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80 エングルムへの道

 (ドラゴン)の狩場に入るには、まず王都の東門を抜け東の大橋を渡って、東街道を道なりに進む。そして回廊地帯の入り口にある町・エングルムに向かう。エングルムまでは通常の馬車で3日かかる。

 そこには公設の交易所が設けられており、ガンゲス公爵家の血族の者が駐在しているのだ。すでに外務大臣名で書状が届いているはずであり、先方との連絡も取れているだろう。こちらが着いた頃には準備が整っているはずだ。父の記録や過去の外交日記でも同様の旨が記録されていた。


 そんなわけで、私たち一行は東街道を進んでいる。

 想像よりも道路の状態はマシで、今のところぬかるみにハマったり脱輪したりといった事故は無い。

 とは言え、現代地球のようなサスペンションがあるわけではないこの世界の馬車。我慢できる範疇とは言えガタガタと揺れる。乗り心地は正直、あまり良いとは言えない。それでもこの世界の馬車としては、ずいぶんマシな方なのだ。

「閣下に言うの忘れてたんですけど、ちゃんとクッション持ってきてましたね。」

「ああ、母が気を使ってくれた。すっかり忘れてたんで正直助かったよ。」

 母は若い頃はけっこう小旅行に出かけたらしいので、意外に旅慣れているのだろう。

「さすがに君は用意しているね。」

「外交の現場に立つ者の間では、質の良いクッションの話題は常に飛び交っておりますね。」

 笑みを浮かべて答えるラブリット二等書記官は、座り心地の良さそうな大きめのクッションを二つ持ち込んでいた。

「次は僕にもその情報を教えてよ。」

「あら、分かっていると思ってたもの。」

 秘書官のアンドレとラブリット二等書記官の間に火花が散った気がした。ここで喧嘩はやめてほしい。

 ちなみに秘書官のアンドレは、毛布を畳んで枕と一緒に紐でくくったものをクッション代わりにしている。見た目はともかく、実用上の目的は十分に果たしていそうだ。

「それ、ちゃんとお日様に干してるのよね?」

「当たり前です。枕カバーも新しいのをおろしたし、昨日のうちに陽に晒しましたよ。」

 秘書官は男の一人暮らしだが、ちゃんと清潔に気を使っているようだ。良かった。ノミとか持ち込まれたら嫌だもんな。

「あら、そう。なら良かった。エングルムにクッションを売る店があるから、時間を作って行ってみたら?宿泊予定の宿の隣だから。」

「ありがとう。あっさり教えてくれたね。」

「一連の仕事が終わるまでは、あなたと私は同じチームの一員だものね。助力ぐらいする。」

 この二人は王立大学の法学科で互角の競争を繰り返す関係だった、と言うが、どうもそれだけではない気がしてきた。突くとやぶ蛇になりそうなので聞き流すだけにするが。


 いくら良いクッションがあっても、元からガタガタ揺れないに越した事は無い。私自身も含め、同乗している二人も乗り物酔いがひどいタイプでなくて良かった。

 もし乗り物酔いしやすい人だったら、この馬車という乗り物は存在自体が地獄なんじゃ無いだろうか?騎乗するのも体力を要するし『安全で快適な旅行』というのは高度な技術と社会インフラの整備の結果なのだと、改めて実感した。

(サスペンションの改良、ゴムタイヤとベアリングの開発、道路の舗装。やはりこれも早々に進言する方が良いな。)

 私は外の景色に目を向ける。すでに王都を囲む胸壁も遠く周囲は田園地帯の風景となっているが、揺れるので視線はブレがちで風景を楽しむどころでは無い。

 ガタガタ揺れない馬車は乗り物として快適なだけでなく、輸送する品物の破損率の低下、馬の疲労が少なくなることからの輸送力の向上が直接見込めるだろう。快適な旅は例えば車窓からの風景を楽しむといった文化も育むに違いない。

(そう言えば産業大臣のガロベット卿と昼食をご一緒に、とお誘いしていたな。道路整備となれば軍も関わるし、アーノルドも呼んでみようか。提案は彼から軍議にかけてもらっても良いけれど、難しいかな?でも東街道を整備すれば軍需品を素早く運べるし。)

 金角の黒竜王との交渉が予期したとおりに済んだとしても、その後にやるべき事はまだまだある。ひとつひとつをどうやって解決してゆくかに思いを巡らせた。


 そんな馬車で東街道を行く旅の二日目。

 私たちは昨日と同じく馬車に乗ってエングルムに向かっていた。私は秘書官を黒竜王に見立てての、想定問答集の復習をしていた。

「“人間の世のことは人間で解決せよと述べた我が言葉に、貴公らも同意したで──”っと、ととっ!」

 馬車が突然止まり、ノリノリで演じていた秘書官が転けそうになった。私とラブリット二等書記官で、慌てて彼の体を支える。

「閣下、ラブリット二等書記官、ありがとうございます。」

 そう言うと、すぐに窓を開けて問いただした。

「どうした!?なにがあった!?」

「街道の先の方で揉め事があり、道を塞いでいるため停車しました。すぐに解決します。しばしお待ちください。」

 私は護衛の兵士が話したそれを聞いて、秘書官と入れ替わりに顔を出した。

「揉め事?もう少し詳しく話せ。あまり強引な事をすると地元領主から抗議されてしまう。」

「なんでも男と霊媒師の老婆、それと霊媒師をかばう者らとの間で激しい言い争いになっており、それを面白がって見物している者共が野次を入れながらはやし立てている状態で…。退くように命じたところ、当事者はもとより地元民らに反発を受けております。」

 無理に押し通っても問題ないケースに思えたが、仲裁して穏便に通った方が良いような気がした。

 公用を任された者が公道を通る場合、優先権がある。要は何かの事情で道がふさがっていても、公用を理由に押し通っても許されるのである。

 私は公爵で、今は国王代理でもあり、外交の特使である。大概のことは許されよう。

 しかし、だからと言って押し通られる側も黙ってされるばかりでない。あまりにも理不尽だと思ったら地元領主を通じて、場合によっては国王への直訴も許される場合がある。

 地元の祭儀・冠婚葬祭の行列などは、相手が庶民であっても無理に押し通らないのが基本的なルールである。霊媒師がいると言うことは、故人を弔う儀礼中だったのかもしれない。あまり無理強いしたくないケースのように感じる。

 それに霊媒師の老婆、と言う言葉に引っ掛かった。予感と言ってもいい。

「これ以上邪魔立てするなら、蹴散らしてまいります。」

「待て待て!」

 私は自分で馬車のドアを開けると、そのまま飛び降りた。

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