88 城塞都市エングルム
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このように、レオノラは事のあらましを語ってくれた。
ゾンビ化を解除して、その霊魂を救うとは!彼女の働きに感心せざるを得ない。
「そんな出来事が。大変でしたね。それはいつ頃?」
「それなりにね。ひと月ちょっと前だったね。」
それは赤竜騎士団団長の将軍・ルーデス侯爵の報告の時期と場所に近い。
「ゾンビがあれだけ出てくるなんて、お前さんは何も知らないのかい?」
「…なぜだか分かっていないのです。」
少し間をおいて答えた私の顔を、レオノラはまじまじを見つめた。
「ふーん。ま、お偉いさんとあれば話せない事の1つや2つはあるだろうさね。」
「ご理解いただけて幸いです。」
視線を外した彼女に、私は感謝を込めた応えを返した。
「茶を馳走になったね。ありがとうさん。」
「すいません、あとひとつ。」
立ち去ろうとするレオノラを、私は少し引き止める。
「なんだい?」
「王都に戻ったら、私の部下でベルペックという者があなたを訪問するはずです。会って、先ほど話してくださった内容などを彼にも聞かせてやって欲しいのです。」
「土産を忘れないようにしろ、と伝えておきな。」
「そこらへんはしっかりしている男なので、ご期待に添えるかと思いますよ。」
そしてレオノラはフィルマンの母親から丁重な礼を述べられ、ジャックも何事か感謝のようなことを言っていた。あの家族も、これでひとつの区切りがついただろう。
私はそこを離れて、茶屋の周囲に集まっていた野次馬を押しのけて車列へと戻った。
「閣下、ご無事でしたか。」
「も〜、びっくりしましたよ。」
警備の者たちに混じって、様子を見ていたラブリット二等書記官と秘書官のアンドレから小言を言われてしまった。
「急に出て行って、すまなかったな。でもヤー=ハーン王国内の状況に関する貴重な情報が得られた。これは今回の交渉の材料になると思うよ。」
私の言葉に二人は驚いた顔をした。
「相手は一体どなただったのです?」
「“ガラシレ横丁のレオノラ”さ。王都の下町に店を持っている霊媒師だよ。」
ラブリット二等書記官に答える。その言葉に彼女は眉をひそめる。
「霊媒師など、信頼できるのですか?」
「詳しく話せないが、レオノラの話は先の御前会議で会った報告と符合する。信頼性は高い。」
「申し訳ありません。御前会議の内容を完全に把握しておらず…。」
畏縮するラブリット二等書記官に私は気にするなといった。
「前回の御前会議は、一部が国家機密になったから少なくともあと20年間、全文公開されることはない。君の官位では知らないのも無理はないさ。」
ラブリット二等書記官は秘書官のアンドレを見た。その視線にたまらず、彼は弁明する。
「僕は閣下の秘書官だから同席してたし、その場で聞いていたけれど、国家機密になったから僕からは話せないよ。わかるだろ?」
「…そうね。閣下、私に機密部分を教えてくださいませんか?今回の交渉で使えるでしょう。」
「良いだろう。この件に関しては情報を共有しておいた方が賢明だな。」
移動を再開した馬車の中で、私は“防音”を使い、内部でヤー=ハーン王国に関する情報をお互いに教えあった。
こうして王都を出て3日後、予定どうりに回廊地帯の入り口にある町・エングルムへと到着した。
エングルムは周辺を二重の城壁と堀に囲まれた、2つの川に挟まれた台地に築かれている堅固な城塞都市だ。ヴィナロス王国の東の防御の要であり、絶対防衛線と言える都市である。
難攻不落を誇るこの城塞都市は、地上をゆく数万程度の軍勢では小揺るぎもしない。もちろん、そこらの魔物の群れや盗賊団程度では相手にもならない。それこそ空を飛ぶ竜ぐらいしか恐れるものは無いのだ。
そしてエングルムは経済的にもヴィナロス王国東部の中核都市で、本来はヤー=ハーン王国と竜の狩場との交易で賑わっている町である。
もっとも、ここ10年余りはヤー=ハーン王国が不景気になったことで、この町の景気にも悪影響が及んでいる。現在は竜の狩場との交易が頼みの綱というわけだ。
そのため、私が金角の黒竜王グレンジャルスヴァールへの特使としておもむく件は、この町にとっても重大な関心事と言える。
で、この町を治めている領主自らが城門前で待っているというわけだ。
その人こそ、モンジェリン公爵家当主、ユーリ・モンジェリン。
ヴィナロス王国各地の貴族が集まる議会『貴族院』の議長にして、ヴィナロス王国の『政界三大妖怪ジジイ』の一人である。
もう会う前から心が重い。はっきり言って、この人は苦手だ。政界三大妖怪ジジイは全部そうだが。
「閣下、しっかり!」
「分かっているよ。これぐらいでへこたれていたら、金角の黒竜王になんか太刀打ちできないものな。」
秘書官に励まされ、停車した馬車から降り立つ。
城門の前に大きな天幕を張り、その前に仁王立ちしているのがモンジェリン卿だ。元・金竜騎士団団長であり将軍でもあった武人なので、その立ち姿は実に堂々としている。
「特使殿に申し上げる。モンジェリン公爵家当主、ユーリ・モンジェリン、ならびにエングルム市民は貴公を心より歓迎いたす!」
こう言われると、もう正面からお答えするしか無いのだ。
「モンジェリン公爵家当主、ユーリ・モンジェリン殿、お出迎えいただき、深く感謝申し上げます。道中にて砂埃にまみれた旅装束なのをお許し願いたい。」
「まことに丁重なご挨拶、こちらこそ痛み入りまする。こちらは屋外での鷹狩りの帰途の休憩中にて、急ぎ形だけ整えた有様。もろもろの行き届かぬ点、こちらこそ御寛恕願えれば幸いに存じます。」
そこで彼の装いを見ると、確かに礼装ではなく馬に乗って外を駆け回る時の姿だ。後ろの方には鷹を連れた従者が数人立っている。
国王の使者が来た場合、ある程度大きい都市だと城門の前で出迎えの儀式をしないといけないのだが、目立ちたく無いので、こういう形にしてくれたのだろう。
そこは感謝しないといけないな、と私は思った。




