48 国の興りと古い盟約
週間ファンタジー異世界転生/転移ランキングBEST300で251位でした。
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「あの、ここまで話が出てこなかったので…どなたも覚えておられませんか?たぶん、先方は覚えていると思うのですが。」
「何の話だ?もったいぶらないでくれ。」
王太子のアントニオ殿下がせっつく。いろんな意味でお前が思い出さないのはマズイだろうが、と思うが口には出さずに国王陛下をチラリと見た。
反応が無い。
…陛下も思い出さないらしい。マジかよ…。
「竜との古い盟約が有効なはずです。あれを頼りませんか?」
「…あれは伝説か、子供向けの昔話なのでは?」
私の発言に、外務大臣のゴルデス卿はやや呆れたような顔をして私を見た。
「当家の書庫に“建国王”と“金角の黒竜王グレンジャルスヴァール”が取り交わした盟約を刻んだ銘板の拓本があります。当時作られたそれで私は内容を読みましたし、存在は事実です。」
拓本と言うのは、石碑や金属製品に刻まれた文章などに墨を塗って、紙を押し当てて写し取ったコピーだ。元が偽物でなければ、それが実在する動かぬ証拠となる。
「そう言えば王家の家宝にあるな。すっかり忘れていた。」
アントニオ殿下はそう言って国王陛下を見た。
「…仮に覚えていたとしても、今も有効かどうか確認せねばなるまい。」
国王陛下も困惑顔である。まあ、無理もないな、とは私も思った。
ヴィナロス王国の建国。
それは、かつて人類の統一帝国があった時代の末期にまで起源を遡る。
衰退し国家としての機能を喪失しつつあった帝国にとどめを刺したのは、悪魔の地上侵略という、人類どころか文字通り世界の危機という事態だった。
当時の記録はほとんど残っていないし、あっても断片的なので全体像は今となってはわからない。
後世に『勇者』と呼ばれる人や彼らの仲間たちが人々をまとめ上げて、地上を魔界へと変貌させてゆく悪魔の軍勢と戦った。
強大な悪魔の上位個体である魔界の大公には人間だけでは勝てない。利害を共有するエルフやドワーフ、獣人種、果ては竜まで、この世に生きる種族が団結して抵抗したのだ。
戦いが終わった後に帝国は再興されず、それぞれに新しい国が興った。
勇者と呼ばれる人は一人ではなかったし、彼らはそれぞれに仲間たちがいた。各種族もそれぞれに利害は違っていた。
勝利の高揚のまま、いつまでも一緒にいようとは考えずに、それぞれに国を興して暮らすことにしたのだ。
ヴィナロス王国の建国はその勇者の一人による。
ヴィナロス王国はその時代のヒトの勢力の南端部分──これは今でも変わらないが──に位置し、獣人種と竜の領域の間にあったため、ヒトだけでは勢力を保てるか心もとなかった。
そこで、いろいろあって繋がりができていた竜に、特に勇者と友誼を結んだ“金角の黒竜王グレンジャルスヴァール”が率いる竜の狩場の竜たちと盟約を交わしたのだった。
その盟約を忘れないように、一対の朽ちることの無い聖銀の板に魔力を込めて内容を刻み込んだ。
我が家に伝わる伝説だと、その聖銀の銘板はいくら叩いても傷ひとつつかず、いくら熱しても熱くならず、どんな酸にもアルカリにも反応しなかったというから、そうとう頑丈に作られたものらしい。
とは言えひとつつしかない──もうひとつは金角の黒竜王が持っている──ので、参照したい場合に不便だからと、拓本が作られた。そのうちの一枚が我がアーディアス公爵家の書庫に収まっているわけである。
なんでそんなものがあるかって?
アーディアス公爵家の祖先は、その勇者の仲間の魔術師だったのだ。したがって役得といえば役得である。
歴史の中で、当時成立した国のいくつかは滅び、または分裂、あるいは併合と、集合離散を繰り返したが、ヴィナロス王国はなんとか持ちこたえて現在に至っている。
何を隠そう“すっかり忘れていた”などと言ったアントニオ殿下はもちろん、国王陛下も勇者の子孫なのである。
忘れちゃダメだろ!と厳しくツッコンでやりたいところだが、そこをぐっと我慢する。
だいたい、国王の代替わりの時には金角の黒竜王グレンジャルスヴァールから特使が派遣されるのだ。務めてるのはヒトだけど。勇者が即位した時には金角の黒竜王自身が来たらしい。
我が国が竜の殺害を禁じていたり、竜の狩場を彼らの自治区として認めているのも、当時の盟約に基づいている。
「…確かに…。一度確認せねばなりませんが、金角の黒竜王グレンジャルスヴァールとの盟約を破棄する内容の勅令も議決も法も存在しないはずです。」
司法長官のバイヨンズ卿も、両手でこめかみを押さえて必死に思い出している風だ。そうだよね、普通に暮らしていれば一生関係無い法律だものね。
「外交文書館で、過去の外交記録を調査させます。」
ゴルデス卿はメモを取ると、後ろに控えていた彼の秘書官に手渡した。
「ところで竜との誼を思い出したところで、誰が『金角の黒竜王』の棲家に行くのですかな?」
内務大臣のムーリン卿は、その鉄壁の微笑みの仮面で私を見た。周辺も私に視線を合わせる。
(これはもしや、言い出しっぺの法則というやつでは。)
ちょっと背筋に冷たいものを感じたが、これはもう絶対に断れない感じだった。
「そ、そうですね。外務大臣はこれからお忙しいですし、比較的、話をつけやすいのは私でしょうか…。」
「そうですな。過去のことにお詳しい宮廷魔術師長殿が適任ですな。」
「陛下、アーディアス卿に外務から補佐をつけた上で、特使として派遣してはいかがでしょうか?」
「古い盟約とはいえ、すでにあるものを思い出してもらうだけ。比較的リスクは低く、効果は高い。やる価値はありましょうぞ。」
友人でもあるアントニオ殿下と白金竜騎士団団長のバーナード将軍の二人は、哀れむような視線を向けてくれたが、擁護はしてくれなかった。
こうして、私は竜の狩場へ、金角の黒竜王グレンジャルスヴァールの棲家へ特使として赴くことが決まってしまったのだった。
まとめると、この秘密会議では次のことが決まった。
東の国境線の防御強化。
ヤー=ハーン王国を仮想敵国とした戦略・戦術研究と騎士団の連携強化。
周辺各国との連携と情報収集の強化。
ヤー=ハーン王国への経済的支援。
竜との古い盟約の確認。
硬軟両方の手段を使って当面はヤー=ハーン王国との対立を避けつつ、時間を稼いで大軍の侵略に耐える態勢づくりが進められる事になった。




