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79 出発の朝

 陛下との話の後、グラウル子爵に(サッシュ)をきちんと畳んで元の箱に収めてもらうと、それを持って執務室に戻った。グラウル子爵自らその箱を両手で捧げ持って運んでくれたのだが、私には少々大げさな気がした。

「疲れないかね?」

「いいえ。それに、こうして運ぶのは私の仕事でございます。」

 私には王族の衣装係の仕事の範囲がわからないので、彼の言葉にそんなものかと納得することにした。

 たしかにこの(サッシュ)は国王の名代、あるいは国王からの直接の庇護下にある者としての地位を示す品なので、軽々しく扱うのは許されない。

 出発の日までどこに置こうかと秘書官と相談して、執務室の戸棚にしまうことにした。警備もあるので大丈夫だとは思うが、戸棚自体に“保護”、扉に3重の“施錠”の魔術をかけて盗難対策とした。その上で“警報”の魔術をかけて、キーワードを言ってから開けないと大音量のアラームが鳴る仕掛けも施した。

「閣下がそうやって魔術使ってると、本当に魔術師なんだなーって感心しますね。魔力の操作とかに無駄が無い。さすがプロって感じです。」

「そりゃ、宮廷魔術師長が魔術のプロでなければマズいだろう…。」

 日常生活や職人達が仕事に使うような魔術はごく簡単なものだが、専門的な魔術教育を受けた者なら定型化された魔術だけでなく、それをカスタムしたり、より少ない魔力量で標準的な効果を発揮させたりするなど、魔力操作に習熟している。

 ましてや私は霊素(エーテル)力学が専門。魔術行使で魔力の操作が下手だと恥ずかしい。


 その日の業務を終えて、帰宅すると上機嫌のアンブローズ辺境侯夫妻を交えた夕食の席は陛下との謁見・バーナード公爵家訪問の話などで盛り上がった。

 バーナード公爵邸では、義母のテレーズの帰省ということもあって、盛大に出迎えられたようだ。

 姉妹でありアーノルドの母である先代当主のリディ・バーナード殿とその夫フレデリク・ヴェルフェイル殿、アーノルドの妻のクリステル・マージー夫人などバーナード家の方々が歓待してくださったとのこと。

 その後はアンドレアのおしめを替えて寝かしつけたり、アレクが寝る前に物語の読み聞かせをし、父から(ドラゴン)の狩場に行った際の話を聞き出したりして過ごした。

 そして仕事でも家庭でも問題なく過ごし、自領へと帰るアンブローズ辺境侯夫妻をお見送りして、ついに(ドラゴン)の狩場への出発の当日となった。

 

 その日は屋敷に住む全員からの見送りを受けた。

 妻のマリアとまだ乳飲み子の娘のアンドレア・息子のアレク・父のパウロ・母のソフィアといった家族はもちろん、執事のマイケル・従者長のアルバン・女使用人(メイド)長のラバール・料理長のモラン・家付き武官の長ラウル・ファーロ、アレクの乳母のナターシャ・マリアの侍女ロレーヌなど、全員が玄関ホールに集まった。

「必ず帰ってきてくださいね。」

「もちろんだとも。驚くような土産話をたくさんしよう。待っていてくれ。」

 妻と私はしばらく抱き合っていた。

 父からは上等の魔法薬を、母からは尻に敷くムートンのクッションを渡された。

「万一があっても、即死でない限り助かるだろうて。」

「父上、物騒なこと言わないでくださいよ。でも感謝します。」

「長旅だとお尻と腰が痛くなるからね。」

「母上、これは気が回りませんでした。ありがとうございます。」

 自分の手で持たねばならない品物だけ持ち、他の荷物は数人の従者に任せ、身辺警護に当たる家付き武官のディオン・ロイエと彼が選んだ兵士10人を伴って宮殿に向かった。


 選抜された家付き武官たちは、ずいぶん鍛えられたらしい。

 私は直接関わっていないので彼らから話を聞いただけなのだが、銀竜騎士団の元上級兵だったディオン以外にはなかなかハードな訓練内容だったようだ。普段は町の警察的な仕事が主だから、だいぶ勝手が違うのだと思う。

 ディオンによれば、なんでも軍でもひときわ武勇に優れた者たちが付いてくれるそうなのだが…。この辺はカステル卿に丸投げしてしまったので、私としては彼を信じるよりほかない。

 今回は事情が事情なので、派手な出発の式典は無しとなっている。

 宮殿に着くと、ディオンたちは特使のための馬車を待機させてある前庭に向かわせ、秘書官のアンドレの出迎えを受けて執務室へ。

 そこで典礼長官のファブラ卿から特使任命の勅令を記した書状を受け取り、私は公式に特使となった。

「閣下。大任を無事、果たされますよう。」

「はい。必ずや陛下の御意のままに。」

 そして忘れずに(サッシュ)を収めた箱を持って、特使のための馬車に乗り込んだ。

 同乗者は秘書官のアンドレ・モリソン、デボラ・ラブリット二等書記官の二人だ。その後ろに私の従者やラブリット二等書記官の部下が二人が乗っている馬車などが続く。

 私の乗る馬車を挟むように、ディオンらアーディアス家付きの武官が騎乗して固める。そして先頭から隊列の後ろまで、カステル卿が指示を出して選抜した近衛軍の『腕っこき』の武人たちが護る。

 結果、結構な大所帯となっているので、これではあまり派手にしなかった意味が無いのでは?とも思ってしまうが、仕方がない。 

「王都から離れたのって、学生の時以来だからちょっと楽しいですね。」

「のんきにしてるなぁ、君は。」

「全力でサポートはしますけど、交渉するのは閣下なんで。最悪、骨は拾って帰りますよ!」

「骨が残るのか?」

 なんとも緊張感の欠けるやりとりに、ラブリット二等書記官はさぞ呆れているかと思いきや、彼女は笑顔で応えた。

「こうした時に、普段どおりで居られるのは外交交渉に向いておられます。」

「そうなのか。ゴルデス卿もこんな感じなのかな?」

「閣下は終始、穏やかにお過ごしでいらっしゃいますね。」

 外交に限らないのだろうが、平常心を保つのが肝要であるらしい。先導役の号令が聞こえ、隊列がゆっくりと動き出した。

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