37 御前会議(13)
「宮廷魔術師長よ。」
「は、はいっ!」
陛下からお声をかけていただくなど、そう無いので声が裏返ってしまった。
「貴公は孤児院に限定しているが、これを広げる気は無いのか?」
案の定、陛下は宰相閣下と同じ質問をしてきた。
「申し上げます。孤児院の子供は良くも悪くも、地縁・血縁・人脈と関係がございません。ですので才能だけを見て、その子が働きやすい先を斡旋できます。しかし、そうでない者はしがらみゆえに、そうできるとは限りません。もし、王国中の子供を対象に行うとしても、まずは孤児院を対象に始め、一定の知見が得られてから広げるのが上策ではないかと考えました。」
「つまり扱いやすいところから始めるということか?」
「左様にございます。」
私が答えると、意外なことに宰相閣下が発言した。
通常、御前会議で宰相閣下は議事進行以外にはあまり発言しない。奏上案の提出の段階で、宰相閣下は自分の意見や質問をガンガン言うからだ。改めて御前会議で問う必要は無いのだ。
したがって、これは異例と言えた。
「畏れながら陛下。宮廷魔術師長は事が上手くいった暁には、さらにそれを発展させた構想を持っております。」
「ほう、どのような?」
「王国中の子供に、一切の身分・財産の寡多を問わず受け入れ、教育を与え、経験せしむる機会を与える、国家機関の設立でございます。奏上案の提出の際にいろいろと問うた際に、そのように申しておりました。」
宰相閣下が話したのは、いつかの問いかけの私の答えだ。
「それが一生住む所から離れぬような、辺境の寒村の貧農の子であってもか?」
「話の筋としてはそうなります。しかし、宮廷魔術師長の予備実験での成果を見れば、寒村とて無視はできません。」
「まあ、そうではあるな。」
陛下は頷いた。
「宮廷魔術師長、ひとつお尋ねする。」
貴族院議長が私に鋭い目を向ける。
「はい。なんでしょうか?」
「貴公の提案、そして将来的な構想…。確かに素晴らしい。しかし、膨大な予算と権限が宮廷魔術師長の下に集まるわけだ。」
私はそれを聞いて、これは忠誠を試されているな、と感じた。
「おっしゃる通りです。」
「貴公は宮廷魔術師長の権限の強化と資金力を高め、ひいては影響力を高めようと企んではおらぬか?人は資金と権力のあるところに靡くものだ。」
列席する閣僚の中には少し気色ばむ者もいたが、私はこの問いかけを予想していた。
「貴族院議長のご心配、王国と陛下への心からの忠誠心に基づくものと思います。私も同感でございます。私は将来的にこの仕事を、宮廷魔術師長の管轄から切り離して独立させるべきだと考えております。もちろん予算の権限もです。」
貴族院議長は鋭い視線のまま、黙ってこちらを見ている。
「現時点で、こうした学術に関する事柄は、すべて宮廷魔術師長の下に集められております。将来的には宮廷魔術師長は元来の仕事、宮殿内における魔術関係の管理・運営・魔法技術職の統括者に戻るべきと考えております。将来的には教育と学問振興の大臣職を定め、王立魔術院もその下に移管するべきと考えております。」
「貴公は、宮廷魔術師長の権限の多くを手放すと申すのか!?」
さすがにこの返答には彼も驚いたようだ。そりゃそうだろう。普通、力を求めることはあっても、その逆は少ない。
「はい。宮廷魔術師長は王国の始まりからある歴史ある大役でございますが、長年のうちに着膨れして肥大しました。時代に合わせて、装いを改めるべきでございます。これに関しては、必要な時に、必要な形をいずれ奏上したく思います。」
私の答えに、貴族院議長も表情を和らげた。
「ふむ…。貴公に二心は無いと見える。」
「納得いただけたようで嬉しく思います。もちろん、予算の使途に関する書類はすべて会計院に提出し、すべてを明らかにいたします。」
私と貴族院議長とのやりとりを見届けた国王陛下は一同を見渡した。
「宮廷魔術師長。本件を原案どうりに進め、国家の繁栄と安定に期する逸材の発掘と育成に努めよ。その成果を持って、制度拡大を検討するものとする。財務大臣、財源について検討を進め、次回の会議で報告せよ。」
陛下の決定が下された。
これで孤児院での祝福式の補助と教育制度が決まった。ひとつ、大きなピースがはまったのだ。
この世界にはまだ基本的人権という概念は無い。考え始めた人はいるのかもしれないが、普及していないし体系化にも至っていない。『生存権・自由権・財産権』ぐらいなら、さすがにある程度は意識されているが、それだってこの身分制が現役の社会では十分に保証はされていない。
孤児院にいる子供たちは、その一番軽んじられるものだ。誰だって幸せに暮らしたい。
とは言え、ここでそれを主張しても理解されるわけが無いので『見所のある子は率先して、そうでなくても十人並になるようにしましょうよ』を落としどころとする事にした。
前世の世界でも、ほとんどゼロからきちんと整備されるまで300年ぐらいかかったし、なお現在進行形だったのだ。残念だが、私だけの努力でどうこうできるものでは無い。それはこの世界の、後世の人に任せることにしよう。
その後もいくつかの議題が出され、陛下の裁断が下されていった。
すべてが終わると、壁の振り子時計はすでに宵の口の時間を示している。
「これで、今日の議題はすべてか?」
「はい。本日の議題は以上でございます。」
陛下の確認に、宰相閣下が静かな声で答える。
陛下は議場を見渡して、大きな声で問うた。
「本会議における決定に不服の者はあるか?」
それをもう一度繰り返す。
沈黙が議場に落ちる。そして、一呼吸置いて全員が直立して唱和した。
「すべて、陛下の御意のままに。」
今月の御前会議はこれにて終了した。




