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59 祝福式へ

 彼女が着ているのは、ダイヤモンドが煌めく金色の細身のベルトをハイウエストで締めた、白い絹地に金糸と真珠で飾られた花と植物の複雑な刺繍とドレスと、繊細なレースが幾重にも重なるスカート。

 そして肩に掛けている、白いレースの上に絹糸で色とりどりの刺繍の小花を散らしたショール、その両端を腕にからげている。ベルトからは貴婦人必携の小物である扇が下がっていた。ふだんは手に持つものだが、今日は娘を抱くから今回はこの位置だ。

 手首には細いのだが、金と聖銀(ミスリル)の装飾的なデザインのチェーンにいくつもののダイヤモンドが輝くブレスレット。首回りを飾るのは小粒の真珠をレースのように連ねて作られたネックレス。その端のパーツは揺れるようにできており、わずかな動きにも揺れて輝いた。

 頭には華やかな造花とリボンのついた大きなつばの白い帽子をかぶり、耳には真珠と金のイアリングを飾っている。彼女の波打つ豊かな黒い髪は後ろで結い上げて、一部を後ろに流していた。近くに寄ると、マリアのまとうバラに似た甘い香りが私の鼻をかすめた。


「うわぁ。試着の時も綺麗だと思ったけれど、やっぱりちゃんとドレスアップするとすごく素敵だよ。」

「あらあら、惚れ直したかしら?もっと褒めていいわよ。」

 マリアもまんざらでもない感じで、自信に満ちた笑顔を見せる。これが王都の社交界の中心部で確固とした地位を占める彼女の戦闘服(バトルドレス)なのだから、ある意味当然か。

「アンドレアは?」

「今はロレーヌに世話してもらっているわ。さすがに式が終わるまでは、このドレスを汚すわけにいかないから。さっきおしめを替えたから、たぶん式の最中までは保つと思うのだけど。」

 確かにそうだ。神殿の洗礼盤で下の汚れを綺麗にするわけにはいかない。


 そんな話をしているうちに、ロレーヌがアンドレアを抱いてやってきた。

 ロレーヌも今日ばかりは、いつもの上質だが基本的に質素な佇まいの侍女の装いではなく、礼服姿だ。

 白いスカートの上にレースのスカートをもう一枚重ね、その上に銀糸の刺繍が施された青いドレス。肩に刺繍を施された白いスカーフを掛け、胸の前で結んでいる。髪は上げて後ろで結っているのはいつもと同じだが、頭に被るキャップは白いレース製で小さな花の飾りが付いていた。

 全体的にアーディアス家の女使用人(メイド)たちの礼装と同じだが、ロレーヌのものはその上位互換といった感じだ。それは威厳あるマリア付きの侍女たちの頭にふさわしい。

「アンドレアお嬢様の身支度は万端、調いましてございます。」

 彼女の腕に、なんというか小さな真珠と金糸・銀糸の刺繍で飾られたレース編みの集合体が抱きかかえられていた。なんとなく淡い光を帯びてすら見えるような中心に、小さなアンドレアのあどけない顔が、レースの隙間から小さな手が見えた。

「なにあれ!」

「なにって、祝福式用の産着ですわ。」

「アレクの時もあんなだったっけ?」

 私は頭を捻って思い出す。今ひとつ記憶が薄い。ガチガチに緊張していて、順調に式を済ますことに必死だったからかもしれない。

「そうですよ。嫌だわ、覚えていらっしゃらないの?」

「ごめん!緊張しすぎてて、式の時のアレクの産着がどうだったか覚えてない…。」

「まあ、あなたったら。せめてアンドレアのは覚えてあげてくださいませ。」

 マリアに怒られ、ロレーヌからちょっと冷たい視線を送られ、私は反省するしかない。私とマリアは玄関ホールに向かった。


 玄関ホールはすでに祝福式後に客を迎える準備ができている。

 父のパウロと母のソフィアも、華麗な礼装姿で待っていた。さすがにこうした装いが様になっている。

 アレクも礼装姿のナターシャに伴われて待っていた。

 アレクもは青いベルベット生地に白いレースと金糸と銀糸の華麗な刺繍、金色のボタンで飾られた上着(コート)を着ていて、全体的には私と似たような姿をしている。私と違うのは小さな三角帽をかぶっている事だ。

「おお、なんとも可愛い格好じゃ無いか。」

「かこいい!」

 幼児なりにポーズをとって見せたアレクを、私は抱き上げてあげる。こんなんでキャッキャと喜ぶのだから小さい子供は微笑ましい。

「旦那様、お召し物が汚れます。」

「おっと、そうだな。アレク、手をつないで行こうな。」

 ナターシャの指摘に私はアレクを下ろし、アレクの小さな手を引いた。まだ彼の手は私の手の中に収まるほどの大きさしかない。

 そこには集まった礼装姿の女使用人(メイド)長のラバールと従者長のアルバン以下、アーディアス家の本邸で働く主だった者たちがいた。

「じゃあマイケル、後を頼んだぞ。」

「お任せください。」

 玄関の扉を従者が開き、玄関に待機していた儀礼用の馬車に私達一家は乗り込んだ。


 礼装姿の御者が胸を張って馬車を出発させる。家紋のある馬車本体も、馬車を引く4頭の馬を繋ぐ馬具も典礼用の装飾がついた(きら)びやかなものだ。その前を我が家を護衛している武官が騎馬に乗って先導し、また後ろを固める。

 領都の神殿までの道沿いには領民たちが詰め寄って、私らを見ようと集まっていた。

 滅多に無いイベントなのでそりゃ、集まるのも無理はない。

 手を振ってくる集まった民衆、その彼らになにかしらを売りつける商売人、店の前に屋台を出して集まった見物人たちに飲食物を売るなどしているのを見て、私は娘の祝福式は『我が家の行事』を超えた意味と効果を持っていることに今更ながら気付かされた。

(そうだよな。私はアーディアス家の当主で、この領地を収める領主なんだ。)

 日々の雑忙(ざつぼう)と、自身の未来を変える事に囚われて、そのことをすっかり忘れていた。彼らの存在が、日々処理する書類上の概念になってしまっていたのを思い知らされた。

「領主失格だな…。」

「どうしたの?」

 隣にいた妻に訊かれたが、独り言さと言ってごまかした。

 やがて、目の前に白亜の神殿とその前に集まった群衆が見えてきた。

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