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6 娘の命名式と占い師を呼ばない理由

 妻の出産から10日後、娘の命名式の当日が来た。

 我が国では命名式は庶民から王族まで広く行われている風習で、比較的近隣に住んでいる親族に新しい家族が増えましたと知らせるためのものだ。王族・貴族・富豪の場合は同時に祝賀会も催す。

「サマーズ侯爵もイリヤ侯爵夫人もよくお越しくださった。」

「アーディアス卿、マリア公爵夫人、祝着に存じますぞ。」

「ゲアルド商会長も、嬉しい限りです。」

「なんの。アーディアス卿、マリア公爵夫人、誠にめでたく。」

 私は妻と共に来賓たちを出迎えていた。執事のマイケルが来れる者はおよそ来たと私に耳打ちする。

 この式に招待したのは近隣に住む親族が主だが、王太子殿下の名代の侍従長、そのほかの主だった貴族家の当主や使者が来ている。バーナード卿は遅れると言っていたから、そのうち来るだろう。

「わかった。じゃあ皆さんを大ホールにご案内して。」

 私はマイケルに指示を出すと、父母と息子、そして娘の待つ部屋に移動した。

「準備は良いかい?」

 私が呼びかけると、いつでもと答えが帰ってきた。ロレーヌが預かっていた娘をマリアが受け取って胸に抱く。娘はパッチリと開いた目の瞳も、髪の毛も黒だ。

 マリアはまだ回復途上なので身なりを整えた上で車椅子に座っている。車椅子はロレーヌが押すと言っていたが、私が押すことにした。

 これは夫婦仲の良さのアピールだし、妻の叔父にあたるアーノルドに見せるためだ。彼と私は親友ではあるが、彼も有力貴族なので機会あるたびに良好な関係が維持できるよう努力しなければならない。アーノルドは今いないけれど、代わりに招待客たちが証人だ。

 大扉が開かれる。シャンデリアが照らす煌びやかな空間が視界に広がる。私は妻と娘の乗る車椅子を押して大ホールに入った。

 静々と中央に進む私ら一家に視線が集まる。楽団が一時演奏を止めて静寂が落ちる。

「我が娘を【アンドレア】と名付ける。アーディアス公爵家長女、アンドレア!」

 私はホールに集まった招待客たちの前で娘の名前を発表した。その声はホールによく響いた。それに合わせて祝いの曲が流れ始める。大ホールに集まった客たちからの拍手と祝いの声が上がった。

「アーディアス公爵ダルトン、此度の長女の誕生は誠に目出度い限りである。彼女が賢明で、慈愛に満ち、皆から愛される、素晴らしい淑女になることを大いに期待する。」

 王太子殿下の名代として来た侍従長から、王太子からの祝福のメッセージが読み上げられ祝いの品の目録が手渡される。私はそれを(うやうや)しく受け取った。

「王太子殿下からお祝いいただき、誠にありがたく、恐縮するばかりでございます。アーディアス公爵家ダルトン以下一族郎党、殿下に深く感謝申し上げます。改めて国家と国王陛下に忠誠を誓うものであります。我が娘アンドレアは必ずや世の模範となる良き淑女としましょう。」

 私は礼儀正しく常識的に答礼したが、後半は本音だ。そうなってくれないと死ぬ。

 こうして正式に“アンドレア”と名付けられた娘は妻マリアに抱きかかえられて、びっくりしたような顔をしてキョロキョロしている。泣き出したりはせずおとなしくしてくれている。びっくりしたついでに漏らしたとかもよく聞くから正直ありがたい。

 とりあえず、命名式のメインイベントは終了である。

 家族の間で話し合った結果、思った通り娘の名前は【白薔薇の聖女と黒薔薇の魔女】の『黒薔薇の魔女』と同じ名前になった。これは『シナリオの強制力』なのだろうか?

 よく分からないが、名前を決める家族会議の最中におかしな魔力などが働いた気配は無かった。念のために一晩かけて異常な魔力やなんらかの霊的な存在を感知できる魔術トラップを、家族会議を開く部屋に構築して網を張っておいたのだが空振りだった。

 アンドレアという名前自体は我が国では珍しい名前ではなく、私の曽祖母も同名だった。王都で人気のある“黒薔薇”と通称される、やや甘い香りの固まりかけの血のような赤いバラの名前もアンドレアだ。


 娘のアンドレアを抱きながら客に挨拶回りをしていると、執事のマイケルに声をかけられた。

「旦那様、バーナード卿がお越しになりました。」

 扉の方を見るとアーノルドが手を挙げた。いつもの勤務用の制服ではなく、略式礼装姿である。

「遅参して済まないな。もう発表は済んだようだが、名前を聞かせてくれないか?」

「気にするなよ。先に言っててくれたのだし。娘の名前はアンドレアだ。君からすれば、はとこだな。」

「自分を見て泣かないとは肝が座っているようだな、アンドレア嬢は。」

 アンドレアはアーノルドの顔をじっと見つめて、やがて飽きたのかに左右を見回した。

 確かに筋肉の壁みたいな大男を前にして、アンドレアは赤ん坊なのになかなか度胸があると評すべきなのかもしれない。単純にびっくりしすぎて声が出ないのかもしれないが。

「はっはっは。見惚れてたりしてな。罪な男だな〜バーナード卿は〜。」

「レディ、残念だが自分は既婚者なので諦めてくれたまえ。」

 アーノルドも私に合わせて冗談を言ってくれる。いい奴だ。

「ところで、アンドレア嬢の運勢は占ったのか?」

「いや、うちではやらない。アテにならんからな。」

 アーノルドは運勢占いをしたかどうかを訊いてきた。命名式に占い師を呼んで運勢占いをする一家はけっこう多い。

 親の気持ちとして子供の未来が明るいものであると信じたいし、占い師からすれば王族・貴族・富豪が集まる席でそれっぽく耳当たりの良いことを言って覚えめでたくなれば商売にプラスとなる。

 そうした理由から『占い師=おべっか使い』と考える魔術師は多い。そうでなくても占い師は見習い魔術師とか魔術の道に進みながら落ちこぼれた者のする日銭稼ぎの仕事のイメージが強い。

 そもそも占術というのは当たらないか、当たるにしても他の方法で予測できるものである場合が多い。

 例えば、何度も占って『嵐が来る!』と言い続けていれば、いつかは嵐は来る。これを占いが的中したと言って良いのか?当たり前だが否だ。

 あるいは不幸な事態を避けようとして回避に成功すれば、その占いは結果として外れたことになる。

 そのため『運勢占い』と称して、個々の事件を予言・予知するのではなく、その人物の総合的な運不運を占うとする分野がある。

 私は一時これに興味を持ち、過去の事績や人物評がよく分かる有名・無名の人物100人分を占術から得られた結果と比べてみたことがある。結果は一定レベルで当たることもあるが、偶然の一致以上に当たるとは明確に言えず、全く当たらない場合も少なくなかった。

 一言で言うと『占術はアテにならないことが分かりました。』と言うことである。

 これが他の魔術系統なら、どこに問題があるか明らかにして精度を高められるのだが、占術はそれが極めて難しい。

 対象が事象や運勢など再現不能なものがほとんどのため、同じ条件を用意して実験するのが難しい。そもそも何度も実験して『なにかわかっているもの』は占術の対象にできない。その占い師の腕なのか、占術自体の改良の結果なのか、検証不能なのだ。

 誤解のないように言っておくと、占術自体は魔術の一分野として認められている。しかし、あまりにも不確定な要素が多く、学問的な検証ができない場合が多いために、魔術としてまともな研究分野とは思われていないのだ。

「アテにならんか。それはそうだな。アテになるなら自分も軍事戦略を立てる段階で使う。」

「だろう?」

 あまり参考になる話は少なかったが、その後はアーノルドと子育てに関する雑談に終始した。


 我が娘、アーディアス公爵長女アンドレアの命名式は、こうしてつつがなく終わった。

 念の為、アンドレアはもちろん屋敷中に不審な魔術や霊的存在の痕跡が残されていないかチェックしたが、何も無かった。

 『シナリオの強制力』は存在しないのか、あるいは魔術的・霊的存在以外のものなのかも知れない。

 これを検証するには何らかの方法を開発する必要がありそうだ。

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