62 宴の始まり
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皆様、拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
王太子殿下夫妻の次に来たのは、宰相閣下ことコンカーヴ公爵夫妻だ。
ケモ耳タイプの獣人種族ナハムの二人は、公式の場では彼らの民族衣装で現れる。もちろん民族衣装でも、その豪華版なわけだが。
今日の宰相閣下の装いは異国情緒に満ちている。
七分丈のやや短い袖と、ゆったりとした襞を持つ裾の長いワンピースのようなドレスは、白い絹と金糸・銀糸で繊細な模様を織り出されており、さらに縁に沿ってインドやイスラム建築にあるような唐草模様が金糸と真珠のビーズで刺繍されていた。
その上から金糸と銀糸で植物と小花の模様が刺繍され、見事な模様の金襴で縁取った、向こうがうっすらと透けて見える薄布をサリーかトーガのように体にまとわせている。
額には真珠が揺れる額飾り、首から金と真珠のネックレス、腕にはいくつもの見事な金細工の腕輪をはめていた。爪にはマニキュアで紅色に染めている。耳には金のイヤリング、尻尾には透かし彫りの腕輪のような筒状のアクセサリーを着けていた。
「コンカーヴ公爵アルディア・サイヴス・ハルア様、閣下を我が屋敷にお迎えできて光栄です。」
「丁寧なご挨拶、痛み入る。アーディアス家ご令嬢のアンドレア殿は素晴らしい才能に恵まれた。お祝い申し上げる。」
一礼する私に向けられる、今日の宰相閣下の眼差しと口調は会議の席や執務室で相対する時とは違って心なしか優しい感じがする。
(…いや待て、ダルトン。これは彼女の人心掌握術なのかも知れないぞ。)
私は瞬時に考え直して、笑顔のまま一礼してもう一人のナハムに向き直る。
その人は宰相閣下の夫の、サミール・タリク・クァラハ氏だ。彼は近衛五軍の事務方、軍務尚書のシェーン・フィグレー侯爵の直属の部下を務めている。
彼の存在は宰相閣下から軍への掣肘なのか、それとも、むしろ繋ぐためのパイプ役なのか、今ひとつよく分からない。いずれにせよ表に立たない人物ではあるが、事情をよく知る宮廷人の間では一目置かれる人物だ。
サミール氏はいかにもナハムの軍人らしい、胸板の厚みが服の上からでもわかる体型だ。整えたあご髭を生やし、やや長く尖った犬のような耳と尻尾を持っている。
彼はシャルワーニと呼ばれる詰襟と長袖のある、膝が隠れるぐらいの裾の長い上着に似た服を着ている。それは白い絹地の全面に金色の細かな模様を織り出された布地で作られ、襟とその周辺にだけ、大変に手の込んだ華麗な刺繍が施されていた。
そして同じ白い絹の細身のズボンを履き、上着と同じ布地で覆われた靴を履いている。
片端を左肩にかけ、反対側を右手にからげているのは幅の広い一種のスカーフで、濃い深紅色の布地は金糸の豪華な刺繍で縁取られている。首には幅広の金とルビーのネックレスをかけていた。
「貴公にお会いするのは初めてですね。サミール・タリク・クァラハ様、ようこそアーディアス公爵家へ。ご訪問いただき、ありがとうございます。」
「こちらこそ、アーディアス公爵ご自身に丁寧なお迎えをしていただき、感謝申し上げます。」
彼はナハムらしくヒトより背が高いので、どうしても私は彼を見上げる格好になるのだが、初めて相対する彼の声は思った以上に穏やかなものだった。もちろん、初対面なのでこれが素なのかどうかは判断できない。
その後、内務大臣のムーリン公爵夫妻、上級将軍のカステル公爵夫妻、貴族院議長のモンジェリン公爵夫妻と続き、友人でもある白金竜騎士団団長バーナード公爵夫妻と王都の神殿の副神官長のサバティス卿の顔を見たときはホッとした。
友人をこうした場に呼ぶっていうのには、緊張を解きほぐす効果もあるんだなと改めて実感した。
それから王立魔術院長官夫妻、魔法素材商人ギルド長夫妻・魔術師協会会長夫妻、妻の友人たちなど、私の部下の主だった機関や団体、交友関係のある人物、アーディアス家と関わりの深い機関・団体・商会の長たちや王国やアーディアス公爵領の名士達が続いた。
これだけで1時間以上かかっていた。その間立ちっぱなしで話し続けるので喉もカラカラだ。少し痛い。
「マイケル、これで全員かな?」
「左様でございます。まずはこれで一息おつきくださいませ。」
執事のマイケルは、飲みやすい温度に調節した、温かいレモンの蜂蜜漬けをお湯に溶かしたものを持ってきた。私とマリアはそれを飲んで、一息つく。
ただの水ではなく、喉を癒す効果のある飲み物をすかさず用意してくるあたり、本当に頼りになる執事だ。
「ありがとう。喉がいい感じに戻ったよ。」
「ありがとうね、マイケル。」
「ささ、次は大ホールへ。皆様、すでにお集まりになっておられます。」
マイケルはグラスを受け取ると、すぐに次の場所へと私たちを急かした。本当に今日は休む間も無い。
アーディアス家本邸の大ホールは舞踏会・立食パーティー・立会人を要する重要な私的行事など、多目的に使われる大きい部屋だ。
基本的に他人を呼んで催し事をするための部屋なので、我が屋敷の部屋の中では貴賓室に次いで高い格式と豪華さを持つ部屋となっている。最近では娘のアンドレアの命名式をした。あの時がもう随分と前のように感じる。
廊下を妻と共に小走りで走り抜ける。
「マリア、体は大丈夫かい?」
「ご心配無く。まだまだ始まったばかりですからね。」
私たちの後に、一緒に執事のマイケルと、侍女頭のロレーヌも続く。
「裳裾の無いデザインにしたのは大正解よ。前はなんども転けそうになったもの。」
「確かに、あれは見ているだけでも大変そうだ。」
大ホールに入る前に息と身なりを整えると、従者がドアを開いた。明るい光と花の香り、人のざわめきと楽団の奏でる華やかで軽快な音楽が身を包む。私とマリアは集まった人々の注目を浴びながら、静かにその前へ足を進めた。
「本日は畏れ多くもヴィナロス王国王太子、アントニオ殿下ならびにキャストレット妃殿下をはじめ、我が国の枢要な座を占める方々、誉れある高貴な方々をお迎えして、我が娘アンドレアの祝福式を執り行えましたことに、私、アーディアス公爵家当主ダルトン、妻のマリア、我が父パウロ、母ソフィア、そしてわが嫡男アレクと共に、皆様に深く感謝を申し上げます。誠にありがとうございます。」
この大ホールでの挨拶から、宴の始まりである。