69 憂鬱な朝もアイデア次第
お待たせしました。本日から連載再開いたします。
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休日明けの出仕の朝は起きるのが面倒だ。憂鬱というほどではないが、このままずっと寝ていたいという誘惑を振りほどくのに努力が要る。
それでも、いつも通りに起きて、身支度をし、軽食と茶をとって、午前中の仕事にかかる。今手掛けているのは後回しにしていた案件ばかりだから、それほど必死になる必要も無い。
祝福式にかかった費用の支払いを考えると少々怖いが、妻のマリアが取り仕切っていたから、そこら辺は大丈夫だろう。
アンドレアの祝福式が済んで、次の課題は竜の狩場に行く件。これは今日この件についての会議があるから、それでいろいろハッキリするだろう。
それとアインに頼んだドドネウス神殿長の身辺調査についても、そろそろ報告を聞いても良い頃合いのはずだ。
エレナ局長とも調査と研究の進捗・教育玩具の開発について話し合い、それから職員向けの保育園の設立についても提案しておかねば。
「やることがいっぱいあるなぁ。」
以前から考えていても、開発に乗り出せないものがたくさんある。それらもひとつひとつ片付けてゆきたい。どれも今の世界ですぐに役立つことなのだ。
「食料から解決しよう。シリアルの開発と瓶詰めの技術確立だ。」
これはうまくすれば新しい産業となる。シリアルは不確定要素があるが、瓶詰めの方は確実にいけるだろう。ガラス瓶の大量生産・機密性の高いねじ式の蓋の開発が肝か。
(蓋の方はともかく、ガラス瓶の大量生産となると原材料の硅砂・炭酸カルシウム・炭酸ナトリウムの無水物の安定確保が必要か。硅砂と炭酸カルシウムはともかく、炭酸ナトリウムの無水物がちょっと難しいか。)
そこまで考えたところで、ん?待てよ、と独り言が口をついた。
「アル・ハイアイン王国はガラス産業が盛んだな。炭酸ナトリウムの原料のナトロンかトロナの鉱床があるんじゃないか?」
どんな名工・名匠といえども、素材が無くては作れない。
ガラス生産の最重要素材のひとつである炭酸ナトリウムの無水物──“ソーダ灰”と通称される──を一から作るとなると、本格的な化学工場が必要になる。あるいは海藻や海辺に生える草を大量に刈り集めて、干して、燃やして得た灰を処理するとかで、とても手間がかかるのだ。炭酸ナトリウムの無水物を“ソーダ灰”とも言うのは、かつてそうやって海藻などを燃やした灰を利用していた時代の名残だ。
それに対してトロナ鉱石があれば、それを砕いて炉で焼けば良い。圧倒的に大量生産しやすいのである。
ナトロンを材料にするときは、砕いて、人肌よりちょっと温かいぐらいに熱すると炭酸ナトリウム1水和物と言うものに化学変化を起こして分離した水とともに流れ出るから、これを集めて炉で焼くとできる。
瓶詰めに使うガラス瓶は安価に大量生産できないといけないから、その素材も大量生産できないと困るのだ。
「それなら、ケイトに手伝ってもらえば早いな。」
我が国が助けて早々に大きな成果を上げたとなれば、上の覚えもめでたいし、すでに助力してくださっているゴルデス卿も鼻が高いはずだ。時期が時期だけにあまり大っぴらにはできないだろうが、ほとぼりが冷めるまでの間は関係者だけが知っていれば良い。
(決めた。トロナ鉱石やナトロンからソーダ灰を作るのをケイトにやってもらおう。)
この“ソーダ灰”こと炭酸ナトリウムの無水物を水に溶かして二酸化炭素を通すと、重曹になって再結晶する。重曹は掃除・洗濯のほか、ベーキングパウダーなど料理にも利用できるから、副産物も利益が大きい。重曹にしなくてもソーダ灰があれば石鹸も作れる。衛生の向上に効果的なはずだ。
「よし、やろう。絶対やろう!」
技術開発はケイトと共同で開発、生産・販売はマリアに手伝ってもらう。彼女ならやってくれるだろう。
そして利益は山分けで。いろいろと利益配分に関しては横槍を入れられるかもしれないが、そこはアントニオにでも相談しよう。
ちょっと憂鬱な朝が、アイデアひとつで爽やかな気分の朝となった。




