え、明後日の朝には出るようにいたしましょう。」
竜の狩場を通過する基本的な準備はできていると言うことだったので、明日のうちに調整をして、明後日の朝に発つことで合意した。ガンゲス家の魔獣使い数人が付いてくれると言うので安心して良さそうだ。
私たちは天幕を出ると、それぞれの乗り物に乗ってエングルムの城門をくぐった。




