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74 学友との約束

 その日の業務を終えて屋敷に戻り、執事のマイケルからいつもどおりに1日の報告を受ける。

 明日は義父と義母であるアンブローズ辺境候夫妻は国王陛下との謁見があり、その後に母と妻も合流してバーナード公爵家で昼食会となっている。

(アーノルドにひと言言っておけば良かったな…。後日、世話になったな、とでも言えば良いか。)

 部屋着に着替えながらぼんやりとそんなことを考える。

(近衛軍から護衛を出すとカステル卿が言っていたから、こちらから出す人員と近日中に顔合わせできるようにしておかないといけないな。)

 アーディアス家でも家付きの武官がいる。いると言っても、どこかの騎士団での従軍経験がある者は4人、その下にそれぞれ兵士18人付けている。100人に満たないので少なくないか?と言われるのだが、アーディアス領は王都の近くで危険な動物も魔物(モンスター)もいないのだ。

 警戒が必要なのは人間の犯罪者であるため、彼らに任せているのは警察業務だけだ。当家が魔術師の家系ということもあって、あまり華々しい活躍をさせてやる機会も少なく…。

(いい機会だから、今回の警護に抜擢しようかな。当家の手勢も連れてまいります、と言えば拒否はされないだろう。)

 今夜は遅いので、マイケルに私の書斎に明日の朝に顔を出すようにと、彼らに伝えておいてくれと頼んだ。

「旦那様。おそらくケイト様よりのハト便が届いております。いつも通り書斎に。」

「おお、来たか。先にそちらの対応をしてから夕食にする。」

「かしこまりました。」

 私は小走りで書斎に向かうと、机の上にたたずんでいるハト便をさっそく開いた。


“ 親愛なる学友 ダルトン・アーディアスに宛てて


 先だっての君の、心温まる親切な申し出に深く感謝する。

 “持つべきは友”とは言うものの、実感する機会はなかなか無いから貴重な体験をしたと前向きに捉えることにしよう。


 まずは君を安心させるために安否の確認から。

 首尾良くヤー=ハーン王国を出られた。

 今──この手紙を書いている今夜だけだが──私はヒエレス王国南部のオイオンリクスと言う町に滞在している。明日の朝には宿を出て、さらに北へ向かう。

 今のところは問題無く、追っ手もかかっていないようだ。

 この逃避行にはヴィナロス王国の在ヤー=ハーン王国大使館の武官殿が同道してくれている。

 表面上、彼は流れの傭兵を装っているのだが、その変装が上手いのかどうか私には判らないので、念のため彼に“変装術”の魔術をかけてすぐにはバレないようにしてある。


 さて、君からの手紙が届く少し前に、ヴィナロス王国の在ヤー=ハーン王国大使を拝命するクロード・カッシス卿の手の者から秘密裏に接触を受けた。

 君が外交ルートを使ってまで私の救出に手を貸してくれるとは思っていなかったので、正直なところ、とても驚いた。まさかこれと引き換えに、君が政治的に危険な橋を渡っていないか、少し心配なのだが大丈夫だろうか?


 思いを同じくしていた同僚も、同時にそれぞれ違うルートでヤー=ハーン王国を出た。そのうちの幾人かは君の国に行くのかも知れないな。

 もし機会があったら雇うか、就職先を紹介してやってくれ。

 このところ頼みごとばかりで本当にすまないが、必ず埋め合わせはさせてもらうよ。


 ヒエレス王国に来て、やはりヤー=ハーン王国はおかしいのだと確信した。

 非論理的な、感覚的な表現で申し訳ないのだが、空気が違うのだ。湿った、肌からゆっくり染み込んで精神を蝕んでゆくような、あの重苦しい雰囲気が無い。

 毎日をあの国で過ごしていたから気がつかなかっただけで、あれは相当に異常だったと、遅まきながら認識できたわけだ。

 その原因は私にはわからないが、巷で囁かれていた荒唐無稽な噂話が生じるのもわけないと思えてくる。


 また連絡を入れる。

 また君と気兼ねなく研究の話ができる日が来ることを願っているよ。

 君と君のご一家の健勝ならんことを。


 ケイト・ディエティス ”


 この手紙を読んで、私は思わずソファーに倒れこんだ。すごく安心して、力が抜けたのだ。

「はは…。良かった…。」

 もちろん、ケイトにとってヤー=ハーン王国からヒエレス王国に抜けるまでは緊張の連続であったに違いない。さしあたり、急に何かをされる事は無いだろう。他国の領土に入ってしまえば、ヤー=ハーン側が好き勝手に振る舞うことはできない。

 ゴルデス卿が迅速な対応をしてくれたことに感謝せねばならない。

(手土産は何が良いかな?ちょっと良いものを用意しないと。マイケルと相談するか。)

 あの人も忙しいから、明日か明後日には礼に伺おう。

 ゴルデス卿宛の礼状と謝意を伝えるために訪問したい旨を書いた書状をさっそく書き上げて、明日の朝一番に出せるように用意する。

 それからケイト宛のハト便を用意した。


“畏友、ケイト・ディエティスに宛てて


 無事に脱出できて何よりだ。まずはその事を素直に祝いたい。

 君の同僚の人々の件、了解した。こちらを頼ってくることがあったら迎えたい。


 埋め合わせをしてくれるといったね?

 君には是非やってもらいたい事がたくさんあるんだ。もちろん、君の錬金術師としての腕を見込んでのことだ。

 それについては、君が腰を落ち着けてから話をしよう。もちろん損はさせないつもりだ。


 まずは落ち着ける土地まで無事に逃げおおせてくれ。

 君の安全と健康を祈る。


 ダルトン・アーディアス ”


 私はそれをハト便にして窓から飛ばす。夜空にひときわ輝く星が見えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ハト便って「自分が知っている特定の場所」へ、「本人以外開封不能な方法で」の信書じゃなかったっけ? 「自分が知ってる特定の人」の場所を対象にするなら執事がハト便到着を知らせる事はない訳だし
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