75 家付き武官たちとの協議
翌朝の屋敷は少々、慌ただしい雰囲気に包まれていた。
アンブローズ辺境候夫妻の国王陛下への謁見の準備に加え、妻も母と一緒にバーナード公爵家に訪問するので準備中だ。アレクとアンドレアは父と一緒にお留守番である。
私は私で、特使としての準備があった。朝食後すぐにアーディアス家の抱える4人の武官と協議していたのだ。議題は特使としての私の警護についてである。
「朝早くから集まってもらって、すまないな。」
書斎に集まった隊長格の4人の武官にソファーに座るよう勧め、マイケルに茶を運ばせる。
「特にアーレンとディオンは夜勤上がりだそうだな。無理を言って悪い。」
「とんでもございません。」
「お気遣いいただき、恐縮です。」
アーレンは北方の国出身のがっちりした体格をしている。元傭兵で38歳。他国で下士官になった経験もある人物だ。
ディオン・ロイエはヴィナロス王国北部の町の出身者で背が高い。銀竜騎士団の元上級兵で35歳、魔術戦の心得もある。
「凶賊でも出没する情報でもありましたか?」
身を乗り出しているのはバーネットという名の来年30歳になる武官だ。彼は冒険家から町の警邏隊に入り、そこから当家の武官に推挙されてきた。
「いや、そういうことじゃない。」
私はバーネットを手で制する。
「では我らをお呼びになったのは、何事でございましょうか?」
そう尋ねたのは武官のまとめ役でもあるラウル・ファーロだ。ごま塩髭を綺麗に刈り込んだ、45歳のダンディーな感じの男で、元々は青竜騎士団の騎士だった。
全員、ヒト族の男で、指揮能力があり、個人としても一定レベルの戦闘力がある者たちだ。ずば抜けた武勇があるわけではないが、少なくともそこいらの傭兵ならあっさり返り討ちにできるぐらいには強い。
指揮系統としては、アーディアス家当主である私がトップで、ラウルが武官と兵士全体を統括、アーレンがその副官、ディオンとバーネットが下士官、という感じだ。もっとも人が少ないので、ラウルとアーレンも下士官の役割を兼任だが。
「今日集まってもらったのは、私が特使として赴く際の警護の人選についてだ。」
全員の目つきが変わった。
そうだよな。最近の目立った任務といえば、アンドレアの祝福式に行く際の馬車の警護・先導役だった。平和なのは良いことだが、彼らが武功を立てる機会は無い。
「基本的に国家の仕事で行くので、近衛騎士団から選抜された者が警護に当たることが決まっている。とは言え、完全に丸投げなのもな。全員は連れてゆけないが、10人ほど手勢を連れてゆきたいと思っている。」
「であれば、ファーロ殿とディオン殿が適任では?騎士団のどなたかと面識のある方が良いでしょう。私はバーネットと留守番をします。お屋敷と領地の警護も必要ですから。」
アーレンがバーネットの肩を叩きながら言った。
「俺もお役に立ちたいんですけどね。」
「留守役も大切な役割だぞ。」
不満げな顔をするバーネットをアーレンは諭す。
「そもそも、どちらまで行かれるので?私どもは、旦那様が大任を仰せつかったらしい、ぐらいの噂しか耳にしておりません。」
ディオンの質問はもっともだ。屋敷ではほとんど話題にしていなかったからな。
「行き先は竜の狩場だ。金角の黒竜王グレンジャルスヴァールに謁見する。」
その言葉に4人は色を無くした。
びっくりするよな。ふつう、そうだよな。
「金角の黒竜王って、本当にいるんすか!?」
バーネットが最初に声を出した。ほとんどの人にとって、名のある竜なんて物語でしか聞かない存在だから、こうした反応は当たり前だ。
「実在するのだ。竜と戦うわけでは無いが、竜の狩場内に入ると猛獣や魔物との遭遇がありうるからな。その警護の一助というわけだ。」
「それでしたら、私は外れた方が良さそうです。留守を預かりましょう。」
「どうしてだ?君は一番実戦経験があるし、騎士団との連携も取りやすそうだと思うのだが?」
自分から留守役を申し出たラウルに、私は疑問をぶつけた。
「旦那様のおっしゃることも事実ではございますが、しかし行軍してとなると、やはり若い者に戦闘力で劣ります。」
「君は充分強いと、私は思うんだが…?」
「単なる腕っ節と軍事行動の上での戦闘能力を同列に論じてはなりません。」
ラウルはきっぱりと言った。さすがは元青竜騎士団の騎士。移動に慣れているはずだが、それだけに自身の実力を把握しているのだろう。
「俺、行きたいっす!」
完全に口調が普段のそれに戻ったバーネットが手を挙げた。
「君は私と共に留守役が適任だ。」
「ええ〜!」
バーネットの自薦をラウルはピシャリと遮った。
「君のような者が武功を焦って、取り返しのつかない結果となるのを何度も経験した。一言で言えば危なっかしい。」
バーネットは口を尖らせていたが、ラウルの采配に従った。
「騎士団がつくなら、お供するのは私だけでもよろしいでしょうか?二人抜けると警備が大変です。」
そこでディオンが名乗りを上げた。
「私も同感です。ディオンなら適任かと。」
アーレンも彼を推した。
「アーレンもそう言っているが、ラウルの意見は?」
「異論はございません。本人が言い出さなければ、私が推すつもりでした。」
ラウルも賛同したので、私はこれで決まりという事にした。
「良し。じゃあ、これで決まりだな。ディオン。危険がありうる行程だが頼んだぞ。兵士の人選は任せる。」
「承知しました。」
「近衛軍との打ち合わせと日程については追って伝える。内容は他に漏らさぬように。以上だ。」
私が立ち上がると、四人の武官も立ち上がって敬礼をして退席した。
ちょっとバーネットが気の毒だが…。今後の状況次第で、彼が活躍する機会もあり得るだろう。私は今後の展開がどうなるか思いを巡らせつつ、出仕の支度を始めた。




