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45 数の合わない『国軍』

昨日のアクセス数が2900人越えでした。これまでの1日間で最大です。

みなさま、拙作をお読みくださり、ありがとうございます。

「上級将軍、ヤー=ハーン王国の軍事事情について細大漏らさず報告せよ。」

「恐れながら奏上(つかまつ)ります。ヤー=ハーン王国の軍事費ならびにその内訳については、先の御前会議で申し上げたとおりでございます。軍拡を抑える可能性は非常に低い点についても、同様でございます。」

 そこでカステル卿は一度、視線だけで周囲を見回した。

「先ほどの外務大臣の『未確認情報』に接しまして、以前より少し気にかかっていた点が説明できるかもしれぬと感じました。」

「それは何か?」

 陛下の問いに、カステル卿は答える。

「軍事費の内訳に見る、奇妙なズレ(・・)でございます。」


 ヤー=ハーン王国のスカール一世が実権を握って最初にしたこと。それは軍制の大改革と第一王子コノー側についた貴族の粛清であった。

 かつて軍の制度は我がヴィナロス王国のそれと似ていた。王家直属の騎士団が複数あり、それ以外に各地の諸侯の軍勢が存在した。

 スカール一世はその制度を根本から改め、国家と国王の下にあるただひとつの『国軍』に統合したのだ。

 魔物(モンスター)などの脅威が常に存在するこの世界で、当初は貴族たちの反発を招くかと思われた。しかし内戦で双方共に疲弊していたので、強く抵抗することはできなかった。

 だが最大の理由は、第一王子コノー側についた貴族をことごとく、当主や後継者だけでなく、文字通り老人・女・子供・赤ん坊に至るまで一族全員を文字通り皆殺しにしたためだった。

 逃げた者がいれば賞金首にして探し出し、公開の場で酸鼻を極める方法で処刑されたと言う。逆らう事など考えられる状態では無かったのだ。

 諸侯の軍勢の解体と吸収・統一は大きな混乱無く果たされた。

 

「あの頃は嫌な話を多く耳にしたのう。」

 内務大臣のムーリン卿がポツリと漏らした。

 その頃、彼は現役の宰相だっただけに、おそらく具体的に何が起こっていたかを詳しく耳にしていたに違いない。微笑みの仮面に隠された顔からは感情を読み取ることはできなかった。

「まったく。胸が塞がる思いを何度もしたものだ。逃げて来た者らが護送され、国境の門を越える時の悲鳴は今も…。」

 貴族院議長のモンジェリン卿も目を伏せた。

 時期的に金竜騎士団団長を勤めていた頃だから、彼は現役の将軍として不穏な東の国境に詰めていたはずだ。多くの処刑を待つばかりの貴族が連れ戻されるのを、彼は目にしていたのだ。

 我が国の領土で発見された第一王子コノー側についた貴族たちは捕らえられ、戦犯として故国に護送されていった。

 我が国は彼らの捕縛に手を貸さなかったが、同時に妨げもしなかった。それはヤー=ハーン王国との関係悪化を恐れたための対応だった。(ドラゴン)の狩場に入り込んで、(ドラゴン)の胃袋に消えた人も少なく無かったようだ。


 スカール一世は統一した軍隊を各地に派遣して、接収した反対派貴族の城や要塞に国軍の部隊を駐屯させて反乱防止と地域の安定に努めた。

 そして統一した『国軍』の圧倒的な実力を元手として、スカール一世は急速な中央集権化を進めたのである。

 中でも貴族が保有していた鉱山の接収と国有化は大きなものだった。彼はこれによって効率的な鉱山経営と増産を目指したのである。その結果として最初の10年は順調な増産を成し遂げたが、これが資源枯渇を早めたとする見方もある。

 農業政策がロクに取られなかったのも、中央集権化との関わりがあったと考えられている。

 この世界ではまず、その地域での農業を始めとした一次産業が収入の柱であり、それを折ってしまえばその地域は衰えざるを得ない。

 無論、この方法は食糧危機を招く危険性があるが、地下資源による有り余る富はそれを補うのに十分だったのだ。すでに鉱山は王国の所有になっているし、軍事力を取り上げているのだから、地方の諸侯の衰退を気にする必要は無い。

 スカール一世が巧みだったのは、こうした諸侯に宮中での地位を与え、またはその子弟に官僚登用への道を開いて自らの子飼いとしたことだった。もはや彼らはスカール一世に反逆などすることはできなくなっていた。

 スカール一世は国軍の整備には念入りに取り組んだ。

 地方の衰退によって流民となって都市に流れ込んだ民衆を軍隊に取り込み、ちょうど貴族に対してしたように自らの配下に置いたのだ。軍隊自体は彼の権力基盤なので、これはますます彼の権力を強化した。

 各地に置かれた軍隊は積極的に魔物(モンスター)退治や軍道の整備などに取り組んだから、地方に住む庶民は『国軍』を歓迎した。結果的にこれはスカール一世への支持にも繋がったわけだ。

 軍事に国家支出の多くが注ぎ込まれた。武器・兵器の生産は増大し、軍需物資が大量に蓄えられた。有り余る地下資源による富は、それを可能ならしめたのだ。


 だか、カステル卿の弁によれば、その内訳に妙な数字が見られることがあった。

「最初は必要な冗長性を担保するためかと考えておりましたが、それにしてはやや多いのです。また、支出の内、人件費が合わぬのです。」

 私も含め、その場に居た出席者の多くがその言葉に首を傾げた。

「こちらが手にしている向こうの資料が完全ではありませんので、多少の誤差がある事を差し引いても、兵士の給料が足りぬのであります。」


 カステル卿によると、これまでに入隊した兵の数から退役した兵を引いた数から算出される兵の数と、そこから予想される必要な人件費が合わない。

 しかしヤー=ハーン王国が公称している国軍の兵の数となら合う。つまり存在しているはずなのに、伏せられている数の兵がいるということになる。

 国軍を権力基盤にしているスカール一世にとって、それはあまり意味の無い行動だ。彼にとって兵の数は、軍隊の大きさは自らの権力の大きさそのものだからだ。

 過剰に言うことはあり得ても、過少に見せるのはどう言うことか?

 最初は手にした資料が、ヤー=ハーン王国による意図的に(ディス)漏洩された偽情報(インフォメーション)の可能性を疑った。しかし、やはり何度入手しても、検証しても、その数に行き着く。

 よほど巧みな情報戦略が存在するか、さもなくばそれが真実であるかのどちらかだ。


「我々の情報部は結論として、この数字は真であると考えました。」

「その証拠は何か?」

「武器や防具などの兵士が最低限必要とする装備の数量もまた、存在するはずの全ての兵の数とおよそ一致するからであります。」

 陛下からの問いに、カステル卿は静かに答えた。

「理由は不明ながら、ヤー=ハーン王国はかなりの数の兵力を隠しております。推定で20万。」

「20万!」

 列席する諸侯の間から悲鳴のような、驚きの声が上がった。私も息を飲む。

「公称している数と合わせておよそ60万。我が国の3倍近くでございます。もし敵対すれば厳しい事態となり得ましょう。」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 消える兵士、突如として現れたゾンビ… ん……? もしかしてヤー=ハーン王国は不死身のゾンビ兵団でも作って世界征服とか考えてる? B級ゾンビ映画の悪役みたいなこと考えちゃってまぁ… 兵糧のい…
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