51 祝福式の衣装合わせ
週間ファンタジー異世界転生/転移ランキングBEST300で261位でした。
みなさま、拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
私は翌日から家の仕事と宮殿の仕事、両方で忙しかった。
理由は単純で、娘のアンドレアの『祝福式』が迫っているからだ。前日と当日は休みを取ってあるので、それまでに領地の事務処理も公務も進めなくてはいけない。それが終われば竜の狩場への出張である。
今日も今日とて、起きて顔を洗って軽食を済ませたら、さっそく寝室で最初の仕事。まずは祝福式の時に着る正装の試着だ。
「来れないと言ってきた人への返事はどうしようかな?」
「執筆に任せ、サインだけにしてはいかがでしょう?」
「そうだな。自分で書かないといけない人だけ書くか。」
私は試着をしながら執事のマイケルと領地での仕事のことを話していた。周りでは服のデザイナーと針子が数人動き回っている。仮縫いした服に修正が無いかの最終チェックだ。
膝上ぐらいまである長い上着は紺色に薄い青の細い縦縞模様が入った絹の布地で仕立てられ、レースのヒラヒラした飾りが付いた大きな袖、立てた襟から前たて部分には金糸銀糸と絹糸、さらにはキラキラ光るビーズを使って花と植物をモチーフにした豪華な刺繍で装飾されている。
そして前たてにズラリと並ぶ必要以上のたくさんのボタン。その金色のボタンはひとつひとつが精緻な金細工で、アクアマリンまで埋め込まれている。しかもこのボタン、ただの飾りで実用性は微塵も無い。その証拠に前たての左側にはひとつもボタンホールが無いのだ。
その上着の下には輝く金のボタンと隙間無く花と植物が刺繍された豪華絢爛たる胴着、素晴らしく繊細なレースのネクタイがその上に来る。
上着と同じ布地で仕立てられている膝下までの丈のズボンは上と比べると装飾が少ないが、それでも裾にはやはり同じモチーフの豪華な刺繍と、裾の外側の部分には金色のボタンが飾りとして付けられているのだった。
そこに白い長い靴下と、エナメルがツヤツヤに光る黒い靴を履く。
目の前には大きな鏡があるのだが、目の前にいるのは漫画とかに出てきそうな『お貴族様』の姿をした私だった。
(馬子にも衣装と言うけれど、なんかすごい!本当に昔のヨーロッパの貴族っぽい!)
雰囲気的には18世紀ごろのものと同じような格好だ。豪華絢爛な作りなのだが、決して下品に見えない洒脱なデザインになっている。当日はこれに、御前会議の時につけていた家宝のネックレスや勲章も佩用するのだ。
こんな服を着ると、キラキラなイケメン王子のアントニオ殿下や、マッチョな壁の男前将軍のアーノルドにも負けない存在感が、私にも出るのかも…と期待してしまう。
「よくお似合いでございます、公爵様。やはり立襟にして、男性的な凛々しさを表現したのは正解でございました。」
「旦那様、本当に輝かしいばかりでございます。」
デザイナーとマイケルが褒めるので、すっかりその気になってしまう。
「そうか。なら問題ないな。これで行く。」
しかしこれ、いくらするんだろ?と考えてしまうのが、現代地球の常識を得てしまったゆえの悪い癖だ。自動車が楽に一台買えそうな気がする。今回はすべて妻のマリアに任せてしまったため詳細を把握していない。
もっとも、今回のこれは公式な場で着る、言うならば『見栄を張ってなんぼ』な服なので高価であっても問題無いし、こうしたことに大金を使っても良いように経理を管理しているわけだが。
ちなみに王族以外、公式の場で着る服に黒地に金糸の刺繍は禁止である。ヴィナロス王国では黒と金の組み合わせの服は王族専用なのだ。
「ところで、マリアのドレスはどうなっているのかな?」
私の質問にデザイナーは満面の笑顔を浮かべて答えた。
「もちろんではございますが、それはそれは素晴らしいドレスに仕上がっております。マリア夫人の提案も取り入れて、社交界で話題になること間違い無しでございましょう。」
すっかり忘れていたのだが、妻のマリアは臨月になる前は社交界の中心的な人物だったのだ。
「へえ、見ても大丈夫かな?」
「どうでございましょうか?ちょっと様子を見て参りますね。」
デザイナー氏は妻の寝室へと小走りに出てゆく。ややあって、妻の侍女頭のロレーヌが顔を見せた。
「旦那様、奥様がぜひご覧に入れたいと仰せでございます。」
「じゃあ、見せてもらおう。」
私はさっそく妻の寝室に入った。
「ほら、見てください。素敵でしょう?」
部屋に入るなり、マリアの嬉しそうな声が弾んだ。
マリアが着ているのは、我が国の貴婦人たちが愛用するハイウエストのドレスだ。コルセットを用いず、エンパイアドレスと言われるものに似ているが袖は長い。
白い絹地で仕立てられたドレスは、ウェスト部分から下の前身頃が左右に分かれており、その縁と裾は縁飾りと言うには幅広い面積に、金糸と真珠で飾られた花と植物を意匠化した複雑な刺繍が施されている。
後ろに長く引く裳裾は無く歩きやすそうだが、その代わりに軽やかなで繊細なレースが幾重にも重なって自然なボリュームを実現させている。
ウエストを締めるのは金色の細身のベルトで、どころどころにダイヤモンドが煌めいていた。同じく袖の上腕部の膨らみを作る絞った部分にも、同じように金色のリボンと宝石の煌めきがある。
そして白いレースの上に絹糸で色とりどりの刺繍の小花を散らしたショールを肩に掛け、また腕にからげているのだった。
頭には華やかな造花とリボンのついた、大きなつばの白い帽子をかぶっている。
「ねえ、斬新でしょう?前から裳裾は邪魔だと思ってたから、デザイナーや友人たちと相談して、思い切って取ってみたの。でもそれだけだと、ちょっとさみしいから、スカート部分で魅せるのよ。」
マリアは上機嫌だし、デザイナー氏も笑顔だ。
「わあ、すごく綺麗だ。」
私には女性のファッションの良し悪しの判断がつかないのだが、妻のマリアにはよく似合っていると感じられた。貴婦人らしい豪華さと上品さを兼ね備えている。
「ちょっと歩いてみたのだけど、やっぱり歩きやすくて良いわ。アンドレアを抱いて歩かないといけないから、歩きにくいと不安があるのよね。」
「エスコートするのに。」
「赤ん坊を抱きながらだと腕を組めないでしょう。」
私は言われて思い出した。そうだった。
「いかんな…。」
「もう、しっかりしてくださいね。」
妻に叱られて、私は天を仰いだ。
「ジュエリーはどうするんだい?」
「今回は新しいのはブレスレットだけね。他は手持ちを使うわ。」
その後、その服を脱いで、デザイナーと針子の一団はそれを仕上げるために持って帰った。明後日に納品らしい。
衣装合わせだけで1時間ほど掛けていた。
私とマリアは普段の室内着に着替えてから、久しぶりに手を繋いで朝食を摂りに小食堂室へ向かった。




