49 竜という存在
週間ファンタジー異世界転生/転移ランキングBEST300で244位でした。
みなさま、拙作をお読みくださりありがとうございます。
藪をつついたら蛇じゃなくて竜が出てきた、と言う感じになってしまったが、仕方がない。
竜の狩場へ、金角の黒竜王グレンジャルスヴァールの棲家へ行く、といっても死にに行くわけではない。
目的はあくまでも古い盟約の確認と、実行してもらえるように言質を取ることだ。
(たぶん取って食われるようなことは無いはず。きっと無いはず…。)
それでも竜に食料的な意味でモグモグされてしまう自分の姿を一瞬想像してしまって、私は気分が重くなった。
なにせ竜はこの世界での最上位の捕食者だ。
彼らの食事のメニューには、ヒトはもちろんエルフやドワーフ・獣人族などの『広義の人間』も含まれている。
ただ、彼らの縄張りに入っていた場合はその限りでは無いが、竜は人間を積極的に襲ったりはしない。
その昔、ある魔物学者が竜にインタビューしてその理由を尋ねた。
すると人間を襲うと痛い目に遭う可能性が捨てきれないのと、リスクの割に食いでが無いし、特別美味いわけでも無いから、と答えられたそうだ。
竜からすれば、我々『人間』という生き物は“魅力的な獲物では無いし、油断をすれば痛い目に遭う。上手く使えば便利な時もあるから見逃すが、邪魔ならば容赦なく潰す”という程度の存在でしかない。
竜は人間の善悪正邪の基準とは別のところにいる、そういう生き物なのだ。
幸いなのは、ヴィナロス王国が竜の狩場の竜と一定レベルで交流を持っていることだろう。そのおかげでルールを守っている限り、彼らの胃袋に収まらずに済む。
基本的なルールは次の7つだ。
1条:竜の狩場に入らない。
2条:竜の領域を犯した者を引き渡す。
3条:竜を殺した者を引き渡す。
4条:竜を傷つけた者を引き渡す。
5条:竜の持ち物を盗んだ者を引き渡す。
6条:竜を謀った者を引き渡す。
7条:竜との接触にはガンゲス一族の者を立ち会わせる。
引き渡す=死なのだが、それは竜自身がやってくれる…と言うか、自分でやらないと気が済まないらしい。
最後の“ガンゲス一族”については詳しく説明しないといけないだろう。
アーディアス公爵家も含め、ヴィナロス王国の建国当初から存在する公爵家が複数ある。
その創始者はヴィナロス王国の“建国王”たる勇者の仲間だった人々だ。したがって、大部分はヴィナロス王国の貴族として暮らしている。
だが勇者の仲間たちのうち一人だけ、ヴィナロス王国の公爵位を与えられながら王国には属さず、別の場所に去った者がいた。
魔獣使いの青年だ。彼は勇者やほかの仲間と仲違いしたわけではなく、自分自身の望みに従って別の土地に去ったのだ。
そう、その魔獣使いの青年は金角の黒竜王グレンジャルスヴァールとその配下の竜達と共に生き、竜の狩場に暮らすことを選んだ。
最強の魔獣使いの一族とも言われる『竜使いのガンゲス公爵家』がそれだ。“ガンゲス一族”とはこの公爵家とその血族を指している。
もともと魔獣使いは流浪の民だ。
魔獣と言われる魔力を身につけた動物を従える特殊技能を持ち、彼らと共に野山を駆けて動物を狩る狩猟民族でもある。
広い天地と海──海の動物や魔獣を従える魔獣使いもいるのだ──のすべてが彼らの家であり暮らす場所なのだ。そんな彼らにとって一つの国に所属して定住するというのは、野生の鳥を小さな鳥籠に閉じ込めるのと同義なのかもしれない。
それに人間以上に動物や魔獣と心通わせる魔獣使い達からすれば、従えたそれらの要求を満足させる方が優先されるべき課題なのだろう。
ともあれ、金角の黒竜王グレンジャルスヴァールと竜の狩場の竜に何か用事がある場合は、そのガンゲス公爵家と血族の人々の誰かを立ち会わせよ、ということだ。
これでわかるように、ガンゲス公爵家とその血族はヴィナロス王国は没交渉というわけでは無い。
ヴィナロス国王の国王が代替わりすると、戴冠式の時に金角の黒竜王グレンジャルスヴァールの勅使が祝いにやってくるが、その勅使にはいつもガンゲス公爵家の当主が選ばれる。その返礼の勅使も出すから、今代のガイウス2世陛下も出したはずだ。
そのほかにも彼らが必要な日用品や嗜好品、または資材などを買うために、彼らはときおり竜の狩場を出て人里にやってくる。
彼らはヴィナロス王国の通貨を使うこともあるが、それよりも多いのは竜関係の産物だ。
竜鱗・爪・牙などはもちろん、ときには骨・血液・竜珠と呼ばれる竜の胃石などを交易品として持ってくる。
どれもが得難い素材で、かつ竜の殺害を殺人同様に禁じている我が国では、彼らとの取引だけが合法的に竜由来の素材を得る方法だ。どれもとてつもなく高価なのは言うまでも無い。
そんなわけで、我が国はガンゲス公爵家と血族の人々を仲立ちにして、竜と上手くやっている国なのだ。
それでもやはり不安は残る。
それが竜という存在なのである。