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85 姉と妹

「敵いませんね。読心術の類ではなさそうですが?」

「使うまでもないね。何年、占いもしてると思ってるんだい?」

「では…ヤー=ハーン王国の現状を見ておいでですよね。」

 私の言葉に霊媒師レオノラは意図を伺うようにじっと私の目を見た。

「通っただけだよ。詳しい事情は知らないね。」

 彼女の言葉はにべ(・・)も無い。 

「じゃあ、あのフィルマンの霊とか、どこで拾ったんですか?あなたが見た事、聞いた事、感じた事を、ぜひ教えていただきたいのです。」

「…へえ、貴族様のわりには、ずいぶんとお行儀が良いじゃないか。」

「権力にあかせた無理強いは、少なくとも私の趣味では無いです。そもそも、他人に教えを乞う態度では無いですし。」

 私の答えにレオノラはフンと鼻を鳴らした。

「年寄りはね、長く喋ると喉がいがらっぽくなってダメさ。」

「なるほど。ご主人、ここで一番良いお茶を用意してもらえるかな?」

 私は茶屋の主人にお茶を注文する。

「あれはねぇ。今から2ヶ月ぐらい前のことさ。」

 彼女はキセルにタバコを詰めて火を点けると、長く息を吐き出した。


 レオノラの姉、シビルが住んでいたのはヒエレス王国の南端付近にある村、ヴェルソイクスだった。

 ヴェルソイクスは不便な土地ではあるが、風光明媚な土地として知られており、ヒエレス王国の貴族や裕福な市民の別荘が点在する土地としての側面もある。

 シビルはそこでレオノラ同様に霊媒師兼占い師として、これまでに蓄えた財産を元手にして生計を立てていた。

 人生も先が見えた年頃、慎ましく暮らす日々。住んでいる家は、かつて彼女が霊障から救ったある大商人がお礼に贈ってくれたもので、小さいが品の良い造りで住み心地も良い家だった。

 平均寿命の短いこの世界で、シビルはかなり長生きした。辛いことの方が多い人生だったが、それでもいつかの幸福な記憶を大切にした。何人かは弟子を育てて師としての喜びも味わえた。

 強いて言えば心残りは、妹のレオノラと一緒にいられなかったことだが、すでにお互いに立場もあり、生活の基盤ができてしまっている以上は仕方のないことだと理解していた。


 そんなシビルの死は大往生であったと言って良い。

 持ち回りで世話をしていた、かつての弟子たちに看取られて、彼女は苦しむことなく老衰で天寿を全うした。

 魂は一夜にして遠く離れた土地にも移動できると言う。彼女の霊はその日の晩にレオノラのもとに現れて、自身の死を伝えた。そしてレオノラは死んだ姉と一晩語らい、お互いに語るべきことを語って、姉が幽冥に入るのを見届けた。

 が、それでも葬儀に行くことにした。ヴィナロスからヴェルソイクスまで片道1ヶ月ぐらいかかるが、なにせシビルとレオノラはお互い以外に頼るべき肉親はいない。

 姉の遺体の埋葬やその他の手続き・儀式は姉の弟子たちがやってくれているだろうが、自分が行かないのはけじめがつかないからだ。

 レオノラはロバに道中必要な荷物を積んで、またがる。長旅はずいぶんと久しぶりだった。

「お師匠さま、やはり道中同行いたします。」

「くどいよ。それより、留守をちゃんと預かっておくれ。」

 数人の弟子が旅装姿で現れたが、それを断ってレオノラは一人旅立った。弟子とは言え、他人に涙を見せるような真似はしたくなかった。そこは、これまで歯を食いしばって生きてきた彼女の意地だった。


 ヴェルソイクスに着いて、姉の家に行くと弟子の一人が留守番をしていた。レオノラの到着を待っていたと言う。彼女の案内で墓参りを済ませ、冥福を祈り、花を手向ける。

 シビルは慎ましい暮らしだったから、彼女の家には財産としてどうこうと言うようなものは無かった。そもそも形見分けで残された者たちが争わぬように、死期を悟った彼女は詳細な遺言状を作成していた。

“銀の香炉は一番弟子のゾエに。浄化の儀式に使う浄水入れは2番弟子のシルヴィに。招霊の道具は──”

 妹のレオノラに残されていたのは、シビルのつけていた日記・いくつかの手帳・古びた指輪がひとつ。それらはこの老姉妹にだけ意味と価値が理解できるものであり、まだこれをまだ持っていたことにレオノラは姉の愛情を感じた。

 住んでいた家はレオノラに相続権があったが、彼女はこんな遠くまで来れるかい、と言って売却することに決めた。そして代金を弟子たちの間で分けるように手続きを済ませると、姉の弟子たちに別れを告げてヴェルソイクスの村を後にした。


 レオノラは帰り道はヒエレス王国から南下する行商人のキャラバンに同行させてもらう事にした。

 出かける時は弟子にあんなことを言ったが、正直なところ老女の一人旅というのは危険には違いなかった。

 あるいは、何かの予感が働いたのかもしれない。

 それはヴェルソイクスを発って1週間目の日に起こった。

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