50 調査官ベルペックからの報告
週間ファンタジー異世界転生/転移ランキングBEST300で240位でした。
みなさま、拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
なんとか50話までこれました。
でも、まだ物語開始から作品内の時間は1ヶ月経っていないのですよね…。
「はぁぁぁぁぁぁぁ〜。」
「盛大にため息を吐いたって何も好転しませんよ?気持ちは理解できますけど。」
秘書官にそう言われても、やっぱり気分は晴れない。
宮廷魔道士長の執務室に戻った私は、椅子にどっかりと座って天井を仰いだ。窓の外はすっかり日が暮れて星が見え始めている。
「まあ、そうなんだけどね。」
日も暮れたし、今日はこれまでにしようかなと思った時にノックの音がした。
「閣下。今朝のご命令の件で、口頭で報告を申し上げたく。」
控えめな男の声が響いた。
「ベルペックか。入れ。」
今朝、霊媒師たちへの聞き取り調査を命じた調査官たちの一人が静かに入室してきた。
調査官というのは、その名のとおりアレコレの調査を専任とする官僚たちだ。
部署によって違うのだが、宮廷魔術師長の下で働く調査官は、魔物の発生調査・新魔術の安全性確認試験・指定された魔法道具の品質の市場調査・魔術や魔物に関する文献調査など、幅広い内容に渡る。
そして魔術がらみの可能性が高い事件・事故の調査研究も彼らがおこなう。
ベルペックは壮年のヒト男性で、ところどころに白髪が混じり出した長身痩躯の静かな印象の人物だ。若い頃はいっぱしの探検家として活躍していたらしく、魔術がらみの少々不穏な内容の調査を担当している。
「お急ぎの様子でしたので、まずは取り急ぎ口頭でご報告します。文書化には1日の猶予をいただきたく。」
「それで良い。で、どうだった?」
「王都内で話を聞けた者からは特にこれといった話は。ただ東の街道から来た者は、東方に不穏な気配を感じている者がおりました。」
ベルペックの収集した範囲では、特に異常な霊の活動は見られず通常の範囲内だったとのこと。ただし、東に近づくほど『言い知れない不安』を感じることがあったと語る者が数人いたと言う。
「他にさまよう霊がちょっと多いかもしれない、と話した者が。その者は“死霊送り”の形代を10個下げていました。」
“死霊送り”は霊媒師の仕事のひとつで、行き倒れた者や遠くで死んだ者の霊を形代に移して故郷に連れて帰るものだ。遺族に形代ごと渡して終了となる。
遺族は霊を連れ帰った霊媒師に礼金を渡すか、一泊させてもてなすのがしきたりではある。
だが、これを騙る詐欺師も多いので霊媒師が差別される一因にもなっている。“口寄せ師のレイラ”の詩にも、死者を送り届けた先で詐欺師扱いされ、寒い夕べに水をかけられて追い返される悲しみを詠ったものがある。
そのため霊媒師にはこの仕事をしたがらない者も多いと聞く。まあ無理も無いだろう。10人分連れてゆくとは今時珍しいのでは無いか。
「そうか…。もうちょっと情報持ってそうな──ええと、ほら『ガラシレ横丁の占いババ』とか。」
“ガラシレ横丁の占いババ”とは、王都周辺の霊媒師の元締めのようなことをしているレオノラという名の老女で、王都の下町のゴチョゴチョした一角にあるガラシレ横丁という通りに占いの店を構えている。
この王都で魔術師をしている者なら、一度くらい名前を聞いたことのある霊媒師である。私は会ったことは無いのだが霊媒師としての腕は確かだと聞く。占いの方は知らないが、熱心に通う者もいると聞くので、それなりに占い師としての腕もあるのだろう。
「真っ先に行きましたが、不在でした。」
「なんと。」
私はちょっと驚いた。もう結構歳だと聞いていたし、旅するには苦労が多いだろうにと思ったのだ。
「姉が死んだと本人が知らせに来たので葬儀と遺品整理のために、2ヶ月ほど前に旅立ったとか。そろそろ戻るはずだと留守番役の女が言っていました。」
死んだ本人が知らせに来るとは、なんとも霊媒師らしい話だと私は思った。
「なるほど。それではあまり他人に関わらせるわけにはいかないものな。」
「姉が居たのはヒエレスとヤー=ハーンとの国境近くだそうなので、後日詳しく事情を聞く予定です。」
ヒエレス王国はヤー=ハーン王国の北に位置する国だ。
「それは好都合。いろいろ訊けそうだな。」
私は今日の情報収集の成果をまとめて明後日中に提出と、ベルペックに命じて下がらせた。
どうかすると竜の狩場に行く途中で、ガラシレ横丁の占いババことレオノラと行き合うかもしれないな、と思った。
それはそうと、もうすぐ娘のアンドレアの『祝福式』なのだ。それまでに仕事の調整を済ませておかねばならない。
「ゆっくりできる日は遠のきそうだなぁ。」
「なに言ってるんですか。しばらくは閣下も僕も休み無しですよ!」
私は秘書官の鬼!と思ったが、こればっかりは仕方がない。孤児院や学校制度の件はともかく、ヤー=ハーン王国の件なんかは完全に巻き込まれたものだ。
なんとかワーク・ライフ・バランスを取るにはどうしたものかと、私は帰りの馬車の中で思案したのだった。




