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52 父上、それ聞いてないんですけど

週間ファンタジー異世界転生/転移ランキングBEST300で284位でした。

みなさま、拙作をお読みくださり、ありがとうございます。

 パンがいっぱい食べたいアレクに、私はパンの入った籠を取って自分で取れるようにしてあげていた。

 我が家では食事の席に置かれるパン籠に盛られたパンは、あらかじめ切ってあり、添えられたトングで自分の皿に取るようになっている。そしてバターやジャムを塗るのだ。

 息子のアレクはまだ3歳だから、手が届かないので籠を取ってやらないといけない。トングの使い方もまだまだだ。

 今日の朝食は、数種の野菜と塩漬け肉のスープに、切ったチーズ、ゆで卵、木イチゴが入ったヨーグルト。パンに塗るためのバターと数種のジャムが用意されている。

 他の貴族家はともかく、アーディアス家は3食しっかり食うのが習慣だ。

 普段の朝食は家族だけの気楽な席だから、テーブルマナーも少々ゆるめで、話をしながら摂る場合が多い。

「このところ、ずいぶんと忙しい様子だけれど、祝福式の後もそうなのかしら?」

「そうだね…。」

 話して良いものか一瞬迷ってから、どのみちわかるのだしと思って言うことにした。

「実は近いうちに、(ドラゴン)の狩場へ、金角の黒竜王の住処(すみか)へ特使として行くことになったんだ。」

 妻のマリアはもちろん、その場に居る父も母も、そして給仕などをしていた使用人達も一瞬動きを止めた。

 様子が変わらないのは無心にパンを食べているアレクだけだ。それでも雰囲気の変化を感じ取ってか、パンを握ったままキョロキョロした。

「それは無事に戻ってこれるのですよね?」

 マリアはいくぶん顔を青くして尋ねてきた。

「そりゃ、もちろんさ。あそこの(ドラゴン)は我が国と友好関係にあるからね。むやみに襲われたりはしないはずさ。」

 私はそう強がってはみるものの、不安を完全に払拭できない。それは何にだって言えるが、(ドラゴン)が相手の場合は間違いがそのまま死に直結しかねないところが他と違う。


「ガンゲス公が一緒じゃろう?心配要らぬわ。」

 父のパウロはそう言って食事を再開した。

「そうね。この人もちゃんと帰ってきたんですもの。大丈夫でしょう。」

 母のソフィアもパンにマーマレードを塗る作業を再開した。

 二人とも、まるで日常の業務報告を聞いたような気楽さだ。

「父上、母上、ちょっと待ってください。なんか気楽すぎませんか?それに帰ってきたって、なんです?」

 さすがにちょっと気になって問いかけた。

 私はこのアーディアス家の当主なんですけど?まだ幼児とはいえ跡継ぎになる子供もいるからと言って軽く扱いすぎません?と、さすがに思った。

「気楽も何も…。わしはあそこに行ったからな。」

「何それ!?初耳です!」

「ダルトン。家族だけの朝食とはいえ、大きな声を出すのは慎みが足りませんよ。」

 父の思いがけない発言をよそに、それに驚いた私を母はやんわりとたしなめた。

「あ…、これは見苦しいところを。父上、その話を詳しくお聞かせ願いたいのですが。」

「話した事が無かったかの?お前が子供の頃、寝物語がわりに聞かせてやったのぅ。」

 詰め寄る私をよそに、父は懐かしそうに話す。

「いつ頃の話です、それ?」

 私は必死に記憶を探る。ときどき父が寝る前に本を読み聞かせてくれていた記憶はある。が、父が(ドラゴン)の狩場に行った話など覚えていなかった。

「たしか、お前が3歳か、4歳ぐらいの時だったかの。」

「覚えているわけがありませんよ。」

 私はさすがに呆れて言った。

「そうねぇ。あまり話したことは無かったかもね。パウロが金角の黒竜王の住処(すみか)に行ったのはダルトンがお腹にいた頃だったし。」

 母も食事の手を休めて過去を思い出しているようだ。

「だから私も、マリアさんが心配するのも分かるの。あの頃、毎日お友達が来てくれて、励まして支えてくれたのよ。」

「まあ、お義母(かあ)様、そうだったのですか。」

 母とマリアの会話を横目に、私は父に質問する。

「それはなんで(おもむ)いたのです?その時の記録は?全部見せてください!」

「あれは国王陛下の戴冠式に、金角の黒竜王の名代として当時のガンゲス公爵家の当主が来ておったんじゃ。そして、わしはその返礼の特使として、戴冠式が終わった後にガンゲス公と一緒に(ドラゴン)の狩場に行ったんじゃ。金角の黒竜王グレンジャルスヴァールとの謁見もしたぞ。」

 それで私は納得がいった。単純に興味があるからと言う理由で、あそこに入ることはできない。だがこれならばすぐに入国できるだろう。

「で、その記録はどこに?」

「陛下に報告書を提出したし、それの写しも外交文書館にあるはずじゃ。私的なメモも捨てずに保管してある。探しておいてやろう。今日の出仕から帰ってきてからで良いな?」

 父は何やら嬉しそうに話した。自分の息子の世話を焼けるのが嬉しいのかもしれない。

「ええ、それでお願いします。」

 ホッとした様子の私を見て、父が尋ねる。

「ところで、わしがあそこに行ったのは陛下はもちろん、ムーリン公・カステル公・モンジェリン公は知っておるはずだが。なんも言っておらんかったか?」

「いえ、何も。妙に私を推しましたが。」

「あいつらめ…。」

 私の答えに父は眉間にシワを寄せたが、私はあえて理由を尋ねることは避けた。

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