36 御前会議(12)
「そこで、私はこの結果をもちまして、これを国家事業として、王国のすべての孤児院で実施することを提案するものであります。多くの有能な人材が見つかるでしょう。」
ここまで言ってから、一度言葉を切る。飽きずに聞いてくれているようだ。
「貴重な素質や魔術属性があっても、それを育てなければ意味がありません。」
私ここで言葉を切ると、関連する次の提案を出した。
「そこで私は孤児院に教師を派遣し、子供達に年齢に応じた基礎的な学問や訓練を施し、その上で適性をさらに伸ばす制度の新設も提案いたします。」
周囲から息を呑むような声が聞こえる。
「貴重な素質や魔術属性の持ち主には、本人の希望も聞きながら、より専門的な教育や訓練を受けられるような制度も設け、各種ギルドや国家機関と連携して育成にあたりたいと考えております。」
私は一度ここで話を終えて、反応を見ることにした。
「宮廷魔術師長、教育といってもどうするおつもりですかな?手立てはお持ちなのか?」
まず、内務大臣から質問がきた。
「はい。現在、子供を教育したことのある経験者に対し、効果のあった学習法や能力を伸ばした訓練などを聞き取る調査を開始しております。」
この答えに内務大臣はわずかに目を見開いた。どうも驚いているらしい。
「何分にも前例の無い試みですので、すべてが手探り状態なのは事実です。集めた情報を統計的に処理し、共通項を見つけ、どのようにすれば教育効果が上がるのかを検討できる体制を整えました。一定の形ができるまで、多くの試行錯誤と種々の問題が出ることは承知の上でございます。」
古狸と言われる彼にはどう聞こえたかわからないが、下手なごまかしをせずに私は正直に事実のみを答えた。
「貴重な素質や魔術属性のある子供に限定すれば、費用が少なくても済むのではありませんか?」
財務大臣からは予想された質問が来た。
「対象を限定することには、主に3つの問題がございます。ひとつ目は貴重な素質や魔術属性はまだ未知の要素が多く、統一的な教育法が確立できるか、そういった方法が有効であるか不明であります。ふたつ目はまったく新しい試みですので、なるべく多くの数で、さまざまな方法を試して、より良い方法を探って行く必要があります。そのためには対象を絞りますと検証がうまくできません。」
多重属性持ちや珍しい魔術属性の場合、普通と違うのである。彼らに良かった方法が普通の子供に向いている保証は無いし、その逆も然りである。
また検証のための母数が少ないと、偶然の要素が大きく出てしまう。これを防ぐ最も簡単な方法は母集団を大きくすることである。何のために特務機関の長に統計に通じた数学者を据えたのか。
そして肝心な3つ目は──。
「みっつ目は、民間への人材提供であります。人手が足りない、優秀な人物が欲しい、と考えているのは我々ばかりではありません。民間、特に商業に関する者たちは常に優秀な人材を求めております。読み書きと算術のできる者は引く手数多です。たとえ凡百の素質や魔術属性であっても、これらを身につけている者は良い働き手となるでしょう。」
この答えに財務大臣は理解した顔になった。
「これからアル・ハイアイン王国の件もあり、さらなる商業の発達が見込まれます。それを支える人材は潤沢にいた方が望ましいのではないでしょうか?」
「なるほど、おっしゃる通りだ。商人も何も知らない無学の丁稚を一から仕込まなくても済む。これは価値がありますな。」
農業大臣からも質問があった。
「教えるには教師が、少なくとも一定の学識がある人物が必要だが、これをどう確保するのだ?」
彼女の質問はまったくだ。前世の世界でも教師が足りなかった場合は、成績の良い生徒を教師代わりにしていた時代もあったのだから。
「実はそれに関しては完全ではないものの、少し当てがあります。旧知の学友にヤー=ハーン王国で教授をしている者がおりまして、弟子たちの就職を斡旋してもらえないかという依頼の私信を受けております。彼女の弟子をそれに当ててはどうかと考えております。証拠として、その私信を陛下に提出いたします。」
私はケイト・ディエティスからのハト便で来た手紙を広げて、侍従に渡す。侍従はそれを銀の盆に乗せて、陛下の前へと差し出した。
「ほう…。」
侍従から手紙を受け取った陛下はそれを興味深げに読んだ。写本はあらかじめ提出済みなのだが、たぶんすぐに読む必要を感じず、今初めて読んだのだろう。
「なるほど。宮廷魔術師長、なかなか良さそうではないか。」
「は。人材の確保にも有益と考え、返信しております。」
提出した私信を返されて、それをしまうと、私は農業大臣への返答を続ける。
「もちろんこれでは十分ではありませんし、態勢が完全に整うまでは、学業優秀な者を教師役とする事も必要かと考えております。」
「すでに手を打っておられたか。なら安心か。」
彼女は感心した様子だった。
「これに関連して、別紙資料Bをご覧ください。予想される主だった諸費用について概算してございます。」
私は次の資料を見てもらった。これは財務大臣に手伝ってもらったので、彼は内容を知っている。
「我が領地にあります、ある孤児院を基にした予測でございます。」
モデルケースにした孤児院には80人の子供がいた。
まずは祝福式の費用。これは実績を元に大金貨2枚と金貨4枚。
最初に準備しておくべき、教育に必要な教材や道具などの準備に大金貨20枚と仮定。
教師の年俸に一人当たり大金貨50枚。子供20人あたり教師1人としたので4人。したがって大金貨200枚。これは事前の聞き取り調査で“一度に20人以上の相手をするのはキツい”という声が多かったことによる。大金貨50枚は、宮殿で働く上級職を除いた官僚の平均的な年間の給与額である。
食費は、平均で一人当たり1ヶ月で銀貨6枚で計算した。赤ん坊から15歳ぐらいまでいるので、食事の量がまちまちなのである。少し余裕を見て考えて年間で大金貨58枚。
学用品は一人当たり年間で銀貨5枚で計算して大金貨4枚。この世界では、まだ紙とペン・インクぐらいしか要らないからこんなものだ。
合計で、大金貨2枚・金貨4枚+大金貨20枚+大金貨200枚+大金貨58枚+大金貨4枚=大金貨284枚と金貨4枚が初年度に必要、その後は毎年新しく入ってくる子供は平均して20人なので、祝福式の費用が金貨6枚必要と計算した。
日本円にすると、およそ2840万円だ。安いと見るか、高いと見るか。
ちなみに、この孤児院には“剣”属性と土・火・金属の三重属性持ちの子供がいた。
参考までにいうと、銀竜騎士団にいる“剣”属性の魔法剣士の給料は年棒で大金貨200枚である。土・火・金属の三重属性持ちの熟練の鍛治師が打った良い剣は大金貨50〜100枚である。彼らはそういうのを毎年数本は打つ。
私には目くじらをたてるほど高い費用だとは思えない。
「予備費を見まして、最初の年は大金貨300枚を、以降は大金貨270枚あれば十分かと考えております。」
私の概算に、陛下が財務大臣にお尋ねになる。
「財務大臣、費用の負担をどう見るか?」
「申し上げます。予備調査対象となった地域の孤児全体の数を元に計算してみましたが、それらをすべて合計しましても騎士団1つの年間の費用の半分程度。それほど大きな額ではございません。得られる人材の質を考えれば、十分な見返りが見込める価値がございます。大きな増税をせずに、あるいは産業の発達程度いかんによっては、増税無しでも対応可能な額でございます。」
「もし増税するならば、どのような名目で徴収するのか良いと考えるか?」
「そうでございますね…。この制度で利益を多く得るのは商人らと思われますので、商人からの売上税を少し上げれば宜しいかと。また、高価な品目にかける税を少し上げても良いかもしれません。財源としては、そのような所かと。少し研究したく思います。」
財務大臣の返答に国王陛下は頷いた。
「産業大臣、各ギルドはどのように考えているか答えよ。」
陛下は産業大臣を指名した。
「奏上いたします。商業・職人のギルドでは、常に優秀な事務能力のある者・才能ある者の確保に頭を悩ましております。読み書きと算術ができる者は、どこででも働き口がある状態でございます。反対する理由はございません。」
「そこまで足りぬのか?」
「はい。我が国の商業は拡大傾向、事務をする者が足りません。我が国は農業が盛んでございますので農機具を作る鍛治師、また軍備を整えるために武具や兵器を造る鍛治師も人手不足が慢性化しております。」
陛下はそこまで民間の人手不足が深刻だとは思っていなかったらしい。続いて上級将軍の方を向いた。
「上級将軍、武具を打つ鍛治師の人手が足りぬというのは、誠か?」
「畏れながら奏上仕ります。汗顔の至りでございますが…事実にてございます。こればかりは数を頼みにするというわけにはいかず、思うように人数を揃えるのが困難でございます。今の所は装備の刷新計画に遅れが出てはおりませんが、いざ変事があれば対応に遅れが出る可能性が高うございます。」
「なんと…。」
「陛下、重ねて申し上げるのをお許しいただきたく。」
言葉を失った陛下に、上級将軍は発言許可を求めた。
「良い、自由に申せ。」
「はっ。宮廷魔術師長殿の報告には、武人として得難い素質の者がおります。銀竜騎士団団長ではございませんが、そうした者らを育て上げれば、恩義に報いるべく、忠節堅固にして精強極まりない戦士としてお役に立つかと考えます。」
バーナード卿には相談していたが、なんとカステル卿が味方になってくれるとは。私としては嬉しい誤算だ。騎士団も優秀な人材に飢えてるのかな?
陛下は思案顔だ。そして私の方を向いた。
大金貨=およそ10万円
金 貨=およそ1万円
銀 貨=およそ1000円
だと思ってください。
給料が安いと思われるでしょうが、その分、全般的な物価が安いのだとお考えください。