64 フルコースとモランの演出
今夜も公開が遅くなり、申し訳ありません。
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前菜は3種類のデビルドエッグと2種のカナッペの盛り合わせ。
デビルドエッグはゆで卵を半分に切って、黄身を取り出し、その中に黄身を混ぜた具を乗せた料理だ。
今回はマヨネーズに黄身・マスタードをよく混ぜ合わせ、それをホイップクリームのように形良く絞り出した上に、刻んだチャイブとそのピンクの花を散らしたもの・カリカリに焼いたベーコンを細かく刻んでディルの葉をあしらったもの・柔らかく煮たニンジンと千切りにした紫キャベツをあしらい砕いたピスタチオを少し振りかけたものだ。
カナッペはどちらも上に刻んだハーブが加えられたサワークリームが乗せられ、ひとつはその上に薄切りにされた生ハムを巻いてバラの花を思わせる形に整えたものを乗せ、クレソンの葉をあしらっている。もうひとつは赤いフサスグリの実と輪切りにした黒いオリーブの実を乗せ、パセリの葉をあしらってあった。
次のスープはコンソメスープだ。濃い琥珀色の少しの濁りも無い透明なスープ。
その下に数個のトルテリーニが沈んでいる。トルテリーニはパスタで作ったワンタンのようなもので、両端をくっつけて小さなリング状にされている。そしてスープの表面上には緑鮮やかなセロリの葉が一枚浮かぶ。
昔、モランにスープはコンソメより具がたくさんあるのが良いなぁと言ったら“それならシチューに致します。そちらの方が作る手間がかからないので。コンソメは単純なようで、時間をかけて、とても贅沢に材料を使っているのでございますよ。”と言われたことがある。
ある時、秘書官に我が家のコンソメスープのことを話したら“その料理人の人、メチェクチャ手間暇かけてすごい上等なコンソメ作ってますよ。”と真顔で言われた。あまり意識していなかったが、どうやらモランはコンソメを作るのが上手らしいと、それで気付かされた。
魚料理は鮭の燻製を厚切りにして、ハーブや香辛料を加えた白いムースラインソースをかけたものだ。
鮭の燻製をブイヨンに入れて戻しながら加熱し、火が通ったところで取り出して、米のピラフを敷いた上に乗せてソースをかける。その上に繊細なフェンネルの葉を飾り、茹でたアスパラガスを添えれば完成。
ヴィナロスは内陸国なので、大きい魚なんてどうやって用意するんだろうと思っていたのだが、なるほど燻製にした鮭ならば手に入れやすい。やはり料理人というのはこういうところも上手いのだなと感心した。
続いてメインディッシュの肉料理だ。
これはやや意外なことに、鶏肉料理が出てきた。
鶏肉は香ばしく綺麗に焼かれており、その上にスライスされたアーモンドなどを加えた、シナモンの香りが漂う赤フサスグリや木イチゴの実を使った甘酸っぱいソースがかけられている。
もちろん美味しいのだが、やや量が少なめで、もう少し食べたいなと言う気分にされてしまう。周囲の客も悪くは無いけれど、と言う顔だ。
ここで料理長のモランが厨房から出てきて、深々と一礼した。
そして、そのまま窓の近くに控えていた従者に指示を出すと、まるで劇場の舞台の幕が開くようにカーテンが左右に引かれた。
客たちは何事かと外に視線を向けて、テラスで用意されていた子牛の丸焼きの姿を見て目を丸くした。
それは若い料理人たちに担がれて大食堂室内に運び込まれ、物干し台のような台座にかけられた。その下には低いテーブルが置かれ、その上に清潔な一枚の磨かれた板と薄く切ったパンが敷き詰められている。
その子牛の丸焼きは、モラン自身の手によって客たちの前で手際よく解体され、切り分けられ、順次皿の上に置かれてゆく。
これが5品目の料理だった。それは隣に用意された臨時の調理台の上で、茹でたアーティーチョークを添えられ、赤ワインベースの濃厚なソースがかけられ、黒トリュフを薄く削いでかけられた。
モランはもちろん良い部分から切り分け、給仕がそれを賓客の順位に従って運んでくる。
まるでショーのように目の前でおこなわれた調理の仕上げの様子に、驚き、歓声が上がった。
「ダルトン、お前の料理人は場の盛り上げ方がわかっているな!」
「なんか面白いことをしたい、って言うので、話を聞いて、良いんじゃ無いかなって言ったんだけど。」
アントニオ殿下はやや興奮気味に感想を述べた。私は正直なところ、ここまで盛り上がるとは思わなかったのだが、客に喜んでもらえたならそれで良い。
文字通りほぼ丸1日かけて、弱火でじっくり焼き上げるのだが、臭み消しのハーブなどをつけた液をかけながら焼くらしい。ワイルドな感じだが、上等な肉料理とまったく遜色がなかった。
前の鶏肉料理が控えめだったのは、この5品目を引き立たせるためだったようだ。
この料理の興奮が冷めやらぬうちに、6品目の口休めが出される。レモンとラム酒の香るシャーベットだ。
上にスペアミントとレモンの皮が飾られる。使われている酒の量が多めなので、単純にシャーベットと言うよりも、カクテルに浸かったシャーベットと言うのが適切な感じだが。これが広口の半球型をした柄付きのグラスに入れて出された。
シャーベットを作る道具は、実は“凍結”の魔法を永久付与化された金属製のコーヒーミルを巨大にしたような魔法道具を使って作られる。中に材料を入れて、中身をかき混ぜるハンドルがついた蓋をかぶせて、根気よく回すとシャーベット状に凍るのだ。
なお、回さないとシャーベット状にならずガチガチの塊になる。
なんで私が知っているかと言うと、子供の頃にシャーベットを作ろうとして勝手にこれを持ち出し、中をカッチンコッチンの氷の塊で満たしてしまって父と当時の料理長からきつく叱られたからである。
とても高価な──魔法道具で安価なものは無いが──調理道具なので、そこそこ大きい貴族家か裕福な市民の厨房にしかないのだから、叱られるのも無理からぬことだ。
これのサッパリした酸味のおかげで口の中がリセットされて、清々しい。
その次は野菜のズッキーニ詰め。
これは細かく刻んだ各種の野菜やナッツ・キノコ・煮豆とハーブをオリーブオイルやパン粉と一緒に混ぜて軽く炒めたものを、縦に割って中をくり抜いたズッキーニに詰めてオーブンで焼いたものだ。上に刻んだパセリが振り掛けられ、塩胡椒やチーズで味付けされている。
野菜料理なのだが、しっかり味がついていて、食べごたえもある。
肉を使わない野菜主体の料理は味気ないと思っている人には、なかなか意表をつくものだろう。
8品目は、ニョッキと炒めたベーコンをバジルの香り漂うホウレン草のペーストで和えたもの。
ようやく出てきた炭水化物の味に、肉や魚とは違う満足を覚える。シンプルな料理なのだが、重めの料理が続いた後はこうした軽い料理が美味しく感じる。
9品目はサラダだ。これが客の驚きを呼んだ。
つまるところ、生春巻きだった。どこから手に入れたのか、モランはライスペーパーを手に入れていたか、その作り方を会得していたようだ。アル・ハイアイン王国あたりで作っているんだろうか?
チコリ・レタス・赤いタマネギ・パセリ・アスパラガス・粉チーズをそれで巻いて、ちょうど一口サイズになるように切り分け、マヨネーズをベースにしたソースをかけてある。その上に野菜やハーブの花を散らして彩りとされていて、さながら花畑のようだ。
そしてライスペーパーでまとめてあるから、見た目が美しいだけでなく、とても食べやすい。
10品目は冷菜。これはローストビーフを細切れにしたものを、細かく刻んだハーブを混ぜたゼラチンで固めたものが出された。
数切れのそれに、バジルとパセリにチコリを混ぜたちょっとしたサラダのようなものを添えてある。
プルプルした食感と、それが口に中で溶けて濃厚な味が広がる。
11品目が最後のスイーツ。甘いお菓子だ。
ひと口大の可愛らしいケーキや粉砂糖が振られた苺のタルト、薄く切ったオレンジを乗せて焼かれたクレープに生クリームを添えたものが出される。
糖分が補給されると笑顔になるのは誰でも同じらしい。
締めのひと皿にチーズと果物の盛り合わせが出されて、食事会のメニューがすべて出された。
量は絶妙に調節されていたので、腹が苦しいということも、足りないということもなく、おおむね満足していただけた様子だ。
ちょっと気になって、ちょっと離れた席にいるアーノルドを見ると、奴の顔には『もうちょっと食いたい』と書いてあった。壁みたいなマッチョには少し足らなかったようだ。友人の誼で、何か追加で食わせてやろう。
最後にお茶を出されると、あちこちからため息をつく音が聞こえた。
しかし、まだまだ宴は続くのだ。
飯テロ回でした(笑)
実際のフルコースとは順序などが少し違っていますが、意図的なものです。




