46 貿易額の奇妙な数字
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【お知らせ】
・45話のタイトルを変更しました。
・このところ書いては即アップの自転車操業状態ですので、誤字脱字・不十分な推敲と粗が目立つのですが、何卒お許しのほどを。ご指摘を歓迎いたします。
60万という軍勢は圧倒的と言っても良い。周辺諸国で60万の軍勢を備えている国など無いだろう。
我が国は兵が多い方だが、それで20万を少し超える程度。この数は国王麾下の軍と諸侯の軍勢すべてを合わせた数字であり、実際に動員可能な数字というわけでは無い。
もちろん、この60万の軍勢が一気に我が国に押し寄せてくるわけでは無いだろうが、たとえその1/3の20万が差し向けられただけでも十分過ぎる脅威だ。
「これをわが国だけで対処するのは、かなりの困難がある事は明白な事実であります。」
「明白な敵対が避けられている時点で、目下は僥倖だと考えるべきか…。」
カステル卿の説明に、国王陛下は眉間の皺を深くして顎を撫でた。
「他国と軍事同盟を組むのはどうか?」
「どこと?」
「南のアル・ハイアイン王国はどうか?堰の建設費用の一部負担と引き換えにしては?」
「悪い案ではございませんが…。堰建設の全容が掴めぬうちに交渉材料とするには、いささか不安がございます。」
何人かからアイデアが出るも、今すぐそれで決定するには判断材料が乏しく議論は堂々巡りになる。
「差し当たり、この場で結論の出ぬ話は置くとしよう。」
陛下は手でざわめきを制すると、話を財務大臣に振った。
「財務大臣、物流に変化は無いのか?」
ヴェッドン卿は大きなファイルを開いて話し始めた。
「畏れながら陛下に申し上げます。わが国からヤー=ハーン王国へは主に穀物、布と糸などの軽工業製品、および鋼の地金が輸出されております。内訳と細目を提出いたします。」
ヴェッドン卿は近づいてきた典礼長官に書類の束を手渡した。
「なお先日の会議でご指摘を受けました、魔晶石の流通量については現在調査中でございます。後日、王室へ報告書を提出いたします。」
そして説明を始める。
ヴェッドン卿によれば、ヤー=ハーン王国との商取引自体におかしな点は無い。普通の商会などを通した一般的な交易の範疇であり、組織だった不正取引も大掛かりなものは摘発されていない。せいぜい関税を免れようとして荷物を少なく見せかけたとか、その程度だ。
鋼の地金は重要な軍需品なので、量の多少にかかわらず輸出入には報告が義務付けられている。そのおかげで、ここ数年ヤー=ハーン王国への輸出が増えているのが分かるが、これもあの国の軍拡傾向を考えればおかしな数値では無い。
布と糸などの軽工業製品は横ばいからやや下落気味。これは経済規模の縮小から説明がつくのでおかしな点は無い。
ひっかる点があるとすれば、わが国からの穀物の輸出量だと言う。
「ヤー=ハーン王国の総人口は横ばいか微増と推測されております。しかし、穀物の輸入量そのものが減っております。」
つまり、こう言う事である。
人口はほぼ一定。人間だから常にだいたい一定量を食べる。
貧乏になって食費を切り詰めることはあるだろうが、それでも食べないわけにはいかないから必ず一定の消費がある。
家計の支出に占める食費の比率であるエンゲル係数が経済指標に使われる所以だ。収入が少なくなっても食費は極端に増減しないので、収入が減ればその分だけ食費の比率が上がるからだ。
とは言え、切り詰め方が無いわけでも無い。
例えばこれまで高価な小麦粉を買っていたのを、より安いエン麦に切り替える。同じ値段でも安いエン麦なら、たくさん食べられるようになるわけだ。
察しのいい人はもう分かると思うが、つまり輸入額が減ることはあっても輸入量が減ることはあまり考えられないのである。
輸入量が減るのはその国の人口が減っている時だけだ。あるいは経済が崩壊して正常な商取引が困難になった場合ぐらい。
「細目をご覧いただきたいのですが、我が国からヤー=ハーン王国へ輸出される穀物の品目の比率に大きな変化はございません。経済状況が悪化しているなら、エン麦の比率が増えるはずなのですが。」
「北からライ麦を輸入しているのでは無いのか?」
陛下からの質問に、ヴェッドン卿は困惑した表情を見せた。
「それが…特に増えてはいないのです。そもそも北方は穀物を大量に輸出するほど在庫がございません。」
この世界ので主要な穀物は小麦・大麦・ライ麦・エン麦・コメ。そのほかにソバやアワ・ヒエなどの雑穀、いくつかの豆類がある。トウモロコシはあるのかもしれないが見たことが無い。ちなみにコメは粘り気の少ないパラパラしたタイプのだ。
我が国で生産量が多い穀物は小麦とエン麦、あと豆類も多い。北のほうだと小麦が大麦とライ麦が多くなり、南の方だとコメを作っている地域もある。小麦の生産は波があるのだが、他が比較的安定しているのでひどい飢饉になることは少ない。
北方の国になると大麦とライ麦、ソバが中心になり、最近では大豆の栽培も広がりつつあるようだ。ただ北方の国は農作物が冷害を受けることも少なく無いので、輸出するほどの余裕は少ないのが現状だ。
そこを下支えしているのが南のアル・ハイアイン王国で、あそこの小麦とコメの生産量は莫大なものとなっている。そのため穀物の輸出はアル・ハイアイン王国の重要な産業だ。
そして我が国はアル・ハイアイン王国と直接国境を接する唯一のヒト側の国なので、アル・ハイアイン産小麦の中継貿易の拠点となっている。
つまり我が国からヤー=ハーン王国へ輸出される穀物の量と品目と貿易額を見れば、全体の穀物輸入量をだいたい把握できるということになる。
そこが減っており、かつ北方からの貿易量に大きな変化が無いとすれば、全体的に減っていると結論づけるしかない。国内での生産量が増えた可能性は、ヤー=ハーン王国の現状から却下される。
「そもそも、ヤー=ハーン王国が北方で買い付けを増やしていれば、北方の穀物相場に変化があるはずですが、それもございません。」
ヴェッドン卿は元々が商人。それも貿易商であり、彼がかつて会頭を務めていた紹介の主力商品は穀物。
この件で間違えるはずが無いのである。




