44 ヤー=ハーン王国の現状と不気味な噂
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皆様、いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。
秘密会議は滅多に開かれない。その性質上、当たり前である。
秘密会議でないと議論できないような事態が次から次へと起こるなら、それは間違いなく乱世だ。
全員揃ったところで国王陛下が出座され、会議の始まりを告げた。
「外務大臣。ヤー=ハーン王国について、近況を余すところ無く述べよ。」
「奏上いたします。かの国は現国王のスカール一世の即位よりおよそ30年、国内の金属資源の産出量低下傾向に歯止めがかからず、それに伴い経済状況も緩やかに悪化しつつありました──。」
陛下の指名を受けて、外務大臣のゴルデス卿が説明を始めた。
ヤー=ハーン王国は31年前まで内戦状態にあった。
先代の国王イスマイル三世には二人の後継者がいたが、明白に世継ぎを決めないうちに急死したのである。
その二人の後継者、第一王子のコノー・アシュッド・アゾート・ヤー=ハーンと、第二王子のスカール・アシュッド・アゾート・ヤー=ハーンが王位を巡って争った。骨肉の争いは国を疲弊させ、国土を荒廃させた。
これには鉱山資源をめぐる代理戦争の側面があり、先細りになりつつあるとはいえ未だ重要な鉱山を有するヤー=ハーン王国での利権確保をめぐる国家間の思惑があったのだ。
この内戦に勝利したのは第二王子側。現国王のスカール一世である。
彼は内戦終結の一年後に戴冠して国王に即位した。最初の10年余りは統治は順調で復興も進んでいたそうだ。
だが、それが過ぎると鉱山の産出量にも陰りが見え、先行きに暗雲が垂れ込めていたらしい。
10年ほど前からはいよいよ国内の景気が目に見えて悪化しつつあった事は、私が学友のケイト・ディエティスと知己を得た頃に彼女から聞いていた。
ついに数年前からは各国に支店を置く大商会はおろか、国内の企業すらも拠点を移し始めた。国外にツテのある人々はヤー=ハーン王国を去り、残るのは荒れた農村と去ることすらできない貧苦にあえぐ人々という有様となった。
スカール一世は手を打ってはいるのだが、いずれも効果が上がっていない。その上に、昨年は疫病の発生もあったらしい。
「現地に滞在する大使のカッシス卿からは彼の国の内情について報告が来ておりますが、正直に申し上げまして、かなり状況が悪化している事は疑いありません。」
国王陛下はゴルデス卿の説明に眉根を寄せた。
「不幸な事は重なるものだな。統治者として同情を禁じ得ぬが…。まだあるのでは無いのか?」
陛下のその言葉にゴルデス卿は一瞬、表情を硬くした。
「これからお話しする事は、まだ未確認情報でございます。その点、念頭に置いた上でお聞きください。」
彼は硬い口調で話し始めた。
人が消えている、という噂があるのだと。
ヤー=ハーン王国は鉱山から上がる金属資源の売却益によって潤ってきた。それ以外の産業を興そうとは思わないほどに。
もちろん鉱石から金属を精錬する冶金業、貴金属を使った装身具を製作する職人は大勢いたので宝飾品産業、そしてさまざまな道具を作る鍛治師たちが腕を競った。
金に余裕があれば遊びに使う者は多いので、水商売の類も相当に盛んだったようだ。
しかし一方で、農業などそれ以外の産業は捨て置かれた。
食料が足りなければ外国から買い集めて済ませた。その結果は国内の穀物相場が長期的に下落して農民の生活が成り立たず、職を求めて都市に流入する結果となった。海外にあっては時に穀物相場を高騰させ、飢饉の際に人々が飢える一因にもなった。
せめて流入した人口を道路や用水路などの社会・産業インフラの整備に当てれば良かったのだろうが、それもしなかった。
その代わり国王スカール一世がおこなったのは、軍隊の拡大である。
もともとスカール一世が王位争いに勝利できたのは、王家の率いる国軍を早い段階で掌握できたからだったと評されている。そのため国軍は彼の権力の支持基盤であり、国軍の増大は彼の権力をより強固にする効果があるのだ。
軍隊において、何と言っても数は正義。勝利の要素はいろいろあるが、その中で最も単純明快なものは『数の多い方が強い』なのである。
国内の経済状態の悪化や国土の荒廃は叛乱の危険性を高める。
それを抑えるために、より強大な軍隊を必要とするとも言えるが、はっきり言って悪手でしかない。根本原因の解決、この場合は鉱山以外の産業が育っていない事への解決に繋がらないからだ。
それでも大量の流民を受け入れたため、スカール一世への国民の評判は良いという。
しかし最近、不穏な噂が囁かれるようになった。それが『人が消える』だ。
噂の内容はこうだ。
“ 村を捨てて、ある若者連れが王都に流れ来た。一人は上手いこと荷物運びの仕事にありつき、もう一人は兵の募集を聞きつけてそちらに行った。
だが荷物運びの仕事に就いた者は、勤め先が外国に移転することとなりクビになった。そこで手切れ金が無くなる前にと、知り合いもいる軍隊に飛び込んだ。
国軍ではたらふく飯が食えたので、さすが国軍、スカール一世陛下様様だと喜んだ。
だが、いくら探せど先に入隊したはずの同郷人の姿が見えない。おかしな事だと思いつつも、日々の訓練にくたびれ果てて調べる気力も暇も無い。
ある時、隣の部屋にいた連中がいなくなった。
聞けばとある地域に任務で行ったのだと言う。別の者が、あそこにはこないだも行かなかったかと言う。
そこは彼の故郷だったのだが、それを聞いて不審に思った。軍隊など、ただの一度も彼の故郷で見たことは無かったのだ。
同郷人も含め、姿の見えない者たちはどこへ消えたのだ?
薄気味悪いものを感じつつも、いつも通り過ごしていたある日の夜に、こんな声を耳にした。
『次は、あの部屋の連中にしよう。そろそろ頃合いだ。』
それは誰の声だったのか?その意味はなんなのか?
不吉極まりない予感に襲われた彼は翌朝、除隊を申し出て駐屯地から逃げるように出てきた。
あれは一体なんだったのか?”
これに対する憶測はいろいろなものがある。どれも証拠を欠いているから真相は不明のままだ。
しかし、大使館の職員が調べると、姿を見なくなった者がいるのは事実であるらしい。
ただそれ以上のことは分からないままだったと、ゴルデス卿は報告した。