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61 やんごとなき方々のお出迎え

本日はアップが遅くなって、申し訳ありませんでした。

ちょっと長めです。

 馬車が次から次へとやってくる。

 ここはアーディアス家の屋敷の玄関ホール。アンドレアの祝福式を終えた後のパーティーに出席するお客様が途切れなくやって来ているのだ。

 こうした場でお客様をお出迎えするのは当主(ホスト)の務め。そのため、祝福式を終えると私たち一家は馬車に乗り込んで一目散に屋敷へと戻る。領民たちの歓呼の声に応えてあげる余裕は無い。

 身だしなみが乱れていないかだけチェックして、妻のマリアと共に玄関ホールに待機である。


 最初に来たのは妻の両親のアンブローズ辺境候夫妻だった。

「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。」

「お父様、お母様、お久しぶりでございます。」

 私たちの挨拶に、義理の両親は破顔して握手した。

「久しいな、ダルトン殿!実に良い式であった。」

 そういってこの西部国境を護る武人肌の辺境侯は豪快に笑った。

 妻の父、ユリアン・アンブローズ辺境侯は父と同年代で、髪には白髪が目立ち、初老にさしかかった風貌だ。それでも偉丈夫という表現が似つかわしい頑健な体格の男性で、私より頭1つぶん背が高い。

 彼が護る国境の西の山脈を越えた向こうは友好国のアル・ハイアイン王国なので国同士の諍いは無いが、山が深いので魔物(モンスター)や危険な猛獣の出没があり、この義理の父はそれらと日常的に戦って来た歴戦の戦士だ。

 義理の父ユリアンは袖口をレースで飾った深紅色の絹地に金糸の刺繍が施された上着(コート)、それに合わせた赤に金糸で模様を織り出した金襴の胴着(ウエストコート)を着ていた。胸にはアンブローズ辺境侯当主を表すものの他に、王家から賜ったいくつかの勲章を佩用(はいよう)している。


「マリア、元気そうで何より。とても素敵だったわ」

「ありがとう、お母様。今回は全部、私が取り仕切りましたの。」

「本当!?ぜひ話を聞かせてね。」

 妻が話していたのは、老いてなお気品と毅然とした佇まいを失わない義理の母、アンブローズ辺境侯夫人のテレーズ・バーナードだ。姓でわかるが、義理の母は、友人で白金竜騎士団団長のアーノルド・バーナードの叔母にあたる。

 バーナード公爵家は初代から続く武門なので、そこで育った彼女もお淑やかなだけの貴婦人では無い。その腕前を見たことは無いのだが細剣(レイピア)と弓の名手であると伺っている。

 しかし腕を振るう機会に恵まれず(くすぶ)っていたので、魔物(モンスター)の多い西の国境に嫁ぐ時には乗り気だったという。

 嫁ぎ先に向かう道中で魔狼(ワーグ)の群れに遭遇し、そこに迎えに来たアンブローズ辺境侯がたどり着いたため“私と夫は、共にウェディングケーキを切るより先に魔物(モンスター)の首を斬りましたわ”と語ったというのは、彼女の有名な逸話だ。

 そんな彼女も今日は貴婦人らしい装いをしていらっしゃる。

 夫に合わせたのか、彼女は金地に花柄の刺繍が施された胴着、明るい赤に意匠化された大胆な花柄の裳裾を引くスカートと、同じ色と柄の上着(マントヴァ)を着て、細い金色の帯を締めている。首に金とルビーの輝くネックレス、耳には真珠とルビーがあしらわれたイヤリングを付けていた。 

 

「アンドレアはどこかな?孫娘の顔を間近に見たい。」

「仕方がないとは言え、ちょっと遠かったもの。私もそばで見たいわ。」

「家族用の控え室で、父と母と、アレクと一緒におりますよ。」

 私は答えると、控えていた従者に案内させる。彼は義理の両親に一礼した後、二人を先導していった。


 まず身内と言って良い二人を迎えた私とマリアは、次の人物を迎えに玄関を出た。そのほかの従者や女使用人(メイド)たちも並んで、お出迎えの態勢を整える。

 見えて来たのは漆黒に金色でヴィナロス王国の国章と王太子の紋章が描かれている、ひときわ豪華な6頭立ての馬車だった。乗っているのは王太子殿下ご夫妻である。

 いくら私がアントニオ殿下と個人的に親しくても、公の場では将来の国王と家臣の関係。馴れ馴れしくすることはできない。


 王太子殿下の豪華な馬車が止まり、馬車の後部座席から数人の侍従がぱっと降りて、一人が緋色の敷物を敷き、もう一人が踏み台をドアの前に置いた。そして一人が、(うやうや)しく馬車のドアを開いた。

 アントニオ・ガルダーン・ド・ヴィナロス王太子殿下が姿を現した。

 王太子殿下は馬車を降りると、後から降りて来たキャストレット妃殿下の手を取りエスコートする。

 二人とも王族、それも公式の場なので黒いベルベットに金糸の刺繍の施された礼装での出席だ。黒に金色の組み合わせは、この国(ヴィナロス)では王族にのみ許された色の組み合わせだ。

 アントニオ殿下は膝あたりまである長い立襟の上着(コート)を来ている。それは大きな(カフス)・襟・前たてに金糸をメインに、銀糸やそのほかの色糸を使って華麗な刺繍と多数の金色のボタンで飾られている。後ろにウエストを絞るためのベルトがつき、また前たての下の方を少し斜めに切ってあるので、もともとスタイルが良いアントニオの姿をより美しく際立たせていた。

 そして同じモチーフの胴着(ウエストコート)を内に着て、細身のズボンは裾近くの外側に、数個の飾りのボタンが付いているだけのシンプルなもので、それによってかえって彼の長くて形の良い脚が強調されているのだった。胸には王太子の地位を表す勲章の他、いくつかの勲章を佩用(はいよう)している。

 髪は()かして後ろに流し、少し長めの後ろ髪を金糸の刺繍がある黒いリボンでまとめている。その見る人の9割9分ぐらいがイケメンと認める貴公子然とした顔と、スタイルの良さと、筋肉質の適度な厚みのある身体と装いが相まって、完璧な王子様の姿だった。

(これが勇者の子孫補正なのかなぁ?)

 私はいつもこの完璧イケメンぶりを見て思う。これで性格も良くて、知性や倫理観もまともなのだから、マンガに出て来そうなハイスペックさである。


 その彼の妻、キャストレット妃殿下は北方のある王国の王族出身の姫君で、これもまた立派な貴婦人なのだった。

 ヴィナロス王国が特にそうなのだが、わが国では能力を重んじる傾向が強い。

 家柄も考慮はされるのだが、無能な家臣は有害、とハッキリと国是に書いてあるぐらいだ。そのため性別を問わず家長や行政の責任あるポストに取り立てられる。ときどき、なんで私が宮廷魔道士長になれたんだろうと思うほどだ。

 その一方で、北方のヒトの国ではしばしば理由を問わず男子優先、女子の教育や訓練が軽んじられることが少なくない。

 そんな中でカミーユ・キャストレット妃殿下は幼少の頃から勉学に、魔術修行に、剣技など武道の訓練に励んでおいでだったそうだ。

 “甘いお菓子も好きですけれど、難しい課題を解けた時の達成感には劣りますわ”とは彼女の言葉である。本人曰く“国許の令嬢の集まりでは浮いていた”そうだが、この国ではむしろその努力が報われた形になり毎日が楽しいらしい。アントニオ殿下との結婚は良縁だったと言えるだろう。


 今日のキャストレット妃殿下の姿は、やや北方風に仕立てられた大きく広がったスカートが印象的なシルエットを作るドレスだ。

 絹と金糸・銀糸で織られた金襴に真珠が散りばめられた豪華なもので、腰がくっきりとくびれている。上半身は体に合わせて彼女の体型を強調し、前は大きくV字型に開いており、内側に着込んでいる金ボタンで飾られた同じ布地の胴着を見せていた。スカートは大きく襞をとって、量感(ボリューム)があり、後ろに短めの裳裾を引いている。

 そして金色の繊細な刺繍と小粒のダイヤモンドがあしらわれている黒いレースのショールを肩に掛け、頭には宝冠(ティアラ)が輝いていた。首には大粒のダイヤモンドが輝く金のネックレス、耳には金とダイヤモンドのイヤリングをつけていて、輝かしいような姿だ。手には黒檀に精緻な透し彫りを施した扇を持つ。


「畏れ多くも、王太子アントニオ殿下とキャストレット妃殿下を我が屋敷にお迎えする光栄に浴し、アーディアス公爵家当主ダルトン、妻のマリア・アンブローズ以下、一家のものども、喜びに堪えません。」

「お出迎えご苦労。アーディアス公爵家当主ダルトン、その妻マリアよ、面をあげよ。」

 ここまで私ら一家はもちろん、出迎えに出ていた使用人達は全員、お辞儀をしたままでいた。

「出迎え大義である。浄福(じょうふく)なる神々の神慮(しんりょ)もめでたく、そなたの娘アンドレア嬢への神々の恩寵(おんちょう)深き事、まことに祝着至極(しゅうちゃくしごく)である。」

(かしこ)くも王太子殿下に寿(ことほ)いでいただき、(しん)は無上の歓喜に打ち震えております。」

重畳(ちょうじょう)重畳(ちょうじょう)。」

 アントニオ殿下と私は儀礼的なお祝いの言葉を交わす。

「アーディアス公爵家夫人、マリア・アンブローズ様。おめでとうございます。今日の喜びの日にお招きいただき嬉しく思います。」

「畏れ多くも妃殿下にご臨席いただき、大変光栄にございます。また我が娘にお祝いのお言葉を頂戴し、我が娘に代わって感謝いたします。」

 そうして、私とマリアはアントニオ殿下とキャストレット妃殿下を我が屋敷の貴賓室にご案内して、しばらくご休憩いただくことにした。


「歯が浮くような感じだったな、ダルトン。」

「公式の場での儀礼を、おろそかにできませんからね。」

 私らの他は数人の使用人がいるだけの貴賓室に入ると、いくぶんくだけた感じになった。

「カミーユ妃殿下、パーティーが始まるまで、しばらくお待ちくださいませ。」

「この香りはあなたがいつも持ってきてくださるハーブティーね?良かった、今日も飲めて。」

 キャストレット妃殿下は用意してあったハーブティーの香りに気づいたようだ。

「妃殿下にいつも頼まれますからね。お帰りになる時、いつもより多めにお持ちいただけるようにしますわ。」

「まあ、嬉しい。」

 女二人はいろいろ話すことがあるようだ。

「では、両殿下、また後でお会いしましょう。」

 私とマリアはお二人に一礼して、再び玄関ホールまで小走りで向かった。これから客がどんどんくるのだから。

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