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77 後宮と王家の衣装係

 嬉しさのあまり今にも歌い出しそうなニームス卿を見送り、執務室に戻る。午後は外交の想定問答訓練でも…というところで、国王付きの侍従がやってきた。

 国王付きの侍従の制服は文官の青い略式礼装に似ているが、袖と襟に黒い線が入っているので一目でそれとわかる。宮殿に勤める官僚の中でも、国王付きの侍従は別格の存在である。

「失礼いたします。閣下、少しお時間をいただいてもよろしいですか?」

「もちろん。陛下からのお召しであろうか?」

「はい。陛下からの伝言でございます。“例の件で渡すものが準備できた故、取りに来るが良い”以上でございます。」

 陛下から私に『例の件』と言えば、特使の件以外に無いだろう。まず間違いなく、国王の名代としての身分を示す(サッシュ)を取りに来い、ということだ。

「確かに(うけたまわ)った。いつ参上するのが良いだろうか?」

「王族の方々のお召し物を預かるヤン・グラウル卿が保管しております。ですので、閣下のご都合のよろしい時にお越しいただければ。」

 陛下もお忙しいし、今回のはあまり目立つのも困るので控えめに、ということだろう。

 ヤー=ハーン王国の密偵はヴィナロス王国内部にもそれなりにいるはずで、気づかれるのは時間の問題ではある。だが、わざわざ自分から吹聴(ふいちょう)して回るような真似をする必要はない。

「では、さっそく参上しよう。あなたに取り次いでもらってもよいだろうか?」

「もちろんでございます。では私が務めさせていただきます。」

 秘書官に留守を頼み、ラブリット二等書記官には想定問答訓練は戻り次第でと口頭で伝え、侍従の後を付いてゆく。


 宮殿奥の後宮部分は王族の私的な生活空間で、ここ自体がひとつの宮殿として成立している。ヴィナロスの町を見下ろせる丘の上にあって、城壁に囲まれて庭園と美しい建物が立ち並んでいる。

 元々は丘の上にあった城塞であり、ヴィナロスの町の発展に合わせて城塞もその役割を変えていった。

 城塞から宮殿と官庁に、そして官庁の規模拡大によって官庁機能を他所に移し、最終的に城塞は王族の生活する私的な宮殿になった。公の場としての宮殿は正面に、左右に官庁の建物が広がっている。

 宮殿の右側にある宮廷魔術師長執務室から後宮まで、およそ300mほどの距離を歩く。後宮と宮殿は直接繋がっておらず、出入口は白金竜騎士団の騎士たちが護っている。

「陛下の御用で、宮廷魔術師長閣下をご案内しております。」

「…お通りください。」

 侍従の言葉を聞き、私は警備の兵に顔を一瞬、ジロリと見られた。

「お役目ご苦労。」

 すれ違いざまにそう声をかけて通り過ぎる。

 宮殿と後宮の間には水路沿いに庭園が広がっている。これはかつての堀を改修したものだ。そこを大理石の橋で渡り、内部の城壁に設けられた門を抜ける。

 床に絨毯が敷かれ、白い漆喰の壁に大きな絵がかけられている。広い窓と窓の間には大きな燭台と花が飾られ、天井からはシャンデリアが下がる。国王の住まいにふさわしい格式と豪華さのある空間だ。

 高位貴族で、閣僚ではあっても、この後宮に足を踏み入れることはあまり無いので、物珍しさに周りを見回してしまう。


 そうしてしばらく歩くとある扉の前で侍従は立ち止まった。

「お疲れ様でございます。こちらの部屋でございます。」

 そして扉を開くと、いくつかのマネキンに豪華な服を着せたり、脱がしたり、あるいは服をいくつか並べてあれこれ議論をしている人々がいた。動きが早くけっこう忙しそうだ。

「マントはそっちじゃなくて、あっち!胸に飾るバラのホルダーは選んだ?選んだらフローリストのアンナを呼んで。」

 大股で、忙しく歩き回り、服のコーディネートの指示を飛ばしている男がいた。侍従は彼に近づくと小声で話しかける。そして、その男は私の存在に気づいたようだった。小走りで近づいてくる。

「これはこれは、閣下。わざわざこちらまでご足労くださり、申し訳ございません。」

「気にすることはないさ。むしろ、忙しいところに済まないな。」

「お申し付けくだされば、お届けにあがりましたのに…。あ!申し遅れました。私、王族の方々の衣装係を拝命するヤン・グラウル子爵でございます。」

 優雅に一礼するのは、ゆるく波打つ明るい茶色の髪を後ろで結んだ割と若い線の細い優男だ。年齢は30歳前後だろうか。私とあまり年は離れているように見えない。

 彼はさっそく例の(サッシュ)はこちらでございます、と言って隣の部屋へと私を連れて行った。そこは壁の一面が大きな衣装箪笥(ワードローブ)になっており、中央には服を着せたマネキンが並んでいる。

「これは…?」

「王族の方々のお召し物でございます。ここにあるものは、明日、お召しになるものです。ここで最終的な調整をおこない、お支度をして運び、お側付きの侍従が改めてから、実際に身につけていただくのです。」

「穏やかな仕事かと思っていたのだが、かなり忙しいのだな。」

「恥ずかしながら、目が回るような日々でございます。王族としての品位を保ち、なおかつそれなりに流行りや出席する行事の性質を考えねばなりませんので…。」

 我が家の衣装部屋(クローゼット)もそれなりだと思っていたが、さすが王家のは規模が違った。

 グラウル子爵は壁一面の衣装箪笥(ワードローブ)のひとつの扉を開ける。中は多数の引き出しになっており、彼はそのうちのひとつを迷いなく引いた。

 どうも、彼はこの衣装箪笥(ワードローブ)群のどこに何が入っているのか、知り尽くしているようだ。そして革張りの長いケースを(うやうや)しく取り出す。


「こちらでございます。」

 彼はテーブルの上にそれを置いて、中を開いてみせる。黒地に金糸で国章と王家の紋章が刺繍されたそれは、間違いなく国王の名代としての身分を示す(サッシュ)だ。

「これを私が身につける日が来るとは思わなかったな。」

「閣下ともなれば、今後も陛下から大任を(おお)せつかることもございましょう。たぶん大丈夫だと思いますが、丈が合っているか確認したいので、一度お召しになってくださいませ。」

 そう言って(サッシュ)を手に取ると私の肩にかけさせる。手を伸ばして位置を調節し、少し離れてじっと見る。そして姿見を持ってくると私の前に置いた。

「いかがでございましょう?」

「ちょっと大きく無いかな?」

「いえ、ちょうど良いかと思います。礼装は、いま閣下がお召しの略装よりもボリュームがございますので、釣り合いが取れます。」

 彼の言葉に、こないだの祝福式で着た衣装を思い出し、脳内でシミュレーションしてみる。うん、確かに彼の言うとおりのように思う。

「なるほど。さすがは陛下の衣装係。」

「ありがとうございます。」

 そして、(サッシュ)の身に着け方の説明を彼から受けた。紋章がちゃんと見えるような位置どりとか、扱い方があるのだった。

「アーディアス卿、大儀であるな。」

 後ろから聞き覚えのある声がした。振り向くと、そこには国王・ガイウス2世陛下が立っていたのだった。

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