35 御前会議(11)
その後、御前会議は法律の改正案──犯罪の量刑を決める基準の統一・いくつかの古い勅令の廃止など──が法務長官から出され、了承された。
そして、ついに私の番が来た。
「では次の議題。宮廷魔術師長より、神殿などが運営する孤児院で養育される子供の祝福式費用などを国庫で賄い、また教育を施す計画案についてでございます。」
宰相閣下は私の方に一瞬、視線を向けたように感じた。
私は起立して、陛下に向かうと一礼する。そして奏上を始めた。
「畏れながら、奏上いたします。この計画は貴重な人材を、いち早く発見・確保・養育するのが目的でございます。すでに我が領地を始め、複数の領地で試験的に実行しました。その結果、稀少な魔術属性の他、少なからぬ数の将来が嘱望される多重属性持ちの者を発見することに成功しました。議題5の別紙資料Aをご覧ください。」
紙をめくる音が響き、それが鎮まるのを私は待って、再び話し始めた。
「地域別に発見された稀少な魔術属性、および三重属性・四重属性持ちなどの内容と人数を表にまとめてございます。最後にそれらをまとめた表もございます。聞き慣れないものがあると思いますので、少し説明いたします。」
私は手元のメモを参照しながら、表の上から順に説明してゆく。
「“剣”は攻撃魔術に才能を発揮する属性でございます。“癒し”はさらに稀少な魔術属性でして、治癒魔術や医薬製造魔術に絶大な効果を発揮する属性でございます。」
とりあえず、見つかった属性について説明だけしておく。
「同様に“盾”は防御魔術に、“力”は味方側の能力を上げる魔術に才能を発揮します。“祈”は奇跡術に優れ、神々に愛される者とも呼ばれる才能にございます。」
皆、ふんふんとうなづきながら聞いている。
「“智”はものごとの洞察力に優れ、“識”は記憶に優れ学問に秀でるものです。“歓”は歌舞音曲に優れ、人々を楽しませる技に優れているとされる属性でございます。」
この調査で見つかった属性には、あまりにも稀だったので私も初耳の属性があった。“歓”なんて属性があるなんて知らなかったぞ。
「今回の調査では、我が国の学術・軍事・民生に貢献が期待される魔術属性だけでなく、文献上でも記録がごくわずかしかない珍しい属性の者も発見されました。たいへん意義深いものであったと考えております。」
珍しい魔術属性の話はここまでにして、次に多重属性の方に移る。
「皆様ご存知のとおり、魔術属性を2つ持つ者は60%を少し上回る程度おり、珍しくはありません。しかし、3つ持つのはおよそ5%、四重属性持ちとなると1%ほどであり、稀少属性並みの珍しさです。今回は五重属性持ちも1人発見され、我々は驚愕いたしました。」
この時、銀竜騎士団団長が手を挙げた。
「銀竜騎士団団長、何か?」
「御説明中に申し訳ないが、五重属性持ちというのは事実なのか?」
「ええ。後で説明をする予定でしたが、先に申し上げましょう。五重属性持ちは、歴史上これまで数件の報告がありましたが、その後どうなったかはわかりません。今回見つかった子供は土・火・水・風・雷の属性を持っていました。魔法戦士でも、鍛治師でも、農園の管理者でも、その素質は広い分野で望まれましょう。出現確率など考えられないほど希少な素質です。まさに不世出の才能の持ち主です。」
私が答えると、銀竜騎士団団長は椅子の背もたれに背を預けて嘆息した。
「…信じがたい…。」
その言葉はこの場にいた者たちの共通の認識でもあったろう。
銀竜騎士団団長のニームス卿は三重属性持ちの魔法剣士だ。属性は火・水・風。十分に稀な素質の持ち主で、一層その重みが理解できるはずだ。
彼は互いに補い合い、また反発する属性の魔術を鮮やかに繰りながら、恐るべき速さと正確さを誇る剣技をも振るう。たとえ魔法が無くても強いのは、魔法禁止の御前剣技試合で数度の優勝を果たしている点からも伺える。
そんなニームス卿を上回る素質の持ち主が存在する事に、彼は感じ入るものがあったのだろう。
「その素質、確かに捨て置くのは惜しんで余りある…。叶うならば、いや是非とも、我が手で育て上げて世界一の魔法剣士に育て上げたいものだ…。」
彼はどこか遠い目をして言った。その目には五つの魔術を華麗に操り、鮮やかな剣技で敵を討ち果たす青年剣士の姿が浮かんでいたに違いない。
「あ。念の為申し上げますが、進路については十分に本人の意向を確かめませんと。無理強いすると伸びませんので。それに剣技の才覚があるかは別でございますし。」
「う、うむ、そうだな。宮廷魔術師長、話の腰を折って申し訳なかった。」
私は彼に目礼で返すと、話を続ける。
「銀竜騎士団団長でなくても、是非とも我が下で才能を伸ばしてやりたいと思うような、貴重な素質を持つ者たちが孤児院にいたわけでございます。しかしながら、これまで孤児院では孤児たちの魔術属性を調べる事なく、基本的な読み書きと一般的な礼儀作法、常識程度の教養を与えて、どこかの商家や職人の下働き、雇われの農夫に、力仕事の人夫に、女子であれば針仕事や子守、洗濯婦で終わっていたのであります。」
銀竜騎士団団長が割って入ったのは予想外だったが、都合が良かった。私の説明の説得力が増すというものだ。
「これが国家的損失でなくて、何でありましょうか?我々は常日頃、人手が足りない、優秀な者が欲しいと言いながら、これまで貴重な素質を持つ者を捨てていたのであります。」