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65 大ホールでの会話

今夜もアップが遅くなり、申し訳ありません。

 しばらくすると、客たちを再び大ホールへと誘導する。

 楽団のメンバーはすでに移動して、適当な曲を弾いて場を盛り上げる。

 この後は余興の時間で、主にダンスを踊ったり、招待客同士での懇親の時間となる。飲み足りない人は酒を飲むし、もう少し腹に入れたい人向けに軽食も用意されている。

 今回は昼間の宴なので、夜会のような、どことなく艶めいた雰囲気は無い。それに、いくら宴とはいえ、昼間から泥酔するのは、この国(ヴィナロス)に限らず、あまり褒められるものではない。

 窓からは美しく整えられた庭と咲き誇る花がよく見え、その向こうには最後の収穫作業中の小麦畠を望むことができた。

 私は給仕から受け取ったカクテルを片手に、食事会の前に接触できなかった招待客からの挨拶を受けていた。

 その間に、楽団はダンス向けの曲目を演奏しはじめ、数組から10組ほどの人たちが大ホールの中央で踊っている。

「どうにか、うまくやり遂げられたな。」

 ひとまず、挨拶をしに来た人々が引いた頃にアントニオ殿下から声をかけられた。

「メインイベントは済んだね。やれやれだ。」

 私はカクテルを一口含むと、ダンスを楽しむ客たちに視線を向けた。

「で、やっぱりあの件は長考中?」

 殿下もカクテルを一口飲んで、私の顔をじっと見つめた。

「長考中。悪くない話だし、光栄なことだが、まだ1ヶ月なんだぞ。」


 食事会の最中に、アントニオ殿下が私に持ちかけたのはアンドレアの縁談だ。昨年産まれた、アントニオの息子のルカ・ガルダーンと婚約させないか?というのだ。

 ルカ・ガルダーンは【白薔薇の聖女と黒薔薇の魔女】で最初の攻略対象となる人物である『第一王子』だ。

 この王子が聖女側に付けば我が家は娘ともども没落となり、魔女側に付けば私や妻はもちろん王家の人物以下の全員が魔王召喚の生贄にされる闇落ち BAD END になる。

 そのため、はっきり言ってしまえば私はアンドレアとルカ・ガルダーンと婚約させる気は無い。

 ルカ王子との婚約、それはどちらに転んでも私と私の一家の死亡フラグなんだから当たり前である。その理由をアントニオ殿下に言うわけにはいかないが…。

 この国の中枢の末席に連なる身としては最低でも闇落ち BAD END の回避、できれば聖女による断罪エンドも避けるために、必死こいて活動しているのだ。それなのに、自分から破滅に近づく奴はいない。

(アントニオのこの行動は『シナリオの強制力』の現れじゃないだろうな…?)

 アンドレアの祝福式が済み『ゲーム本編の内容が始まった』現在、いよいよそれが本格化してくる可能性があった。

「すまんな。とても大切なことだから慎重に考えたいんだ。娘の性格もまだ分からないし。この件は保留にしておいてくれ。」

「やれやれ、お前も父親らしい事を言うようになったものだな。」

 殿下に冷やかされて、肩を叩かれる。

「そりゃあね。」

 私と殿下のやりとりを見ていたカミーユ・キャストレット妃殿下がすかさずツッコミを入れる。

「ほら、殿下。いくらなんでも焦り過ぎだと申し上げましたでしょう?」

「そうだな。君の言うとおりらしい。」

「妃殿下にも味方していただけるとは、まことに心強く思います。熟考するよう、お口添えください。」

 私はキャストレット妃殿下に応えた。

「ルカもようやく歩けるようになったぐらいですのよ。ちょっと目を離すと思わぬところに行っていて、危なっかしくて縁談などまだ考えられませんわ。」

「我が家でもアレクの時に同様のことを経験しました。当家の乳母はだいぶ悩まされたようで。」

 そうして、私と妃殿下の間で子育て談義が始まった。

「そう言えば、ダルトン様は幼児教育の研究機関を立ち上げられたそうでございますね。後日、詳しいお話を伺いに行ってもご迷惑でないかしら?」

「妃殿下に関心を寄せていただけるとは、望外の喜びでございます。ぜひお越しください。」

 そこにアーノルドが彼の妻とマリアとともにやってきた。


 アーノルドの妻、バーナード公爵夫人クリステル・マージー夫人はバーナード公爵家の領地の1つ、リーモックス領の隣に領地を持っているマージー侯爵家の娘で、妻マリアとは王立学園でのクラスメイトだ。

 私は異性だと言うこともあって当時はあまり親しくなく、名前を聞いたことがあると言う程度だった。社交界にも出てはいたが、私が彼女と話すようになったのは、彼女がアーノルドと結婚してからのことだ。

 クリステル・マージー夫人は家庭的な性格で、結婚して以降、公式行事以外ではたまに見かける程度になってしまっているが、今日は来てくれた。

「アーディアス公爵ダルトン様、今日は(よろこ)びの席にお招きくださり、感謝申しあげます。ご令嬢のアンドレア様の豊かな才能、そして素晴らしい食事会に驚かされました。」

「クリステルったら、そんな他人行儀にしなくていいのよ。」

 マリアは口元を扇子で覆って笑う。

「お祝いの言葉に感謝いたします。おもてなしを気に入っていただいたようで、嬉しい限りです。」

 マリアは彼女とはよく知った仲だから気軽に接しているが、私は一般的な礼儀作法で接する。

「殿下と何の話をしてたんだ?」

「アンドレアとルカ様を婚約させたいって言うから、まだ早過ぎだと保留にさせたんだ。」

「そうだな。気が早過ぎるな。」

 私はアーノルドに事情を説明すると、彼は殿下に向かって言った。

「誰も味方してくれないのかよ〜。」

「赤ん坊同士では見合いにならんだろう。」

 殿下は頭の後ろで手を組んで拗ねてみせるが、アーノルドにも鼻で笑われた。


「なになに?君たちの子供の婚儀なら、私もはりきっちゃいますよ。」

 王都の大神殿の副神官長のアイン・サバティス卿も加わってきた。手にはレモンを入れた炭酸水のグラスがある。

「なんだ、呑まないのか?」

 それを見て、アントニオ殿下が指摘する。

「食事会でワインをいただきました。飲酒を禁じられてはいないからと言って、酔っ払って神殿に帰るわけにはいきませんからね。それに明日の朝の勤行(ごんぎょう)を二日酔いで務めるなんて顰蹙(ひんしゅく)を買いますし。」

「“解毒”を使えば良いじゃないか。」

「奇跡術を自分の二日酔いに使えと!?生臭坊主呼ばわりされますよ。査問会に呼び出されちゃいそう。」

 殿下の指摘に、軽い調子ながら、それはできないとアインは答える。アインは神官として、ちゃんと信仰心があるのだ。

 アインは貴族社会からは少し距離を置いて信仰の道に進んだのだが、それは彼の実家であるサバティス公爵家の内部事情による。三男なのでそういう進路を選べたというのもある。

「久しぶりに全員集まったな。皆で、ちょっと話さないか?挨拶や話しておかないといけない相手はだいたい対応が済んだだろう?」

 殿下は大ホールに付属する、いくつかの小部屋を指した。小部屋といっても、壁に作られた座席のある窪んだ部分で、衝立(パーティション)で目隠しできるようになっている。

 大ホールでの催しにはいろいろな人が来るので、それを機会として密談したい場合がある。そうした時に備えてのものだ。

 

「あら、でしたら、その前に皆さんで一曲踊りませんこと?」

 マリアが提案した。

「4人で揃ってなんて、またしばらく有りませんわ。妃殿下はいかがでございましょうか?」

「ぜひに。私も仲間に加えて踊らせてくださいませ。」

「うん、そうだな。じゃあ踊るか!」

 殿下と妃殿下をマリアはうまく乗せた。こう言うのは本当に上手い。さすが社交界をよく泳いでいる我が妻だ。

「私は相手が居ないから、そこで見ているよ。」

 アインが辞退しようとすると、マリアはすかさず声をかけた。

「アイン様、問題ございません。──ドエルフィ侯爵夫人!こちらにいらして。」

 マリアは友人の貴婦人を一人呼び出した。呼ばれたドエルフィ侯爵夫人はアインの前で優雅に一礼する。

「お初にお目にかかります、副神官長様。ドエルフィ侯爵夫人、ベアトリス・クラレットでございます。どうかお見知り置きを。」

「これはこれは、初めまして。夫君にお許しいただかなくて、大丈夫ですか?」

「他ならぬ公爵夫人よりのお呼び立て、それに夫は今お喋りに夢中ですわ。」

 彼女の視線の先には、カクテル片手に何やら上機嫌で話し込んでいる若い男の姿があった。

「でしたら、事後ですがご挨拶させていただきます。お相手いただけますか?」

「喜んで。」

 こうして、アントニオ殿下とカミーユ・キャストレット妃殿下、アーノルド・バーナード卿とバーナード公爵夫人クリステル・マージー夫人、アイン・サバティス副神官長とドエルフィ侯爵夫人ベアトリス・クラレット夫人、そして私とマリアの8人で手を取って、大ホールの中央へ進み出た。

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