43 薔薇の間
日間ファンタジー異世界転生/転移ランキングBEST300で234位(2021年11月28日)になっていました。
またPVが2600を越えました。
みなさま、拙作をお読みくださり、ありがとうございます。
昨日の御前会議と違って、今日の秘密会議は非公開が前提という会議である。
もちろん非公開といっても永遠にそうではなく、国家第一級機密指定された情報と同様に期限は20年だ。
そして何でもかんでも機密にできるわけではない。
“軍事・外交および重要な内政上の情報のほか、国王が国家の安定に関わる重要事項と判断したもの”を“国王が招集した公式の会議において決議した場合”に限られるのだ、と教えてくれたのは司法長官のバイヨンズ卿である。
これは、自分の不始末を隠して何事も無かった事にしたい、バカな国王が現れた時に備えての法規だそうだ。なんでも王国中興の祖と称えられる5代前の“復興王”フィリップ1世が定めたのだと言う。
歴史の時間に学んだ記憶があるが、その前、つまり6代前の“暗愚王”アーベル2世はメチャクチャだった。
具体的に話すとものすごく長くなるので控えるが、早い話が“それをしたら人として終わってるだろ”と誰でも思うような事をだいたい全部やった、と言えば察しがつくだろうか?
最終的にアーベル2世は叛逆を招き、従兄弟にあたるフィリップ1世に討たれた。
歴代国王の中でも、この人だけ王家の霊廟に葬られていないし、墓も無い。アーベル2世の遺体は燃やされて遺灰は川に投げ棄てられたと言う。
彼は三人いた妻をいずれも殺している。子も二人いたが、どちらも父親であるアーベル2世に凌辱されて廃人となってしまっており、わずかであった余生も離宮で寂しく過ごしたそうだ。そのため子孫はいない。
なんでこんな奴が国王になれたのか不思議だが、後世の人が二の轍を踏まぬよう、反面教師として歴史の教科書には必ず載っている。
アントニオ殿下も“過去の事とはいえ、あんなのが一族にいたとか完全に黒歴史”と言うほどなので、国家公認のドクズ決定である。
お芝居でも『悪役の王様』を出す場合は、それはアーベル2世をモデルにしている場合が多い。彼に仮託している限り、お咎めの心配は無いからだ。
そんなわけで、我が国では国王といえども好き勝手はできないように、ある程度は法整備が進んでいる。
それはまだ立憲君主国と言える内容では無いのだろうが、我が国は国王であっても法に従う法治主義への道を進んでいるには違いない。
話を戻すと、秘密会議の内容といえども将来的には公開されるのだ。
なぜなら秘密会議で議論されるのは国家と国民の安全に重大な影響を与えると認識される問題なので、そうしなければ後世の人が『国家的危機をどうやって乗り越えたのか?』と疑問に思った時に参照できないからだ。
会議の内容はすべて書記が記録し、議事録や公文書にまとめ、公文書館に保管される。
だから公文書館は国王の直接の麾下に置かれ、公文書館の館長は公式の席で王族と同じ黒地に金刺繍の帯を身につけることが許されているのだ。そうして身分の保障と不当な干渉を制している。
秘密会議は『バレたら不味い話をこっそり裏で処理するやり方を話す会』ではないのである。
昨日の御前会議と同様に諸侯や将軍たちが集まるのは『薔薇の間』だ。
御前会議が開かれる『不死鳥の間』よりも宮殿内の王族の生活区域に近い場所にある、ほどほどの広さの部屋だ。その名のとおりバラをモチーフにした装飾と調度品で飾られている。いつもこの部屋で秘密会議は開かれる。
そこに宰相・文官・武官と王太子・貴族院議長の2人を加えた17人が参加し、他には2人の書記、各大臣や将軍が連れてきた官僚のうち1人だけが入室を許される。国王陛下ですら連れてくるのは典礼長官だけなのだ。
私は秘書官のアンドレだけを連れて入室する。
秘密会議は公式の会議だが、その性質上、御前会議のような仰々しい儀式は無いし、正装もしない。扉の前には警護の近衛騎士が立つが、彼らも普段の勤務と同じ服装だ。
この部屋には“防音”の魔術が幾重にも展開されており、中の会話は扉の前にいても聞こえない。また、招かれて入った者でない限り“認識阻害”の魔術によって出席者の顔や声・文字を理解できないのだ。機密の漏洩を防ぐために、それ以外にもいくつもの魔術が展開されている。
薔薇の間に入った私は“魔法鑑別”によって周囲を見渡した。部屋にかけられている魔術がきちんと機能しているかの最終チェックである。
4本の指を揃えて親指を開き、指の頂点が合うように両手を合わせる。そして作ったトランプのダイヤマークのようなひし形の空間を通して周囲を見るのだ。
(薔薇の間にかけてある魔術は正常に作動。他の出席者にも魔術的異常無し。大丈夫だろう。)
“魔法鑑別”を使えば盗聴する魔術とか、自爆する魔術などの敵意ある魔術もだいたいは見破れるので、宮廷魔術師長となればこれが使えないようでは話にならない。
もっとも、自分より実力がずっと上の相手に意図的に隠されると難しくなるが…。
宮廷魔術師長の仕事には、国王陛下の玉体や国家機密を守る最後の盾のひとつという役目も、いまだ現役なのだ。
「閣下、問題無かったですか?」
「ああ、問題なさそうだ。」
この部屋には窓は無く、対面する壁の二つにそれぞれ扉がある。そのうちの片方から、次々と参加者が入ってくる。薔薇の間は不死鳥の間よりも小さな部屋なので人の距離が近い。
私はすでに集まっている諸侯に業務連絡を済ませることにした。
まず最初にニームス将軍に業務連絡。
「ニームス将軍。例の子供の件ですが、今朝使者を送りました。返事を持ってくるように言いましたから、今しばらくお待ちください。」
「おお!早速!アーディアス卿、ありがとうございます。感謝いたしますぞ。」
続いて産業大臣のガロベット卿。
「ガロベット卿。薬師ギルド長の養子の件ですが、今朝先方に使者を出しました。返事が来るまで数日お待ちを。」
「おお、これはかたじけない。うまく話がまとまると良いですが。」
「なに、悪い話では無いので大丈夫でしょう。」
私がガロベット卿と話しているうちに、ヴェッドン卿がやってきた。
「ヴェッドン卿。天然魔晶石の買取価格についてのデータですが、遅くとも2日後にまとまります。出来次第お届けするように申しつけてありますから、お役立てください。」
「そうですか。ありがとうございます。」
上級将軍のカステル卿と軍務尚書のフィグレー卿が入室してくるなり、声をかけてきた。
「アーディアス卿。悪魔学の専門家を派遣してくださり、ありがとうございます。」
「これでまあ、相手が悪魔でも心配は要らんな。」
ずいぶんと楽観視しているが、ちょっと心配になる。
「ええ。でも悪魔で無いことを願いたいですよ。」
「まあ、それはそうだな。だがな、まだ見たことのない相手というのは、やる気を漲らせてくれおるな!」
さすがは歴戦の豪傑、悪魔相手でも好戦的だった。
他の将軍たちも入室してくる。赤竜騎士団団長のルーデス将軍が近づいてきた。
「アーディアス卿。ちょっとお尋ねしたいことが。」
「何でしょうか?」
「ゾンビは燃やせば良いのでしょうか?神官による浄めが必要なのではという者もいまして。」
彼の質問はゾンビへの対処法だ。矢面に立つ彼らであれば1番の関心事だろう。
「普通のゾンビなら燃やせばおしまいです。ましてや竜の火ならば。神官の奇跡術の“悪霊払い”や“葬送”、あと“浄めの刃”は有効ですね。あと霊媒師の“弔辞”も効果的です。」
「何と、いろいろ手段があるものなのですな。」
「ゾンビくらいでしたらね。屍喰鬼や起き上がった屍以上の実体のあるアンデッド、霊体系のアンデッドには魔力を宿した武器でないと効果が無いか、薄いので魔法をかけてください。“鋭刃”でも“魔法剣”でも、何でも良いですよ。」
「やはり教えは乞うものですな。いくつか知らない手段がありました。ありがとうございます。」
そうしているうちに全員が揃い、国王陛下も典礼長官のファブラ卿を伴って入室してきた。
扉が閉められ、施錠される音が響いた。
「これより秘密会議を始める。」