81 街道筋の住人たちと喧嘩の仲裁
「アーディアス卿!?お待ちください!」
「閣下ぁっ!?」
私は馬車から飛び降りると、制止する護衛の者たちを尻目に走った。馬や驚く護衛の者たちの間を抜けて、目の前の群衆にまっすく駆け寄る。群衆からブーイングを受け、声を荒げる先触れの騎兵たちの姿が見えた。
「ええい、退かぬか!こちらは国家の御用であると、何度言えばわかるのだ!」
「うっせえ!御用だか小用だかしらねぇが、親子ゲンカが済むぐらい待ってらんねぇのか!」
「こっちはこっちで大ごとなんだよ!」
「仕方ねぇだろ。剣は達者でも口の方はそうじゃねぇんだろうからサ。」
これにドッと笑いが起こる。
「おい!今のは誰だっ!口のきき方をわきまえろ!」
ますますキレた先導役は今にも抜剣しそうだが、それはいけない。そこは越えてはいけない一線である。
「そこまでだっ!」
私は先導役の騎兵と群衆に呼びかけた。視線が一斉に私に注がれる。
「なんだ、あんちゃん?」
「貴族様がなんだい?」
「コラッ!このお方はアーディアス公爵閣下だぞっ!口を慎まんかっ!!」
私を訝る群衆に騎兵はまたも怒声を浴びせるが、それぐらいで怯むような街道筋の住人ではない。多くの人が行き交う街道筋では人間同士のトラブルなど珍しくなく、住人たちは気が強い。
「すまないが、その霊媒師に用がある。通してくれないか。」
私の言葉に、群衆も先導役の騎兵も困惑した表情を浮かべる。私は群衆をかき分けるようにして進み、荷物を載せたロバにまたがる老婆に駆け寄った。
その老婆は背が曲がり、頭巾のように被ったスカーフの間から三つ編みにした灰色の髪が見えていた。埃で汚れた旅装の袖からのぞく皺の多い手は細く、ぱっと見にはどこの町でも村にもいる老女のようだ。
ただ、いくつかの“死霊送り”の形代を下げ、首には念珠をかけていた。手首にはビーズのついた祈り紐や金属製の鎮魂の腕輪が多数。明らかに霊媒師だ。
老婆はギロリと私を見下ろした。
「取り込み中だよ。後にしな。」
対面する、顔を赤くしている若い男は怒りを隠す事もなくイライラした口調で言った。
「なんだアンタは。お貴族様の御用は後にしてくんな。」
間に挟まれた、初老の女は老婆に縋らんばかりだ。
「ジャック、なんて口のきき方を…。」
その女は私を気にしてか、こちらをちらりと見た。
「母さん、そいつなんて弔ってやる必要ねーだろ!母さんも俺も捨てて、勝手にどっか行っちまったクソ野郎だ!」
「お前のたった一人の兄弟だったんだよ!それに、私の子には違いないんだ。」
どうもこの二人は親子であるようだ。そして霊媒師の老婆が“連れてきた”形代に宿る霊魂は、この母親の子で、ジャックと呼ばれた若い男の兄であるらしい。
この女性の息子の一人はどこかで不慮の死を遂げ、その霊魂をこの霊媒師の老婆がどこかで拾って死霊送りしてきたところトラブルが発生した、という事だろう。しばしば耳にする話だ。
「だいたい霊媒師なんて詐欺師だろうが!そんなモンに霊魂なんか宿ってねーし、仮に宿ってたら肥溜めに沈めてやらぁっ!」
相当、死んだ兄はこの若い男に恨まれているようだ。そっちの方はこの親子の問題なので私には不明だが、ひとつだけ間違っていることがある。
「ジャックと言ったか?その“死霊送り”の形代は本物だぞ。君の兄かどうかはわからないが、霊魂の放つ霊子の燐光が見える。」
私の言葉に若い男は眉をひそめて私を睨みつけてきた。彼はいわゆるヤンキー顔なので、ちょっと気圧されそうだが、ここで引いては金角の黒竜王との交渉などできるはずも無いので耐える。
「あんたナニ者だよ?」
「私はダルトン・アーディアス。公爵だ。ヴィナロス王国の宮廷魔術師長を拝命している。」
私は答えると、どよめく群衆をよそにポケットからハンカチを取り出した。草花が刺繍されたそれを手にとって、手のひらの上にふわりと広げる。
刺繍がハンカチから立ち上がり、たちまち生きた植物に変わり成長し花を咲かせながら上へ伸び、また横にツルを伸ばして広がってゆく。十数秒ほどで花が咲き乱れる枝とツルで作られた天蓋に覆われた。
もちろん、これは実際の植物ではなく“幻覚”の魔術で作りあげた幻だ。基礎的な魔術だが、術者のイマジネーションしだいで応用の幅をいくらでも広げられる創造性の高い魔術だ。
「信じてもらえたかな?」
驚いたのか、周囲は静かになってしまった。“幻覚”の魔術は日常生活にはまったく関係無いし、一般の庶民ならサーカス団のショーで見るぐらいだと思う。
「もしかしてパンで挟んで食べる料理を考えた、あの公爵様?」
「ああ、いかにも。その当の本人だ。」
周辺の群衆の誰かからの問いかけに答えた。その途端、周囲はざわめきだした。私が魔術を解消して霊素を散らすと、幻も形を崩して霧散する。
「もし良ければ、仲裁して穏便な解決を図りたいと思うのだが…。どうかな?」




