5 大型ワンコ系イケメン王子と壁みたいなマッチョな将軍は友人です
妻の出産・そのあとの儀式の準備・その他の書類手続きなどで、3日ぶりに宮廷に上がった。宮廷魔術師長のオフィスは上級の行政機関が集められている宮殿の西翼にある。秘書官など数人の部下を連れて歩いていると、向こうから何やら目立つ人物と護衛の騎士やら侍従やらの小集団がやってくるのが視界に入った。
「久しいな、ダルトン!娘が産まれたと聞く。おめでとう!マリア夫人は息災か?」
快活な声で話しながら、大股で歩み寄ってきたのは、この王国の王太子こと第一王子のアントニオだ。娘が王立学院に入学する頃には即位して国王アントニオ3世を名乗るのだが、この時はまだ譲位を受ける前だ。
筋肉質で厚みある体に背も高く、明るい金髪にエメラルドのような緑の瞳、男らしくも整った気品ある顔立ち、完全なイケメン王子様だ。シナリオ通りなら娘の将来の婚約者の父親である。
「王太子殿下にあらせられましては、ご機嫌麗しゅう。妻の健康にお気遣いいただき感謝いたします。」
「おいおい、俺とお前の仲だろう?他人行儀は無しだ。」
王太子殿下は恭しく挨拶と礼を述べる私の肩を抱いて引き寄せる。顔をぐいぐい押し付けてくる。
ちょ、イケメンの顔が近い。キラキラが眩しい。
「娘かぁ。俺の息子とちょうど良い感じになれるんじゃないか?」
「良い感じって…。殿下、娘はまだ生まれて間もないんですよ。気が早すぎます。」
「そうは言っても、周辺ではもう腹の探りあいが始まっている。俺としてはお前の娘ならば面倒事が少なくて楽できそうなんだがな。」
貴族にとって婚姻は財産相続の問題も絡んで、いちばんの関心事だ。ましてや王家と上位貴族なら政治的な思惑が絡んでくる。
今は王家の後継者問題は無いが、野心や権勢のおこぼれにあずかろうと企む輩は少なくない。
「バーナード卿の子はみんな男だしな。」
妻の実家のバーナード公爵家の子は3人いるが、現当主の子は全員男児である。私は他の同世代の主だった貴族たちの顔ぶれを思い出す。
(う〜ん、それなりにいそうなんだけどな。)
たぶん、同い年、あるいはプラスマイナス5歳以内とすると、20〜30人ぐらいは候補となりうる令嬢がいるはずだ。
ここで私ははたと気がついた。
(そうだ。娘をあの第一王子の婚約者にしなければ、娘の魔女エンドを避けられるのでは?)
第一王子には別の侯爵か伯爵の令嬢を見初めてもらい、我が娘は王子以外の人物に嫁してもらおう。それが良い!
王子、それも第一王位継承候補者の妃ともなれば公爵家の娘を娶るのが慣例ではあるが、侯爵・伯爵家から嫁いだ前例もある。一筋縄ではいかないだろうが試してみる価値はある。
「いやいや、やはり気が早すぎます。このお話は娘が成長してからで!」
「固いこと言うなよ〜。」
大型犬のような感じでじゃれ付いてくる王太子殿下に抵抗していると、不意に後ろから羽交い締めにして引き剥がされた。
「王太子殿下、アーディアス卿、仮にも宮殿の中です。じゃれ合うのは他所でなさってください。」
私を王太子殿下から引きはがしたのは、将軍で白金竜騎士団団長のアーノルド・バーナード公爵だった。厚みある筋肉質の体と2m近い長身でほぼ壁である。膂力も凄まじく、この国の平均的な体格の私など片手で軽々と持ち上げてしまうほど。男前系イケメンだ。
「バーナード卿、ありがとう。助かった。」
アーノルドに降ろされると、私は礼を言った。
「なに、礼には及ばん。」
ふんと鼻を鳴らしてアーノルドは王太子の方を向く。
「なんだ、アーノルド。久しぶりに会った友人との仲を温めていたのに、邪魔をするな。」
「殿下、旧交を温める前に仕事をしてください。」
王太子のアントニオと白金竜騎士団団長のアーノルドの二人は私の古い友人だ。子供の頃から交流があり、王立学園でも同級生だった。二人とも結婚していて子供もいる。
「“勲の間”に、武官がそろそろ集まっております。」
「皆、早いな。私が遅れるわけにはいかない。アーディアス卿、命名式には私は行けぬが、名代に祝辞と祝いの品を届けさせる!それで許してくれ。」
「誠に光栄でございます。殿下に感謝申し上げます。」
王太子のアントニオは友人ではあるが、将来の君主と臣下の関係をおろそかにできない。私は深く一礼をした。
「アーディアス卿、軍務の関係で多少遅れると思うが出席できると思う。遅参を許してくれ。」
「構わないさ。来てくれるだけ嬉しいよ。」
私がそう答えた後、アーノルドは王太子殿下の後を追った。
家族が優先ではあるけれど、やっぱり友人たちも助けなくちゃな、と私は2人の背中を見送った。